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森の仇魔-1

街を抜け、背の低い草木がいくつもある草原を進むにつれて、辺りの植物の背丈はどんどんと伸びていき、ついには、深い緑の高い木々が並ぶ、幽幽たる森に入った。


森の中は、仇魔のものと思わしき雄叫びが、幾度も響き渡っているような、中々の魔境である。そんな秘境のような深々とした森林を、躊躇いなくずんずんと進んでいた馬車の足が、突如として止まった。



どうしたんだと外に出ると、手綱を握っていたミカノが倒れている人間を見つめていた。どうやら死んでいるようだ。見た目は小学生くらいの男の子であり、骨が折れているのか、腕や足が明後日の方向を向いている。また胸には、ぽっかりと大きな穴も開いていた。


「なんでこんな所で……?」


辺りに街などまるで見当たらないため、ミカノは首を捻っている。何故こんな場所に人の死体があるのか、それが分からないらしい。地球から来た人間じゃないのか、と聞いてみたが、基本的に街にある社に転生するから、それは無いと考えていいらしい。


こんな森の中に人、それも一人の死体があるというのは、どういう事なのだろうと皆頭を悩ませていた。


「とにかく死体だろうと人が居る、という事は、近くに街か何かがあると思う」


悩むより先に進まないかとユイが提案した。それもそうだ、危険な状態にあるかもしれない。急がなくては、という事になった。


それから、急ぎ足で馬車を走らせて五分程度した頃だったろうか。人が作ったと思われる建物と、虹色の結界が見えてきた。あれは、街というより村だろうか。周りを囲う壁も無く、代わりに背丈の低い柵がある。規模もそれほど大きくなさそうだ。建物に関しても、小さく木製である。


村の住人の話を聞くに、どうも最近子供の失踪事件が多発しているらしい。そりゃあ、村の外へ出るのを咎めるのが、あんな低い柵しかないと、好奇心旺盛な子供なら外に出たくなっちゃうかもね……


まあとにかく、子供達が村の結界の外に出ないように、皆で見張ろうという事になった。村の大人たちも交代で見張ってはいるものの、大した成果が出ていないらしい。


「この村には炎命者も居ないらしい。近くに仇魔の拠点があるかもしれないね」


そうアーシエが言った。


「それなら私がびしーっと倒してきてやるか!」


ふふーん、とリリィは無い胸を張った。なになに、ここは俺がと言ってみたが、いやいや最近トキトは戦いっぱなしじゃないか、と優しく諭された。


まあ、そんな気もする。俺はそれを苦としていないが、かなり本気で心配されたため、無理を言えそうもない。



仕方ないので、俺は村の見張りをする事にした。これがまた眠くなる。村は実にのどかで牧歌的だ。虫や牛の鳴き声が聞こえてくる。それにつられて俺の頭もぼうっとしてきた。眠気に耐えきれず、目をこする。


リリィとカレンは、仇魔の拠点を探しにいった。待ってるってのは暇だ。ユイはぐるぐるぐると村を巡回している。村の人たちがどこかに行かないように、と目を凝らしているが、あれだけ動いてよく疲れないもんだ。


ただ、そんな働き者なユイを、村人達は恐ろしげな目で見る。まあ、見ず知らずの人間が街をぶらついており、それが炎命者という超常的な力を持っている奴ときたもんだ。閉鎖的な空間において、それはさぞ怖いだろうな。


そういう悪いイメージを払拭するためか、アーシエとミカノが、この村の長と思われる老人と話し込んでいる。それに比べて俺がやっている事といったら、ゆったりとした村の空気に流されて、呑気にあくびしてるくらいだ。正直何もしてない。



そんな俺の肩肘張らない様子に釣られたのか、村の少女が一人寄って来た。おかっぱ頭の、素朴な感じの子だ。


「こんにちは!」


「ああ、こんにちは」


精一杯の笑顔で答えてみる。リリィは長年の賜物か、はきはきと元気よく喋っていたが、この子は結構舌足らずだ。まあ、長所のうちさ、こういうのは。


「なにしてるの?」


「村から誰か出ないように気をつけてるんだよー」


「そーなんだ」


ふんふんと熱心に相槌をうつ少女。何とも聞き上手だ。将来は魔性の女になったりして。


「ケリンくんもヨーシくんもいなくなっちゃったの……ふたりも、このむらを、でちゃったのかなあ。みんなのこと、きらいになっちゃったのかなあ」


「友達かい?」


「うん」


少女は俯き肩を落とす。嫌な事を思い出させてしまったのか、しょんぼりと落ち込んでいる。背丈が小さく、頭がちょうどいいところにあったせいか、俺は思わず頭を撫でた。少女は突然の事に驚いたのか、わわっ、と声を漏らした。


