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魔神主柱へと

それから、日が真上に登った正午頃の事。村を救ってくれたお礼として、いくらか食料を受け取った俺たちは、村を後にした。最後にリリィとも仲良く遊んでいた、おかっぱ頭の少女は、名残惜しそうに手を振っていた。



村の問題を解決しても、まだまだ馬車旅は続く。高い木々に阻まれ、ぽつぽつとした日差ししか入っていこない、薄暗い森の中を、馬車は進む。


リリィとカレンは、疲れていたのか静かに寝息を立てている。俺も相当疲弊しており、瞼が重い。さっさと寝たら、とミカノが急かしてくる。ボク達炎命者の場合、寝るというより気絶に近いかもね、とアーシエは笑った。


確かに疲れているので、大人しく眠ろうとする。しかし、森で会った和服の仇魔は、セクシーだったなあ。でも何だか、前生きていた時ほどテンションが上がらなかった。何故だろう、怪しいアイツに警戒していたから?


『ふむ、まあ炎命者になり、性欲が薄れてきたのも要因じゃろうな』


頭にラティアの声が響く。性欲が薄れるとは。通りで周りが女ばかりの環境でも何とかなってるわけだ。


『そうさな、簡潔に言ってしまえば、炎命者は人の枠から外れた存在よ。常に高位存在が背後にあり、その影響を常に受ける。まあ、人としての本能も、やや鈍るやもしれんな』


人から外れて、代償も払わなきゃいけない。炎命者になりたくないって思うのも、仕方ないな。


『さてさて、どうかな。少なくとも代償は支払わねばならんよ、大抵の場合はな』


ううん、やっぱりそうなのか。ラティアは違うのか?


『高位存在は大概、そうさな、お前さんの言葉で言えば、気まぐれというもので、人間に手を貸す。ただ炎命者に与えるだけ、という図式ではいかん』


ああ、炎命者の代償ってのは、継続して力を貰う事の対価ってわけだ。必須じゃないんだな。


『いかにも。まあ、代償を要求せん高位存在など殆どおらんがな。無償で手を貸すほど、人間を愛してはおらん』


じゃあ、炎命者の力を解除した時の、あの苦痛は一体何だよ……。アレは本当に辛いんだから。


『アレは炎命者が勝手に苦しんでおるだけよ。高位存在の大きすぎる力は、人間にはちと辛い。お前さんが、破裂する風船のように、高位存在の力に耐えきれずに死なんよう、ワシも気を遣っておるんじゃがな』


何だ、アレは代償じゃないのか。じゃあ、俺はラティアに何もしてあげてない訳だ。……何で代償無しに、俺に力を貸してくれるのか、不安になってきたぞ。今からでも代償を払ったほうが……


『別に構わん。今ワシは、自らの目的の為に、お前さんに力を貸している。良いか少年。お前さんはあるがままに進め。それがワシの為でもある。だから代償なぞ要らん。今は、な』


今は、ねえ。まあ、直ぐに差し出せと言われても、ラティアになら喜んで差し出すよ。恩人も恩人だからな。ああでも、心とかを奪われるのはキツいかも。


『そんな事より、今案ずべきものは他にあるじゃろう。そう、魔神主柱だったか』


確かにそうだ。ミカノに、魔神主柱の所まで、あとどのくらいあるのか聞いてみる。彼女曰く、この森を抜けると、いよいよという事らしい。



「魔神主柱は確かに仇魔の拠点よ。でもね、そこに居るのは、化け物が一体。後は、その化け物に比べれば大したもんじゃなかったのよ。だから、魔神主柱って言葉は、拠点と言うより、そこに居る強大な仇魔を示すもの、かしらね」


ミカノが言った。魔神主柱は、同じ場所にずうっと居るわけでは無く、大なり小なり移動しているらしいので、不確定要素も強いみたいだ。


先が見えないのは、不安を招く。大丈夫だろうか、と心配していると、馬車の外で仇魔と思われる、高い鳴き声が聞こえ、直後に大きな衝撃音が聞こえた。


驚いて馬車の幌をめくると、そこにはいくつもの仇魔の死骸が連なっていた。馬車の手綱を握っていたユイが、瞬く間に倒したようだ。ゴブリンのような見た目をした仇魔が多く、非常に小さい体高から、さほど強くなかった事が伺える。


