キョウナとエリヴィエール-3
さて、俺はキョウナの家を出て、カレン達が居る宿に向かった。宿に関してもさほど立派なものではなく、ごくごく普通の民家のようなものだった。
「おー、トキト!ようやく来たかー!」
リリィは会うなり、何してたんだよー、と冗談交じりに聞いてきたが、特に何も、とそっけなく返しておいた。
「こっちは厄介な事があってね」
アーシエは厳しい表情で頭をかいた。
「この街で起きてる失踪事件、知ってるかい?」
「ああ、聞いたよ」
「また一人、消えたらしいよ」
「そりゃ、また……」
かなりの頻度で失踪しているようで、皆明日から事件の解決に動き始めるのだとか。
「トキトさんはどうしますか?」
「もちろん、俺も動いてみるよ」
街を散歩がてらに、だけど。街のトップであるキョウナが知らないと言うのだから、街の人間が何かを知っているとは思えない。自分の手で情報を集めるしかないだろう。
「ちょっと疲れちゃった。とりあえず、今日は休もうかしら」
「今日の夜にも何か起こるかもしれない。私は街を回る」
ミカノがのびをしながら気怠げに言ったが、ユイは休む事を良しとせず、宿の扉に手をかけた。
「飯食ったら俺も行くよ」
俺もユイと共に行きたいが、今は腹が減っている。キョウナの家に居た間は、何も食わずとも問題無かったが、この宿に到着するまでに、街の通りにある店々から漂う、美味しそうな匂いを嗅いでしまい、食欲を刺激されてしまったのである。
それならば、とアーシエは俺に銀に輝くコインを渡してくれた。皆はもう食事を済ませてしまったようで、適当な店で食べておいで、という事らしい。銀貨一枚で大抵の物は買えるそうだ。しかし、俺にはちょっと気になる事があった。
「そういえば、街と街の交流は断絶してるのに、貨幣経済は成立してるんだな」
「仇魔が現れたのは割と最近で、それまでは街同士の交流とか、物資の流通も盛んだったみたいですよ」
あくまで伝聞ですが、とカレンは言った。全土で貨幣は統一されているらしく、昔の名残から貨幣で取り引きする事を行っているそうで。この銀貨にしっかりと価値がある事を確認し、俺は安心して街に繰り出した。
街には整備された大きな通りに沿うように、幾多の店が並んでいる。店先に人が並ぶくらいに盛況、とまではいかないが、そこそこに人が入っているみたいだ。
どの店に入ろうかと悩んでいると、街中だと余計に目立つ、黒フードのエリヴィエールが通りかかった。
「やあ、エリヴィエール」
「む、何だ」
「ああ、この街で美味しい店を知ってたら、教えてほしくて」
「……そのようなもの、我が神智には不要だ」
彼女は短くそう言うと、すぐにその場を去ってしまった。そもそも詳しくなかったから教えられなかった、という事でいいんだろうか。
とにかく誘いを断られてしまったので、適当な店に入り、一人でステーキを食べる事にした。肉厚なのに柔らかく、塩胡椒が効いていて美味かったのだが、流石に贅沢すぎる物を食べてしまった気がする。
前は一人で行動する事に、周囲にどんな冷たい目を向けられるだろうかと一種の恐怖感を抱いていたが、今はちっとも気にならない。これは成長なんだろうか。
まあ、腹が膨れたので何より。これから街を見守ろうではありませんか。そう意気込んだ。そう簡単に手がかりが見つかるもんか、という思い込みからか、やる気があんまり無かったので、そうやって無理にでも気合を入れるしかない。
しかし、日が沈んで辺りが暗くなっても、危惧していた通り成果はゼロ。駄目だった。
だが、夜になって警戒を解く訳にもいかないだろう。腹は減っていないので、まだ街の巡回を続ける事にする。
ただ、どうも視線が痛い。刺すような視線が、街中から飛んでくる。まあ、人の失踪という怪現象が起こってるんだ。見知らぬ奴に警戒したってしょうがない。でも時系列的に、犯人は俺たちじゃないでしょうに。今日来たばっかりなんだぞ。前々から起こってる失踪事件と関わっていてたまるか。
なんだいなんだい、俺たちはそっちに協力する側だぞ、味方だぞ、と心の中で愚痴り、不貞腐れながら一つ石ころを蹴ると、路上に置かれていた植木鉢をかすめたので肝を冷やした。
それから人通りの少ない路地なんかも調べたが、収穫ゼロはちょいと滅入る。街から光が消えて皆が寝静まり始めた頃には、八方塞がりである。どうしたものか悩む。失踪事件を解決しようとするなら、こういう時間にこそ警戒しなくちゃとも思うし、眠たくて頭が上手く働かないので、正直さっさと寝たいとも思う。
だが、徹夜は二度三度経験した事がある。まあ、一回くらいの徹夜は大丈夫だろう。いや、間違いなく大丈夫。平気の平左で軽く耐えられる事請け合いだ。
ああ、しかし。残念と言うべきか、街は実に平和で平穏だった。悲しいくらいに何も起こらない。人気のない、夜の街並みを歩くのは嫌いではないが、こうも変化が起きないと眠くて仕方ない。明かりが無いのでよく見えない事も重なり、目を開いているのか開いていないのか、いよいよ分からなくなってきた。
やばい、そろそろ日の出だ。虚しい時間を過ごした気がしてたまらない。徹夜のせいで目が痛い。全身怠くて力が入らない。仕方がないので、宿へと戻ろうとしたその時である。
背後から、何か嫌な気配がした。背中を這い締め付けるような、強大な力の圧。背筋に鳥肌が立つ。眠気が吹っ飛び目が覚める。全身、非常警戒態勢だ。怠いだの、しんどいだの言ってられる状況では無くなった。気怠い身体に喝を入れる。
俺はすぐさま、気配がした方へと駆け出した。街の人達はまだ起きておらず、街中に人影は全くない。爽やかな湿気を帯びた、早朝の風が頬を撫でる。
南無三、どうか犠牲者が出ていませんように、と何者かに祈りながら、俺は気配のした場所に到着した。