屍が踊る街-1
「あー、暇だー!暇暇暇!」
「何度も言わんでいい」
リリィがぱたぱたと足を動かし、帽子を指でくるくると回す。馬車に揺られている間は、する事がなく退屈である。幌で遮られているため、外の景色を見る事も出来ない。しかしいくら事実でも、何度も言われると気が滅入るというものだ。
「眠るのは?」
「眠くないから暇なんだよー!」
ユイの提案も早々と却下するリリィ。街を離れ何日か経ち、その間十分過ぎるほど睡眠をとってしまったので、まるで眠気が無いのである。
「あーあ、早く街に着かないかなーもう」
そう言ってリリィは幌をめくった。ため息をつきながら外の情景を見ている。幌をめくったせいか、荷台の中に羽虫が入ってきた。あまりにもうっとうしいので両手で潰す。
辺りは開けた草原である。そよぐ風と薄い緑の装飾に身を包んだ大地。見ているだけでも心地よい。
「少し早いかもしれませんが、ご飯にしますか?」
カレンが苦笑いしながらリリィに聞く。しょうがないかあ、とリリィは頷いた。前の街からは、失踪事件の犯人を捕らえて仕留めたとして、食料という報酬を貰っている。キョウナが死ぬ前に、指で地面に軽い遺言をしたためていたらしい。彼女には感謝しても仕切れない。
パン生地に香辛料と肉を乗っけた、ピザみたいな飯を口にしながら、次の街はまだかなあと、俺はぼけっと考えていた時だった。不意に我らが愛馬、ラーハの嘶きが森にこだまし、馬車がぴたりと止まった。
「あれ?おーい、どしたの?」
「お望みの街よ」
手綱を握っていたミカノが指を指す。そこには、まるで廃墟のようで、地崩れのように壁が崩れた家々が並んでおり、結界も見当たらないという、なんとも異質な街があった。遠くからでは人影が見えない。既に全滅してしまったのだろうか。
とにかく、生き残っている人がいないか探してみようと街に近づくと、ぼろぼろに破れている服を着た、人間の白骨が地面を塗りつぶしていた。これには思わずぎょっとなる。
しかしユイはこの光景にも非常に冷静だった。膝をつき、いつもと変わらぬ表情で白骨死体の様子を探っている。
「そ、そういう死者の身体を弄るようなアレは止めといたほうが……」
「これは情報収集。必要な事だと思うけど」
「ふん、そんなんで何が分かるってのよ」
「この街が滅んでどれくらい経つのかっていうのは、大雑把にだけど分かると思う」
イラついた態度のミカノにユイは落ち着いて答え、また白骨死体を漁り始めた。いちいちそんな事しなくても、私の力なら一瞬で正確よ、とミカノが語気を強めた。彼女にとって、死体を漁るという行為はあまり好ましくなかったようだ。
そうしてミカノが、仕方ないかと不満そうな顔で式神を出した時。地面に付していた骨は、人の形を保ったまま、急に立ち上がった。皆びくっと身体を震わせ、仰天する。
「これは一体……?」
状況を飲み込めていないのか、アーシエは眉間にシワを寄せている。仇魔の仕業ね、とミカノは騒いでいる。
しかし、待てど騒げど、全く白骨は襲ってくる気配すらない。服を着て、まるで生きているかのように辺りを徘徊しているだけだ。
「……?襲ってきませんね」
「なんだよ、驚かせんなよなー」
つん、とリリィが指で白骨化してしまった人間をつつくと、人間の形をしていた骨が音を立てて崩れ、バラバラになって地面に散った。
「何してんのよバカッ!」
「わわわわ、どうしよう!?」
ミカノに責め立てられ、リリィは慌てて、地面に撒かれた骨を人間の形に組み立てようとした。そんなプラモデルじゃあるまいに……
瞬間、全ての骨がこちらを向いた。さらに、がしゃがしゃと音を立てて移動し、円を描くように俺たちを囲む。
「気付かれたみたい」
「えーっと、今どうなってるんだろうか……」
困ったように眉を曲げ、アーシエが呟くと、ミカノがリリィの耳を引っ張りながら言った。
「こいつが余計な事したのよ」
「いたたたた!やめろよもー!」
なんか……余裕だな。骨が自立して動いてるって、結構な恐怖映像な気もするのだが、特に取り乱す事もなく皆は戦闘の構えをとった。そんな時だった。
「どなたか、いらっしゃいますの?」
物陰から、年季が入っていそうな、傷の目立つ兎か何かのぬいぐるみを抱えた、あどけなさが残る顔をしている女性が姿を現した。ぼろぼろのゴスロリ服を着ており、はっきりと言うならば、どこかみすぼらしい。
「……まあ!驚きましたわ、人間のお客様だなんて、初めてかもしれません」
女性は俺たちを見ると、信じられないものを見るような顔をし、声をあげた。
「え、と……この方達は、あなたが?」
カレンが人骨を指していった。
「ええ、そうですわ」
「ごめんなさい倒してしまって。でも私たちに戦う意思はないわ」
ミカノが慌てたように説明した。敵対したくないのだという意思が伝わってくる。そりゃあ、こんな結界もないところで一人で居るという事は炎命者だろう。敵に回すだけ損というものだ。
「うふふ、もちろんわたくしも戦う気なんてありませんわ。折角生きている人と会ったんですもの。歓迎致しますわ」
女性は目を細めて笑い、こう続けた。
「わたくし、テミシェリィと申します。貴方達は、旅のお方でしょうか?それなら、きっと共に過ごす時間は短いと思いますが、どうかよろしくお願いしますわ」
「ああ、こっちこそよろしくな」
挨拶を終えると、後ろでかしゃん、と陶器の音がした。見ると、骸骨が茶器に紅茶のようなものを注いでいる。
「あらシェイラさん、ありがとうございます」
テミシェリィの言葉に反応するように、白骨はかしゃかしゃと音を立てて揺れ動く。嬉しい、という意思表示なんだろうか。さっぱり分からない。
「シェイラ……?」
「ええ、この方です。わたくしの親友なんですよ」
紅茶を注ぎ終わった骸骨を指し、屈託のない笑顔でテミシェリィは言った。ミカノは引きつった顔で苦笑している。まあ、骨といえど着ている服は皆バラバラ。十分判別可能なのだろう。気にするところは、そこじゃないかもしれないが。