森の仇魔-3
この洞窟は罠が多いので、慎重に進む事を余儀なくされる。まあ、慎重に進んだのにも関わらず、俺は、地面と全く変わらない色をした、トラバサミに引っかかったりしたのだが。
その時は、どうせ炎命者の力による治癒で生えてくるからと、自分の足を切り飛ばし、事無きを得たが、余りにその行動に躊躇が無かったからか、リリィに心配されたりもした。割と深刻なトーンで。
さて、何とかそうした罠を回避しながら(出来てない事もあったけど)進んでいくと、二つに分かれた道に突き当たり、俺たち二人は立ち止まった。
「どうする?二手に分かれるか?」
俺の問いかけにリリィは笑顔で首を横に振った。
「ふっふっふっ……その必要はないのだ……私の力によってなー!あっはっはっ!」
大声で笑うリリィ。これだけ声がデカいと、敵に場所を教えているようなものだが……まあいいや。
「おお、頼もしいな」
「ふふーん!ところで、いい機会だから聞いておくけど、トキトの炎命者としての力はどんなのなんだ?」
「え?いやあ……見て通り、身体能力強化……とかかなあ」
その言葉を聞いたリリィは、露骨にガッカリした顔をし、肩を落とした。
「えーっ……格好も人間のままだし、トキトはそんなのだったのか、面白くないなあ……」
「いや、面白さ求められてもなあ……」
リリィは、トキトはダメだなあ、と深いため息をつき、呆れたように首をぶんぶん振った後、私は違うがな!と誇らしげに胸を張った。無い胸を張った、と言った方がより正確かもしれない。
「私の力は、凄くカッコいいんだよなー!困ったことに!言葉で説明するより、実際に私の凄さを見てみろー!」
そう言ったリリィから、淡い光のようなものが発せられると、彼女の身体から、根や茎、花といった植物が生え、また土が、彼女を鎧のように全身覆った。
「ふごふご!ふごふごふごふごふご!」
「声がこもりまくって何言ってるかわからないぞー!」
リリィに聞こえるようにと、そう大声で叫んだ俺に反応してくれたのか、彼女は全身に纏った土の鎧を、顔の付近だけ解除したようで、俺の前に、頰や額に植物の根が張った、植物色をしたリリィの顔が現れた。
「どうだ!かっこいいだろー!」
「……うーん、美的センスが尖ってやがる」
そうぼんやりと回答したが、少なくともかっこよくは無い気がする。
「はー……ダメだなートキトは……トキトはダメだ!このかっこよさが分からないなんて!」
「あー……お前の炎命者としての実力を見せてくれたら……かっこいいって思えるかもなあ」
仇魔が逃げるかもしれないので、何とか出来る自信があるなら、なるべく早く行動してほしいと思っている俺は、リリィを急かそうと適当な事を言った。リリィは俺の発言に目を輝かせ、それなら仕方ないな!と鼻息を荒くした。
意気揚々と、土壁で二手に分かれた道を見つめるリリィ。どうするのだろうか、と俺が興味津々と見守っていると、土で出来た壁が、悲鳴のような大きな音を立て、幾多もの亀裂が走ったかと思えば、壁はばらばらに崩れ落ち、地に落ちた粘ついた土は、吸い込まれるようにリリィの方へと向かって行き、彼女の身体を纏う鎧となった。
「じゃーん!これが私の能力だー!ええーっと……なんて説明したら良いんだ?」
「凄いな、自然を支配する能力、みたいな感じか?」
「そう、それ!」
リリィを纏う土が、人の形に姿を変えて、俺を指し示した。こんな事も出来るぞ、とリリィが言うと、人の姿をした土の腕から、花が咲き誇る。かなり当てずっぽうで言ったのだが、どうも俺のリリィの能力予想は的中したようだ。凄い能力である。