「しかし、カレンが拠点を制圧したばかりなのに、こんなに多くの仇魔が居るなんてな」


「魔神主柱に近いから、仇魔も多いんだろうね。そこを抑えれば、仇魔の侵略もグッと落ち着く。そう言う事なんだろう、ミカノ?」


アーシエが尋ねると、ミカノは少し視線を落とした。


「そうね、それが出来れば、ね」


「なんだい、いつに無く元気が無いなあ」


ミカノは、俺の言葉にやや詰まった。


「魔神主柱の近くの、大勢の仇魔。どうしても、前の事を思い出してしまうのよ。大切な仲間が、魔神主柱との戦闘後、直ぐに死んでしまった事を。……今回も、同じ結末は嫌……。私だって、まだ死にたくないわ……」


暗い表情を見せるミカノに、俺は大見得を切ってみせた。


「心配無いね、俺が一人で倒してみせるからな!」


未来の事は分からない。俺が勝利するか。あるいは負けて死ぬか。どちらにせよ、悔いを残してはいけない。全てを吐き出さなければ、死ぬに死ねない。思えば、この世界に来る前に、残してきた悔いは数え切れない。だからだろうか。明日死んでも、今日を全力で生きられれば、それで良いと思ってしまう。


「一人で戦う必要は無い。私も支援する」


ユイが淡々と、いつもの調子で言ってきた。それじゃあ頼むぞ、と俺が言うと、任せて、と彼女は小さく答えた。


「先にどんな未来が待っていようと、ボク達のやる事は変わらない。そうだろ?例え死ぬような戦いでも、この世界の人達の為に向かわなきゃいけないのは変わりない。

それなら、希望を持って行こうじゃないか。勝って、倒して、全員無事。そういう希望をね。弱気になっても仕方ないさ。皆覚悟は出来てるんだ、心配ないよ」


ミカノは一度経験している。魔神主柱の力を、強さを。だからこそ、俺たちでは感じる事の出来ない不安もあるのだろう。そういった不安を察してか、優しく包み込むように、アーシエは柔らかな口調で告げた。



「……そう、ね。皆、覚悟は出来てるわよね。……私は、出来ているのかしら……?」


「暖かい食事でも食べよう。明日死ぬかもしれない。最後の晩餐になるかもしれない。だとしても、死ぬ時に良い人生だったと思えるような、素敵な食事にしよう。今を全力で生きれば、きっと未来も答えてくれるさ。大丈夫、大丈夫」


「……参ったわね、経験豊富だからって、先輩風吹かせてらんないじゃない。私の方が励まされるなんてね」


アーシエの言葉に、ミカノは頭をかいた。頭に巣食う後ろ向きの思考をかき消そうと、何か他の物に目を向けたいようだった。


「ミカノ」


「うん?」


馬車に乗ろうとしているミカノに、俺が問いかけると、彼女はゆっくり振り返った。


「ミカノは優しいな」


「はっ……!?」


彼女は、素っ頓狂な声を上げ、頰を、耳を、真っ赤に染めた。


「何より他の仲間が死ぬ事を、お前は恐れている。俺は自分の事で手一杯なのにな」


「……仲間だもの。別れるのなんて、嫌に決まってるでしょ。……この世に未練たらたら。覚悟なんてちっとも出来てない私を、笑いたければ笑っていいわよ」


「笑わないさ。俺だって死ぬのはまだ御免だ。せっかく今が楽しいんだから。だけど、強敵との戦いの中で死ぬなら、きっと悔いは無い。俺はそれで良い」


「割り切りすぎよあんたは……私には、出来そうもない」


「それで良いよ。どっしり構えなくて良い。ミカノは、皆が死ぬのか死なないか、不安であたふたしといてくれ。きっと面白そうだ」


「ちっとも面白くない!」


ミカノは大声を出し、少し間を置いて、深いため息をついて、しかし笑顔で言った。


「私は死力を尽くすわ。あんたも全力で戦って、私を安心させて頂戴。ああ、今回は誰も死ななかったってね」


「そうさせてもらうよ」


眠気でやや力が無くなった、俺の言葉を聞くと、ミカノは憑き物が落ちたように、晴れやかな顔を見せた。


「リリィとカレンの目が覚めたら、乾杯といこうか」


「準備、手伝って」


アーシエとユイは、馬車の中で食事の準備をする。今回ばかりは、いつもの簡素な調理ではなく、じっくりと、丹精込めてやるようだ。どうか、最後の晩餐にならない事を願って。乾杯に込める意味は、そんな所だろうか。

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