屍が踊る街-3
俺たちは踊る、踊る。なにぶん俺は素人だから、くるくると簡単な動きを繰り返す。でも、飽きはこなかった。テミシェリィと踊っているからだろうか。
周りで踊る白骨は、太陽の光を弾き、どこか神聖な輝きを放つ。街の建物はぼろぼろに崩れ去っていたが、街の人々は、たとえ死んでいるとしても、高潔さを纏っていた。
生きているのに、泥水のように死んだ目で、虚空を見ている亡者のような人も居れば、死んでいるのに活気のある、生者のような人も居る。この世界に来る前の俺なら、なんのこっちゃと鼻で笑っていたろうな。
しかし、事実そう見える。死者をテミシェリィが弄んでいるのではなく、テミシェリィが死者の思惑通りに身体を動かしているような、奇妙な空間だった。そう、率直に言うなら、死者が蘇ったような。白い人骨達は、皆そんな生気に溢れた動きで踊っていた。
テミシェリィは、そんな街の人達の白骨を、彼女もまた踊りながら愛おしげに見る。昔を懐かしむような、どこか遠い目をしていた。街の皆が生きていた、かつての日々を思い起こしているのだろうか。
「まるで……」
「うん?」
テミシェリィは、ぼそっと、俺も街の人々も見ずに呟いた。
「まるでわたくし、人形師みたいですわ。死者を操り、マリオネットに仕立て上げる、なんて。死者への冒涜、侮蔑のよう。わたくしはきっと、皆の死を都合の良いように使っているだけではありませんか?」
「そうかな?」
「そう、思ってしまいますの」
テミシェリィの瞳に、暗雲が広がる。ずっと気にしていたのだろう。気にしていたが、その心地よさに甘えていたのかもしれない。だが、俺はそんなテミシェリィの悩みを一笑した。
「良いとか悪いとかな、どうでもいいんだよ」
「え……?」
「テミシェリィは、死者を弄んでいるのかと考える事が出来る。悩む事が出来る。それなら正しいかどうかなんて、考えなくていいのさ。悪い事したら自分に返ってくるかもしれないんだ。そん時考えたらいい」
「しかし……」
「第一、良いか悪いかなんて誰が決めるんだ?俺か?テミシェリィか?この場合、誰でもないさ。お前が決めるんだ、テミシェリィ。お前だけが、行為が良いか悪いか決められるんだ。……死者が蘇るなら話は別だけど。そんときゃ死んでた街の人に決めてもらいな」
何だか説教臭い。でも考えてみたら、はっきりした善悪だなんて誰が決めて、誰が裁くんだろう。もしかして神様なのかい、ラティア様?
『くくく、高位存在は神のようなものと言えど、みだりに人間に干渉したりせんよ。特に善悪のような性質など、持ち合わせはすれど、行使はしない』
……難しい事を言うなあ。いまいちピンとこないんだが。
『いちいち人にちょっかいなどかけん、という事じゃよ。ワシらは、人間にしろ動物にしろ、あるいは建築物にしろ、あらゆる全てを肯定するとも』
そうかい、どうもありがとう。なんせラティアという神様からのお墨付きだ。俺は自信を持って彼女に、いちいち気にせず好きにしたら、と言ってみた。それでも彼女はまだ悩んでいるようで、表情に影が差している。
「とりあえず、今は楽しもう。俺も一緒に踊ってるんだからさ、頼むよ」
「……わたくしとした事が、失礼を働きましたわ。今この時を楽しみましょう。考えるのは、後でも出来ますからね」
そう言ってテミシェリィは笑う。しかし周りで踊る白骨の動きが鈍くなったのは、一目で分かった。悩むのは仕方ないにしても、悩みすぎるのはどうなんだろうか。俺たちがこの街を出る頃には、彼女の悩みも解決しているといいのだが。
そんなふうに、どこかぎこちなく踊っていたテミシェリィだったが、ふとその動きをぴたりと止めた。彼女のリードが上手いからか、気持ちよく踊っていた俺にとっては、やや、どうしたことだ、と怪訝に思うのも仕方ない。
「……仇魔ですわ」
彼女は、ぼそりと搔き消えそうな声で呟いた。それを聞いた俺は驚き、それなら今すぐ戦わなくては、と踊るために握っていた、テミシェリィの手を離そうとした。しかし彼女は、先程よりも強く俺の手を握って離さない。
「手は、離さないで頂けませんか?一人は、一人は不安ですの」
ほんの少し潤んだような目で、俺を見上げるテミシェリィ。彼女は、美しかった。抱くのは、惚れるとか惚れないとか、そういう恋愛感情ではなく。あまりにも整っていて、何か洗礼された芸術作品を見ているようだった。とにかく、俺は彼女に見惚れていたのだろう。
「ああ、分かったよ」
そう言った俺の声は、緊張からか少し調子を外していた。
「この街は、わたくし達の街……どうかわたくしに、街を守る勇気を下さいませ……」
テミシェリィは祈るように、俺の手を、強く、優しく握りしめた。俺もその手を握り返し、頑張れと念を送ってみた。果たしてそれが届いたかどうかは定かではない。