最強の敵-3
だが、そんな俺の目論見は、一瞬にして瓦解した。
というのも、魔神主柱はクリストラから逃避するのを早々に止め、自ら槍先に向かっていったのだ。
クリストラは確かに、魔神主柱の心臓部を貫いた。しかし、奴の身体から血は流れない。苦悶の表情も浮かべない。ただ平然と、自らの身体に突き刺さった槍を掴んで、眺めている。
「一応防御はしたんだけど、貫通してくるか。やはり君の武具は面倒なものだね」
それで、他に何かあるのかな、と魔神主柱は続けた。現状ある訳ないだろ、そんな物。本来クリストラを布石に、短剣の神具であるグリゴラスなんかを直撃させようとしていたのだが、これにてすっかりご破算だ。
こうなっては、俺が狙っていた事を、そのまま魔神主柱にやられてしまう。魔神主柱のように、黒球をワザと食らうか、という考えが頭をよぎったが、直ぐに冷静になる。あの黒球は、貫通力が凄まじく、モーゼアスですらブチ抜いてきた。にも関わらず、黒球は未だ健在だ。
ワザと食らった所で、俺の身体を突き抜け、また襲いかかってくるだけ。俺にダメージを与えたから、と都合よく消えたりはしないだろう。カレンの五光天輪と似たような攻撃。防御など、意味のない行為である。
ならば、攻撃の元凶を仕留めるために、突撃するしかない、と俺は決断し、黒球に追われながらも、神剣ハーバルングを手に、魔神主柱の元へ、さらに速度を上げて駆けた。
走る速度が速度だ。魔神主柱との距離は、一瞬で目と鼻の先になる。俺は急いでハーバルングを振るった。それと同時に、ハーバルングから、天をも穿つ眩い衝撃波が、空間がひび割れるような炸裂音と共に、魔神主柱へ向かっていく。
それに動じる事無く、魔神主柱が手を突き出すと、淡い光を放つ障壁が現れた。衝撃波はそれに受け流されて、四方に拡散。ハーバルングの攻撃は容易く防がれてしまった。
防がれたが、もはや止まれない。背中に、黒球のひりつく圧を感じる。悪魔に背を焼かれているようだ。追いつかれたら、この身体がズタズタになるだけ。逃げてもひたすら追いかけられるだけ。
だからこそ、と俺は魔神主柱に飛びかかり、神具ハーバルングを、縦に振るった。これを防がれた瞬間、背後に迫る黒球に、身を貫かれる事間違いない。そういった意味から、俺はラストアタックのつもりで、全力で剣を打ち振るった。
ああ、しかしそれは届かない。ハーバルングの衝撃波も、刃も、全て防がれてしまう。刃を二本の指で、容易く挟んだ魔神主柱は、俺の左腕を手刀で斬り飛ばすと、見世物小屋の哀れな道化を見るように、怪しく口を歪めた。
「看取ってあげるよ、君の無様」
瞬間、背後から黒球が俺を襲いかかった。肺が、心臓が、貫かれて破れる。口から血が噴き出る。激痛が身体中を走り回る。強い、強いなあ、この敵は。
しかし。俺は、こんな相手にも勝つと決めた。ならば抗おうとも。最後の、最期まで。俺はぎらりと目を開き、一つの神具を顕現させた。それは、あらゆる防護を無視し、罪ある者を裁く短剣、断罪剣グリゴラス。
左腕は斬り飛ばされた。右腕はハーバルングを掴んでいる。だが右腕は残しておく。いざという時、ハーバルングで追撃する時役に立つから。ならば両腕は、既に塞がっていると言っていい。
だが、この至近距離、絶好の距離。これならばいける。俺は顕現したグリゴラスの柄を、歯で咥えると、油断しているのか、無防備な魔神主柱の肩に突き刺した。
むう、という小さな声を発し、魔神主柱の膝が落ちる。と同時に、黒球が俺の身体を貫く。歯を食いしばってみたが、ついに耐えきれず、血を吐いてしまい、グリゴラスを咥えられなくなった。