リリィのお陰で二手に分かれる必要もなくなったので、改めて先を進もうとすると、遠くで次々と、先程の壁が崩壊した時と同じ音が、洞窟内で反響しながら聞こえてくると、雪崩のような、いや土石流に例えた方が良いか、そんな凄まじい勢いで、泥混じりの土がリリィに押し寄せて、またリリィの身体に纏わり付いた。
「この洞窟、結構道が枝分かれして、入り組んでて複雑だったみたいだけど。これでこの先一本道だー!」
高らかに笑うリリィ。や、やるなあ、と俺が出した声は、驚きからか、やや震えていた。リリィの力によって、もはや迷う心配は無くなった。さらにはリリィの力によって地面に接した罠も無力化出来るため、後は炎命者の力で真っ直ぐ進むだけだから、仇魔と出会ったのはそれから直ぐの事だった。
仇魔は、やはり二人居た。洞窟で何度か攻撃してきた、エルフのような姿の仇魔が一人と、村付近で俺を誘ってきた、和服姿の仇魔だ。簡素な作りの椅子や机が置いてある、生活感ある部屋に居た仇魔は、いつ敵が来るかと緊張しているのか、部屋の端で縮こまっていた。
二人は、罠にかからず、予想外に早くやってきた俺たちに、驚きの表情を見せた後、すぐさま額を床に擦り付けた、いわゆる土下座の姿勢で、殺さないで欲しいと泣いて懇願してきた。
「ど、どうしようトキト……」
そんな仇魔の様子に、困ったような顔をするリリィ。
「お、おい、そんな調子でどうすんだよ」
「そうは言ってもさあ……」
「私たちはただ、敵意あるあなた達を迎撃しようとしただけ……!何も殺される言われは無いわ!」
和服姿の仇魔が、前に(ついさっきだけど)あった時とは比べ物にならないほどに声を張った。こうも泣きつかれては、中々、意気揚々と仇魔を倒す!とはいかなくなる。
自らの住居に、罠を念入りに仕掛けていた事から、この仇魔達は利口なのだろう。命乞い一つで、ここまで気分が揺らぐとは……。まあそもそも俺は、手強い仇魔を、強い己で倒す事を目的に、換言するなら、自らの幸福のために炎命者になったのだ。無抵抗な仇魔を殺して人々を救うのは、正直スッキリしない。
しかし、助けられる人は助けておかないと、これまた気分は良くない。この仇魔が村の子供達を襲ったのなら、倒すべき敵なのだが、今のところ仇魔が人を襲った、と断定する証拠は無い。確信はあるが。
さてさて、本当にどうしたものか、と小部屋の中を眺める。ほとんど装飾が無く、味気ない空間だったが、明らかに異彩を放つ物を俺は見つけた。
それは明らかに、人の頭蓋骨だった。子供だったのか、リリィの頭くらいに小さい。
「……いい趣味してるな、インテリアか?」
実に冷ややかな言葉調子で俺が尋ねると、仇魔は慌てたのか、それとも、もはやこれまでと観念したのか、素早く起き上がり、エルフ姿の仇魔は、震える手で矢を引き絞り、和服姿の仇魔はキセルを咥え、俺たちに攻撃しようとしてきた。
「下がれトキトッ!」
今まで聞いた事がない、怒声のようなリリィの叫びを聞いた俺が、反射的に後ろに飛ぶと、地面から太い大樹の根が、勢い盛んに飛び出し、仇魔を壁に叩きつけ、動きを封じた。
「やるな、これで敵は身動き一つ取れないわけだ」
「あんまり油断するなよー……自信は過信って、ミカノに良く注意されたからな。戦いの時は、安心も、油断も禁物って……こういう余裕がある時こそ慎重に……」
存外リリィは戦いになると、冷静で頼もしい。ただ、命乞いが心に効いたのか、相手の出方を伺ってはいるものの、自ら敵を仕留めようとはしていない、消極的な姿勢であった。
だが、敵の四肢は封じている。そのため、ならば俺が倒すしかあるまい、と決意する時間が生まれた。
しかし、それは同時に、相手が何かアクションを起こせる時間をも生む事でもある。