出会い-2
「では。……そうですね、何から話したものでしょうか……」
澄んだ空色の髪の少女は、うんうんと悩んでいる。
「とりあえず、ここが何処か教えて欲しい。地球じゃないみたいだけど」
ガーゴイルみたいな、あんな化け物がいたら、今ごろ世の中大騒ぎだ。UMA、という手合いかもしれないけど。でもここ、流石に地球のどこかの国じゃあ無いよなあ。
異世界に生まれ変わる!そういう夢溢れる創作も、何度か目にしている。もしかしてという期待が、胸の中で膨らむ。俺は、胸が高鳴っていた。隣の芝生は青いと言うが、平々凡々とした人生を送ってきた俺に、異世界という異質な舞台は、余りに魅力的で。そして光り輝くものだったから。
「地球……?……うん、そうですね。端的に言えば、この世界は、貴方がたの言う世界とはまた別の所にあります」
おお、異世界。うーん、何だかそれがちゃんと分かっただけでも、身体が羽毛みたいに軽い!気分がぐんぐん良くなってくる。テンションが上がってるんだろうな。そうだ。テンション上がったついでに、気になった事を聞いておこう。彼女は、地球、という言葉を聞いて、俺が異世界から来たのだと把握したみたいだったもの。
「地球、知ってるのか?」
「はい。そこから来られる方、多いんですよ」
そう言って彼女は、視線を落とした。悲しそうな顔をしている。どうしたんだろう、と俺が不思議そうにしていると、金髪の女の人が、耐えかねないとばかりにこう言った。
「さっきの、見たでしょ?ここは人が良く死ぬの。でも人間の総数は大して減らない。それはね、あんたみたいな奴が、ぽんぽん補充されるからよ」
「……そういう言い方、好きじゃありません」
金髪の女の人の言葉に、青髪の少女は、俯く。それを受け、金色髪の彼女も、悪かったわと謝った。
……かなりこの世界は緊迫してるんだろうな、と何だか俺は不安になった。
「そんなにヤバいのか……。それじゃ、ここの皆は大丈夫なのか?」
「はい。私達は皆炎命者ですから」
「えっ……炎命者……?」
聞いただけだと、延命者、命を延ばす人かと思ったけど、違うみたいだ。まるっきり、逆だった。
「そう、炎命者。命を、燃やす者。……この世界には、高位存在というものが居ます。圧倒的な力を持つもの。……そうですね、神サマ、と言えば分かりやすいですか?」
不安気に聞く少女に、俺はこくりと頷いた。神サマ、神サマかあ。居ますって断言したもんだから、そりゃあ居るんだろう。元の世界では、結局居るのか居ないのか、最後まであやふやだったものなあ。神サマが居るなんて聞くと、もうわくわくする。わくわくしちゃ、いけないのかもしれないけど。
「その高位存在に代償を払い、契約した者を、炎命者と呼びます。その力は絶大。先程の狼は、炎命者である彼女によるものですが、先刻の力は、全力とは程遠いものです」
そう言って青空色の髪の少女は、目を閉じている女性を示した。やはり先程の狼は、彼女だったのか。そういえばあの人、ずうっと目を閉じてる。
そう思う俺の頭の中を、ある言葉がリフレインする。ぐるぐるぐるぐる。駆け巡っている。こうなっては聞くしかない。気管に張り付いた粘り物を吐き出すように、俺は彼女に問いかけた。
「代償?」
「契約の時に、差し出すものですよ。内容は、高位存在によって様々です」
「ボクが代償に差し出したのは、《視力》だったかなあ」
目を瞑ったままの女性が、軽く笑った。事も無げに言うが、ある日突然、目が見えなくなる。想像してみた事はあったけど、怖くなってすぐやめた。突然、耳が聞こえなくなる。この想像も又、怖くなってすぐやめた。想像しただけで、当たり前という足場が崩れてしまいそうで、恐ろしくなるものだ。
この人は、それを全く気にしてないみたいだ。いきなり光を感じなくなっても、それがなんともないように振舞っている。慣れたのだろうか。そうだとしても、そうでなくても、強い人だと思った。
代償が必要なんて言われれば、普通ビクつく。契約なんて、とても出来ないと思うかもしれない。けど俺は、飢えていた。普通じゃない事に。そうだよ、もし危険な目に合うとしても、神サマみたいな力を手に入れられるんだとしたら?俺の中では、既に答えの出ている問いだ。
「俺も……その炎命者ってやつ、なれるかな……?」
そう俺が思わず呟くと、さらさらと美しい、金髪の女の人は、ピクリと眉を吊り上げ、不機嫌そうに言った。
「ふざけないで」
「え?」
「そんな軽い気持ちでなるものじゃない……!……ヘラヘラと笑って……!ふざけないでよ!」
彼女は、凄く怒っていた。もしも自分に凄い力が手に入ったら、と思い、自然とにやけた事で、彼女の逆鱗に触れたのだろうか。俺は彼女に、どう応対すればいいか戸惑っていたが、目を閉じた女性が、どうどう、と金髪の女の人を制した。
「彼はまだ、ここに来たばっかりなんだ。よく知らなくて言っても、仕方ないさ」
「……そう…ね、そう、なのよね。……ごめんなさい、さっきまでの事は、あまり気にしないで……」
彼女の熱は、すぐに沸騰して、すぐに冷えた。今の金髪の女の人は、さっきまでとは変わり、がっくりと肩を落としている。ころりと変わる彼女に、俺は困惑した。
「彼女は、《自制》を代償にしたんだ。キツい言葉を言ったりするけど、まあ愛嬌だと思ってくれ」
落ち込む金髪の女の人を、心配しなさんな、と身体を撫でながら、目を閉じた女性が言った。代償。身体の一部機能だけじゃなくて、もっと広範囲なのか。そう、人の中身すら左右してしまうくらいのもの。
恐ろしい。もし俺が自制出来ないと、どうなるのだろう。思いついた事が、すぐ口に出て、人間関係なんてすぐに崩れるだろう。不満はそのまま表に引きずり出され、言わなくていい事も言ってしまう。彼女の様子を見る限り、それは望んで行われているわけでも、悪いと思っていないわけでもないだろう。しかし、身体はままならない。恐ろしい。
それでも、俺の好奇心は収まらない。これまでの人生、己の感情を抑え付けて、さらに抑え付けてきた。こんな事をしちゃいけない。あんな事をする奴はクズだ。そうやって無理に自分を納得させて、抑制してきた俺の本性は、もしかすると相当に膨れ上がってしまったのかもしれない。ただ、それをこの世界でも制御しようとは思わなかった。
昔から、俺は異能に恋い焦がれていた。少年漫画を見ては、必殺技を放ち、強敵と闘い、圧倒的な力を持つ事を夢に見るような奴だった。そんな俺にとって、炎命者という存在はまさに恋い焦がれた初恋の相手と言ってもいい。
そんな強大な力があれば!あんなゴブリン達にだって、言いようにやられはしなかっただろう。
その時の俺が、どんな表情をしていたかは、分からない。ただ、そこから俺の心の内を読んだのだろうか。青髪の少女は、俺の顔を覗き込むと、少し複雑そうな表情をして、
「そうだ、自己紹介、していませんでしたね。まずはそれをしないと。近くの街まで送りますから、貴方とは、そこで別れる事になるかもしれませんが」
と淀みながらも言った。そっか、そう言えば確かに、皆の名前すら知らないな。一期一会という言葉もある。人との出会いは大切にしないと。
……皆が皆美人さんだから、という下心も、あるような、ないような。