口から、鮮血と共に、グリゴラスがこぼれ落ちる。それを、炎命者の治癒能力によって再生した左腕で掴み、ハーバルングを捕らえている、魔神主柱の手に素早く突き刺す。すると魔神主柱は、小さなうめき声を上げて怯み、ハーバルングを手放した。
とにかく、懸命だった。戦いを楽しむどころではない。また黒球、美しき死紋様だったかが、俺を襲う。的確に急所を狙ってくるその攻撃は、確かに俺に、深刻な痛手を与え、僅かに俺の動きを止めた。
だが、凄まじい痛みで、身体の機能が損傷した程度で、怯んではいられない。俺は、魔神主柱に突き刺さったクリストラを縦に振り抜いて、奴の身体を真っ二つに斬り裂き、魔神主柱の拘束から解かれ、自由を得たハーバルングを、真っ二つになった身体の再生を始めた魔神主柱に、また振るった。
今再び、唸りを上げて衝撃波と刃が、グリゴラスやクリストラによって損傷を受けた、魔神主柱を襲撃する。奴は防御姿勢を取ろうとするが、間に合わなかったのか、ハーバルングの衝撃波によって、後方に弾き飛ばされ、その姿は目も眩むような閃光に包まれた。
俺は疲弊した身体を落ち着かせようと、息をつく。黒球は、いつの間にか消えていた。クリストラも、顕現させているだけで、死にそうなくらい負荷がかかるので、さっさと引っ込めておいた。
これまでの攻防は、普通の力持たない人間ならば、一瞬に感じるような時間だった。ああ、負荷で脳が焼き切れそうだ。吐き気が止まらない。
戦いを楽しみたい、なんて呑気に考えていたが、今はそんな物、早く終わって欲しくて仕方ない。あれで倒せていれば良いんだが、と俺は顔を上げて、魔神主柱の方を見た。
そこには、氷のような無表情を浮かべ、すっかりと傷を回復させた、奴が居た。ハーバルングの閃光も衝撃波も、既に消え去り、魔神主柱の周囲には、どす黒い球状の結界のようなものがあった。
「……本当に、面倒な事だよ。ここまで僕が力を出さなきゃいけないなんて、恥でしかない。無様なものだね、僕も。
……さあ、戯れは終わりにしよう。そして始めよう、一方的な虐殺を!僕がこれから見るのは、哀れな塵の喜劇じゃない。足掻いても、なお及ばない者の悲劇だよ。……精々僕のために頑張ってくれ給え」
何を言うか、と俺は手に持ったグリゴラスを、魔神主柱に向かって放り投げた。しかし、その神具は、黒き結界に触れるや否や、一瞬にして、蒸発するかのように消えた。
『……いかんぞ、あの結界は……』
ラティアが俺に窮地を知らせる。そんな事言われても、よく分からない。一体何がいかんのだ。
『あれは有限な物、つまりは終わりある物全てを断絶する、死の結界。神具も、存在自体は永遠じゃが、この世界に顕現しておれば、有限な物。持ち主の力が尽きれば、この世に留まってはおれんからな。
あの結界、たとえ並の高位存在であっても、攻撃を奴に届ける事すら出来ん。……それは同時に、炎命者の攻撃も、という事じゃ』
……冗談。それじゃ何も出来ずに死ねって言うのか?防御壁が一生突破出来ずに死ぬなんて、俺は御免だ。……何とか、何とかしないと。ただ何をすべきかは、分からないが。
『ワシの力を貸せば、奴の防御もブチ抜ける。要は、有限な物が全て拒まれるというなら、無限な攻撃を当てれば良い』
無限……無限か……
『無限、永遠。人は実に軽々しくそういった言葉を使う。まるで、それについて考える事が出来るから、それは人間の手の届く範囲にあるとな。だが、無限とは、そう優しいものではない。お前さんが到達するのは、まさに天地がひっくり返ってもなし得ない、いやそれ以上と言ってもいい程の困難じゃ』
ラティアは全くもって冷静に告げる。だが、違う、違うんだ。今俺達がすべき話は、出来る出来ないの話じゃない。やるか、やらないかの話なんだ……!俺はやるよ。それしか道は無さそうだ。だからやる。そう、決めた。