表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/77

キョウナとエリヴィエール-5

俺が炎命者の力と神具である鎖を解除すると、エリヴィエールは、鎖に締め付けられ力が入らなかったのか、着地に失敗して地面に叩きつけられた。


俺は炎命者の力を解除した事で、その代償として激痛と共に血を吐き、エリヴィエールは、首を絞められていたからか、苦しそうに咳をしている。



口元の血を拭い、俺はキョウナの顔を見た。悲しそうな目でエリヴィエールを見下ろしている。


「確認させてぇな。この街の一連の失踪事件、君の仕業?」


「……如何にも。我が人の魂を食らっていた。抜け殻となった身体、もはやこの世に留まれず。風に吹かれて塵芥」


「……それで失踪事件の完成っちゅうことかいな……」


参ったなあ、とキョウナは空を見上げた。エリヴィエールは俯き、地を見ている。正直に告白するとは、観念したのだろうか。キョウナはどうしたものかと頭をかく。


「せやけど、君は理由も無しにこんな事やる子やないやろ。何かあったんか?」


「ただ、渇き故に」


「渇きって、何やの?」


「魂」


「魂、ねえ」


エリヴィエールの応答は、実に簡素である。答えているのか答えていないのかもハッキリしないが、キョウナには伝わっているようだ。


「……誰かを殺さなあかんかったんか?」


「まさしく」


一つ一つ、丁寧に確かめるように、キョウナは問う。エリヴィエールも、それに毅然と答えていた。


「魂の渇き。それこそ我が神に捧げた対価。以前は大したものではなかったが……今や心身を食い破らんとする魔物に変貌してしまった」


「魂は人やないと駄目って事か」


「もはや仇魔の魂では足りぬ。人を食らわねば崩れゆく。我はその程度の脆弱な器よ」


自嘲気味にエリヴィエールが笑った。どうやら人の魂を食べる事でしか生き長らえる事が出来ず、その原因は炎命者になった時の代償にあるらしい。



「もう、無理なんかなあ。戻られへんのかなあ」


「渇きは止まらん。ここで死なねば、我は人の魂求め、蠢き彷徨う亡霊になる」


それを聞いて、俺の心が揺れた。どうにか出来ないものかと思った。だってその代償とやらが無くなれば、エリヴィエールが死ぬという事は無い。人々を殺したという罪は消えないかもしれないが、朽ちて死ぬという必要は無いだろう。ラティア、どうにか出来ないかな。


『出来るといえば、出来る』


ラティアの言葉に、俺は思わず握り拳を作った。やはり炎命者というのは凄いものだ。願えば叶う。まさに神だ。



しかし、しかし俺は神では無かった。


『だが、そんな事をすれば、少年。負荷によってお前さんは間違いなく死ぬ。そういうものじゃ』


そんな馬鹿な。代償が消えれば、少なくとも俺の納得いく結果になる。後悔の無い選択が出来るじゃないか。俺の願いを叶えれば、俺は死ぬ。願いを叶えなければ、俺はきっと後悔する。上手くいかないものだ。この世界でもこんな感じかよ……


『すまんが、お前さん達が居るこの世界と、高位存在の居る世界、両方に干渉するのでな。二つの世界そのものを揺るがす事になるからのう。そういう結果になる』



……いや、それでも。たとえ死ぬとしても、俺は後悔の無い選択をしたい。今だ。今が一番大事なんだ。


……ああでも、ミカノ達を悲しませてしまうかもな。だけど、エリヴィエールは悪い人間とは思えない。それなら、生きていて欲しい。


「……最後は、ウチが介錯してもええかな」


「それならば、悔いも無い」


「ウチの力で、君と高位存在との繋がりを断つ。それで苦しまずに済むはずや」


キョウナとエリヴィエールは、既に話を終わらせてしまったようだ。哀愁を帯びたキョウナの背中はやけに悲しく、エリヴィエールの頬には、ひび割れたガラス片のような亀裂が入っていた。魂の渇き、というやつだろうか。


「……待ってくれ。エリヴィエールの代償、俺なら無効に出来る」


「ホンマか!?」


俺の言葉に、驚愕の声をあげるキョウナ。その表情は、半信半疑といったところか。


「……対価は?」


「え?」


「まさか対価無しに出来る訳ではあるまい。どの程度だ」


エリヴィエールの問いに、俺は詰まった。が、対価は俺の死だ、と正直に話す事にした。


「やはりな」


エリヴィエールは呆れたようにため息をつく。


「お前に出会い、負けた時点で、既に天命我を見放せり。ならばそれに殉じよう。殺される相手が相手だ。清々しい気持ちで逝ける」


「お気持ちは、ありがとうなあトキト君。せやけどね、この子偏屈やから。他人の施しとか情けとか、そういうのを素直に受け取る子ちゃうのよ」


何も出来ない。余りに無力な俺を慰めるように、キョウナは苦笑した。その頬には、涙が一筋。


「褒め言葉だ」


エリヴィエールは笑った。ひび割れた頬に、涙は流れていなかった。どこか晴れ晴れとした笑みだった。



「ウチは好きやったで、君の事……」


「……人を殺すのに、感傷は不要だ。さっさとしてくれ」


エリヴィエールの言葉を受け、キョウナは自身の炎命者としての力を解放した。たちまちキョウナはどす黒い甲冑を見に纏う。その手には、血がこびりついたような鎌を所持していた。エリヴィエールの鎌は、どこか美しさすら感じさせるようなものだったが、キョウナのそれはただただ無骨な、生命を殺すための武器、という感じだった。


「……会えるなら、あの世でまた会いたいものだ」


「安心してえな、ウチもすぐに逝くでえ」



兜のせいでミカノの声はくぐもっていたが、その語気はどこか明るかった。そうして会話を終えると、キョウナは鎌を振るう。


横に、一閃。



エリヴィエールの首が飛ぶ。血は、流れなかった。持ち主が居なくなったエリヴィエールの胴体は、膝をついたまま倒れる事は無かった。


「高位存在との繋がりを消しただけやったらあかん。……見知った子を苦しまんように殺すなんて、嫌なもんやねえ」


疲れきったようにキョウナは言うと、炎命者の力を解いた。吐血量はかなりのもので、俺はみっともなく取り乱してしまったが、大丈夫やから、と微笑んだ彼女の顔を見て、落ち着きを取り戻した。心配していたつもりが逆に気を遣われてしまい、情けない話である。




それから彼女と二人で、エリヴィエールの墓を作った。エリヴィエールが連続失踪事件の犯人だと知った、街の人達の目線は冷ややかだったが、キョウナは心の底から悲しみ、涙を流していた。そう、きっと、二人は友人で、仲間だったのだろう。


「あの子は、悪い子やなかった。ある日突然街に来てなあ、ボロボロのウチの代わりに仇魔を倒して……言ってることは難しかったけど、それでもいつも自信満々に笑ってなあ。それがまた、混じり気なくて、純粋で……」


「仕方ないとはいえ……ですね」


「……ホンマに、なあ。後悔なんて、したくないんやけど。なんで、こないな事に……そう、思ってしまうんや」


キョウナは墓を拝む。それは熱心に。ぽっかりと今までの生活から抜け落ちた人との思い出を、必死に思い起こすかのように。



向こうにカレン達が見える。こっちにやって来るのだろうか。ああ、リリィがこけた。こんな何でもないような事が、何故か途端に、幸せに思えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