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音楽街-4

辺りの空気が、変わった。カレンの時もそうだったが、炎命者が力を解放すると、纏う空気が変わるものなのだろうか。



少女の身体が、銀に似た機械色に変化していく。彼女の全身から、元の肌の色が消えた時、彼女は、まるでロボットアニメに出てくる、人型で二足歩行のロボットのように姿を変えた。同時にその体高も、みるみるうちに膨れ上がり、ついには仇魔にひけをとらないくらいの巨体になった。


機械から、エコーのかかった金属音が聞こえる。それはまるで、機械が咆哮したようだ。完全に、ロボットへと姿を変えた少女は、仇魔に向けて猛然と走り出した。足が地面に着く度に、縦に揺れ、大地はえぐれた。


仇魔も、少女に呼応するかのように、雄叫びを挙げた。そのあまりの圧に、地面がぴしりとひび割れる。まるで怪獣決戦だ。ひっきりなしに地鳴りが起こる。空間にひびが入っているかのように、空気が震えっぱなしである。大歓声に包まれたスタジアムよりも、余程凄い。あまりの爆音に、俺の鼓膜が悲鳴をあげている。身がもたない。迂闊に門の外に出るべきじゃなかったなと、俺は今更後悔し始めた。



仇魔が、その両腕をゆったりと振り上げた。あまりの巨大さ故に、それは空を覆い、辺りは一気に光を失い、暗くなった。動きは鈍重極まりないが、大きさが大きさだ。振り下ろされ、辺り一面、街を、大地を叩き壊す事を容易に連想させる仇魔の腕は、恐怖を抱かせるに十分なものとなっていた。


仇魔の腕、という巨大すぎるものが動いたせいか、俺の身体を浮かして、吹き飛ばすような突風が襲いかかってくる。少しだけ炎命者の力を使って、受け身をとったが、危うく首がへし折れる所だ。戦いを見物するだけでも、生身なら何度死ぬか分からない。結界があるからか、街への被害は多少軽減されているようで、とりあえずは安心した。


いや、どうやら前言撤回する必要がありそうだ。というのも、腕を振り上げた仇魔が、その両手を降り下ろさんとしているのだ。正直、焦る。思わずこの窮地を何とか出来る神具を、必死こいて探した。後から思い返せば、こんなもの無駄骨だったわけだが。



何故なら、仇魔に対峙していたのは、仇魔と同等の大きさを誇る、巨大ロボットなわけで。当然、その程度の攻撃は対処出来るというものだ。


ロボット(少女)は、左腕で腰のライフルを、右腕で腰の剣を、両腕でクロスさせる形で抜き(カッコよかったので今度俺も真似してみようと思う)、ライフルを西部劇のガンマンのように、素早く構え引き金を引いて、仇魔の右腕を、剣を居合の達人のように、抜くと同時に斬りかかり、仇魔の左腕を、それぞれ吹っ飛ばした。その動きは、巨体に似合わず機敏だった。


仇魔の激しい慟哭が、周囲に響き渡った。そりゃ両腕を無くしたのだ。さぞかし痛い事だろう。痛いと感じる器官があるかどうかは定かでないが。


しかし、炎命者の少女にしてみれば、その慟哭さえも、見逃せない隙だったようだ。瞬時に、ライフルで足を撃ち抜き、仇魔の頭頂部に剣を入れる。硬いものと金属がこすりあうような嫌な音が、少しの間響くと、仇魔の身体は縦に真っ二つになった。



真っ二つになった仇魔が、無造作に地面に沈む。質量が質量だ。浮き上がるような衝撃が、大地につたった。というか、実際俺の身体は宙に浮いたし、結界があるとはいえ、街の壁にも僅かに亀裂が入った。しかしまあ、炎命者とデカいだけの仇魔の実力差のせいか、実にあっさりとした決着だったが、とにかく勝ちは勝ちだ。少女が仇魔を倒して、それで終わりだ。


少女も、炎命者としての力を解除したようで、眼前にそびえていた鋼色のロボットは、みるみるうちに縮み出し、やがては鮮やかな光と共に、ベールを脱ぐかの如く、元の少女の姿へと戻った。


そしてこれは、炎命者の宿命なのだろうが、力を解除した時に、少女は嘔吐するように吐血した。すり減らした命の重さを自覚させるように、激痛は強烈にやってくる。少女もあの形容し難い痛みに襲われているのか、うずくまったまま、身動き一つとらない。あの辛さは良く分かる。刹那的なものとはいえ、さっさと殺してほしいと心から願ってしまうほどだ。大丈夫か、と気軽に声をかける事すらためらってしまう。



そうして俺が、少女の苦苦とした姿を、ただ見つめていた時だった。何か言いようのない嫌な予感が、脳内を駆け巡った。


『ほう、人の気配に釣られて、仇魔がやって来たか』


ラティアの呑気な声がした。俺は呑気ではいられない。強大な気配、威圧感が迫ってくる。地中から近づいてくる。俺は慌てて少女を脇に担いだ。


「しんどいとこ悪いが、少し揺らすぞ!」


「ん……」


少女は特に何か行動しようとはしなかった。俺を信頼してくれているのだろうか。とにかく俺に任せる、といった感じだ。



俺は飛んだ。炎命者の力を使い、垂直に何メートルも。直後、下から、地面から、轟音が聞こえたと同時に、ワニのような顎が突如出現した。そこにはギラギラとした鋭い牙が見える、大きな口が開いていた。


