キョウナとエリヴィエール-6
カレン達をぼうっと見ていると、キョウナに背中を叩かれた。
「ウチと居るより、はよ仲間のとこ行っといでや!」
「……キョウナさんも一人で感傷に浸りたいと思いますけどね、目を離したら死んじゃいそうで怖いんですよ」
「よう言うわあ、当たり前みたいに自分の死を扱っとったくせに。平然と自分の命よりエリヴィエールを救う事を優先させるんやもん。正直たまげたでえ」
大声で笑うキョウナ。エリヴィエールを殺した事に傷心していると思うが、そんな様子はまるで見せない。
ふと、そんな彼女の包容力に甘えて、自分の気持ちを受け止めてもらいたくなった。ひどい話だ。傷心中の彼女に、自分の勝手な話を聞かせるなんて。
まるで嘔吐でもするかのように、溜まったものを吐き出そうと、俺は話し始めた。
「……死ぬのは怖くありません」
「そうなんか?」
「一回経験してますから。大して悪いもんでもないですよ」
「それ聞いて安心したわあ。死ぬの、悪い事ちゃうんやね」
「自分の命も、惜しくありません」
「なんでよ、大切なもんやんか」
「それよりも大切と思っているものがあるからです」
「ふうん、一回死んだ人って、不思議やねえ」
キョウナは俺の顔を覗き込み、そして笑った。
「好きやでえ、そういうの。無理に自分曲げんでええよ」
「でも、怖いんです。もしかしたら、俺が死んだ時には仲間が悲しむかもしれない。それが、怖いんです」
「なんで?」
「なんでって……」
「我儘でも、自分勝手でもええと思うで。ウチ、あの子達はそういうの、受け止めてくれる度量があると思うけどなあ」
「勝手に死んでもですかね」
「君が納得いく死やったら、きっとあの子らも受け止めてくれるやろ」
「そういうもんですかね……?」
「炎命者はすぐに死ぬもんや。死ぬ時幸せかどうかって、大事やでえ」
少し、話して楽になった気がした。俺は自分勝手に続ける。
「……エリヴィエールを救えなかった事は、ずっと後悔すると思います」
「……そうかあ」
「キョウナさんと話した事は、ずっと忘れないと思います」
「……そら、いい冥土の土産になりそうや」
「……ありがとうございました」
「……ん。こっちこそ、ありがとうなあ。
……ふぁぁぁ……それにしても、なんやえらい眠いわあ……
……なんで、やろなあ……」
「……眠い時は、寝ていいんですよ」
「……そやね」
吐き出すだけ吐き出して、俺は大きく頭を下げると、彼女に背を向け、走り出した。これまで随分勝手に甘えてしまったが、彼女の容量に際限は無い。吐き出しても吐き出しても、彼女は笑って受け入れてくれる。彼女には、感謝してもしたりない。
背中の気配が、弱くなる。ああ、命の灯火が消えていく感覚だ。みるみるみるみる、消えていく。胸が痛い。締め付けられているようだ。
カレン達と合流した後、俺はキョウナの方を振り返った。彼女はエリヴィエールの墓を見つめたまま、微動だにしない。
「……トキト、彼女……」
「うん。……死後の世界ってやつ、あるといいなあ」
そうしたら、二人で仲良く語り合ったりするのだろうか。友人、仲間。そんな間柄と過ごす時間は、きっと幸せだ。
「……トキト、泣いてるのか?」
リリィが尋ねる。いつものように、からかっているのではない。
「まあ、な」
「でもきっと、幸せだったと思いますよ」
「そうだと、いいんだけど」
カレンの言葉に、俺は少し詰まりながらも返した。
「そう、彼女達は、炎命者」
ユイは、遠くに見えるキョウナ達を見て、事実確認をするように呟いた。自分の未来とキョウナ達の姿を重ねたのだろうか。
アーシエとミカノは、非常に落ち着いていた。元気そうだったのにね、とミカノは寂しそうに言った。ボクはエリヴィエールって子、好きだったんだけど、とアーシエは俯いた。二人の言葉に偽りは無いだろう。
だけど何故か、その時の俺は、二人の他人事のような話し方が気に入らなかった。実際、他人事だというのに。
日が沈み、俺たちが街を離れる時、もう一度墓を訪ねた。そこにはエリヴィエールの他に、もう一つ。
花を置き、手を合わせ、熱心に拝む。こんなに心から拝んだの、初めてかもしれない。
「それじゃあまた。エリヴィエール、キョウナ」
街は来た時よりも一層騒がしい。なんせ炎命者が二人も居なくなったのだ。後任探しは大変だろう。お前がやれよ、いや俺はやりたくない、といった街の人々の声がする。
炎命者はまるで貧乏くじ扱いだ。まあ、そうかもしれないが、良い事も沢山あると思うぞ。
どうか頑張ってくれ、という意味も込めて、俺は手を振った。馬車が動き出す。どうやらこの街ともお別れのようだ。
それじゃあな、エリヴィエール、キョウナ。もし全て終わったら、また墓参りに来たい。どうかその日が来ますようにと祈りつつ。その日までは、とりあえずさよならだ。
俺はもう一度手を振った。今度は、さらに大きく。
どうしたのよ、そんなに手を振って、というミカノの声が聞こえた。何でもないよ、と笑って返して荷台の幌の中へ、俺はゆっくりと入った。
「そうだ、俺、自分勝手に生きて自分勝手に死ぬよ」
馬車に入るや否や飛び出した俺の突然の言葉に、皆きょとんとしていたが、やがてカレンは微笑み、そしてゆっくり口を開いた。
「ふふっ、それは困りましたね」