「大丈夫。何とかしてみるよ」


「ほんと?おにいさん、ふたりとももどってくる?」


「……そうなったら、一番いいな」


俺は森で見た少年の死体を思い返していた。果たしてケリン君とヨーシ君は生きているのだろうか。望み薄かもなあ、と考えてしまった俺は、少女の希望に満ちた純朴な視線に耐えきれなくなり、咄嗟に目を逸らしてしまった。


最善は尽くすつもりだが、どうにもならないものはどうにもならない。生きていたとして、一体どこにいるのだろうか。



日が落ち、辺りが暗くなり始めた頃である。ユイは自慢の笛の音を村の住人に聞かせていた。子供たちが消え、荒んだ人々の心を優しくほぐすような、綺麗な音だった。


そんな音を聞きながら、ぼうっと人がいない空間を見ていた俺はハッとした。結界の外に、誰かいる。少なくとも、初めてみる顔だ。


その人物は、女性のようだった。キセルを吸い煙を吐いており、暗くてもはっきりと見える紅白の和傘を差している。肩と胸をはだけさせた和服は、なんとも色っぽい。にこりと笑い、こちらにおいでと影から手招きをする。


すこぶる怪しい。が、とにかくついて行ってみよう。たとえ奴が一連の事件の犯人だろうとなかろうと、ついて行くのがベストだろう。別に胸とかは見てない、と思う。たとい見ていたとしても、仕方ない事である。最近そういうの、無かったもんだから。


ふらふらと、その女について行った俺は、あれよあれよと暗くて深い森の中に誘われた。


「なあ、どこまで行くんだ?」


こちらに背を向けたまま歩く女性に、俺は堪えきれなくなって聞いた。彼女は黙ったまま此方を振り向き、そして服を脱ごうと胸元をさらにはだけさせた。


「なっ……!」


正直、見たとも。しっかりと目に焼き付けたとも。だってそうしないと何か損でもしそうだったから。しかし、俺はすぐに冷静になり、威嚇するような声で言った。


「まて、脱ぐな」


「恥ずかしがっちゃって」


女性は大袈裟に肩をすぼめ、また服を脱ぎ始めた。


「脱ぐなら貴様を殺す」


「……なんで?イイコト、してあげるのに」


「警戒してるんだよ、こっちもな」


女性は不敵に笑みを見せ、俺に近づいてきた。大胆にも俺の口に人差し指を当てる。


「せっかく素敵な子に素敵なコトしてあげようと思ったのに……あーあ、萎えちゃった。ね、ね、本当はして欲しいんでしょ?ボクが頼み込むなら、お姉さん、頑張ってあげるけど?」


「くだらん小芝居はやめておけよ」


「……小芝居も何も……」


大きくため息をつき、彼女が背を向けた時。


凄まじい激痛と共に、完全に俺の意識が飛んだ。はっ、と意識が回復した時、俺は膝をつく寸前だった。激烈な痛みが頭部に走っている。


俺が痛みのする箇所に手をやると、ぽきりと乾いた音がした。見ると俺は、美しく銀色に輝く矢じりを握っている。ふうん、こりゃどうも頭を矢で射られたらしい。通りで痛いわけだ。まだまだ相も変わらず痛いけど。


残った矢も無理やり引き抜く。また意識が飛んだ。傷口はすぐ治るとはいえ、俺の脳みそ大丈夫かな。


『安心せい、僅かの狂いなく治したとも』


ラティアの声が、矢で貫かれてガンガンと痛い頭に響く。それって安心出来ないやつだ。まあ、あんまり気にしすぎても仕方あるまい、と先程の女性がいた方を見ると、影も形もない。


『ふむ、おおかたお前さんが炎命者だと気付き、慌てて逃げたといったところかのう』


いいね、そういう利的な姿勢。だけどこちとら頭貫かれてるんだ。それに、村の子供たちが失踪した原因もあいつにありそうときた。そうなると、話は決まってくるよな。


『どうする?』


追いかけて、とっ捕まえる。そう決めて、俺は少し笑った。

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