なんだい、大口開けて俺を食おうって腹かい。命の危機だというのに、なんだか焦りが消え、落ち着いてきた。闘争心も湧いてきた。


仇魔は恐ろしい速さで口を閉じる。重力に引かれ、落下する俺を待っているのは、馬鹿でかい牙のサンドイッチだ。勘弁してもらいたい。


流石に無抵抗で嚙み砕かれるのは御免なので、手で上顎の牙を掴み、足で下顎の牙と牙の間を止める。奴の顎の力も凄まじいが、こっちも炎命者だ。でかい仇魔と力比べをしても、負けていない。仇魔の口は、ピクリとも動かなくなった。



しかし、これからどうしたものだろうか。神具で仇魔を倒そうにも、片方は仇魔の牙を止めるのに、もう片方も少女を抱えるのに使っていて、そもそも神具を取り出せそうもない。じっくり考えれば、何か良い案がでるかもしれないが、刻々と俺の寿命は削られていく。


敢えて牙を抑える事を止めてしまうか。それなら牙で片腕を抉られるが、多分神具を使う事は出来るだろう。いや止めだ。腕だけじゃなく、多分身体の半分以上が噛まれ砕かれ、仇魔の胃に沈みそうだ。そうなったら神具を使うどころではない。


仕方ないので、俺は反射的に頭に思い浮かんだ事を実行した。



「投げるぞ!」


俺は少女に向かって言った。いきなりな上に、訳のわからない言葉であるが、彼女は動揺一つしない。


「分かった」


そう短く返した。彼女の返事も聞いたので、俺は躊躇いなく、脇に抱えた少女を空にぶん投げた。これで片腕が空いたわけだ。


もたもたしていると、少女が落下してきてしまうので、俺は素早く神具(神剣ハーバルング)を抜き、仇魔の体内に向けて振った。


使った俺の目もくらむような、眩い光と共に、空気の震える音がして、仇魔は欠片も残らないくらいに砕け散る。凄まじい力だ。神剣様々である。適当に振るっただけでもこの威力とは。



さて、あっという間に仇魔も倒したわけだし、これにて一件落着と言いたい。が、俺も少女も現在落下中。随分高く飛び上がったので、落ちたら死ぬだろう。少女もそれを分かっているようで、炎命者の力を使って上手く着地しようとしている。


「大丈夫だ、俺に任せろ!」


しかし、彼女はその力を解除したばかりで、身体への負担もある。そういう気持ちで叫んだ俺の言葉を汲み取ってくれたか、彼女は小さく頷いた。


まず、俺が着地。これは問題ない。何階建てぐらいのビルから落下したかは知らないが、大したものじゃない。炎命者だし。


問題は少女だ。落ちてくる場所は分かる。大丈夫。衝撃を和らげようと、俺は少し飛んで、彼女を抱えた。意図せずお姫様抱っこみたいなポーズになってしまったが、それを気にしてたのは俺だけだった。


「だ、大丈夫か……?」


「うん」


相変わらず、少女の返答は簡素だった。いつまでも抱えているわけにもいかないので、俺は彼女を降ろした。少女の足取りは、まだ少しフラついている。


これ以上仇魔が来る気配もないので、俺は炎命者の力を解除した。それと同時。来た、激痛。これはいつまでたっても慣れない。時間経過で痛みは無くなるが、しかしその痛みが凄まじい。皮を剥がれ、爪をべろんと剥かれても、多分この痛みの方が上だと思う。あばらも痛い。喉が、胃が、燃えている。うめき声すらあげられない。握り潰されるような頭の痛みで、吐いてしまった。そりゃ血だって吐くわな。



やがて、何時間経ったんだ、と思うほどの苦痛がようやく終わった。ああ、また吐きそう。炎命者になった事に後悔は無いが、こればっかりは勘弁してほしいもんだ。


ようやく落ち着きを取り戻した俺に、少女はゆっくりと手を差し伸べてくれた。俺は驚いて、少し唖然としたが、直ぐにその手をとって立ち上がった。


「……ありがとう」


「うん」


「ひとまず脅威は去ったみたいだな。良かった良かった」


「ん」


少女の答えは、実にあっさりとしている。でも、何か、少し語気が柔らかい気がした。気のせいかもしれないが、そう思いたい。


「そうだ名前。名前、聞いてなかったな。俺はトキトだ。よろしくな」


「名前?」


何故そんな事を聞くのかと、少女は首を傾げた。……確かに、名前を知らなくても、大きな問題は起こらないかもしれないな。人を呼ぶのに、いちいち名前を使う必要はない。でも、知っておきたいと思った。


「何というか……友達として。……いや違うな。仲間として?とにかく、知りたいというか……何というか……」


随分話がへったくそだ。そういや、前世で友達ってどうやって作ってたっけ……?何でこういう肝心要な事を覚えていないのか、と俺が落ち込んでいると、少女はポツリと、小さく告げた。


「ユイ」


「ユイ……?ユイっていうのか。……そうか。それじゃあ改めて、よろしくな、ユイ」


俺は手を差し出した。友情の握手を求めたのだが、別に応じてくれないくても良かった。ユイは必ず応じる、なんてそういうタイプじゃない。だって感情を失っているのだから。拒まれたとしても、仕方ない事だ。落ち度があるとすれば俺の方だろう。



だけど。だけど、ユイは応じてくれた。ああ、その手は暖かかった。なんて暖かい、人の体温、人の温もり。


分かるさ。彼女は疑いようなく人間だ。感情が無い?そんな些細な事がなんだ。人間だ。炎命者だけれど、そうさ。彼女は、しっかりと、人間じゃないか……


俺は安心した。そして嬉しかった。


「トキト。泣いて、いるの……?」


「ああ。……何で、かな……」


本当に、何故だろうな。

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