表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/77

音楽街-2

さて、比較的店内が騒がしくなり、人の出入りが激しくなっていくのを見るに、どうやらそろそろ演奏が始まりそうだ。今か今かと待ちかねていると、からんころんとドアベルが鳴り、店内にミカノが入ってきた。


「起きてたのね。結構早いじゃない。……大丈夫なの?」


彼女はゆっくりと俺の隣に座り、少し不安気に聞いてきた。


「まだ少し身体が重いけど、まあ大丈夫かな」


「ふうん。それなら良いけど」


「それより、何で此処に?他にも楽しそうな所はあったと思うけど」


俺は、先程街中で見かけた、色とりどりの看板を立てた、様々な店を想起していた。それは興盛している繁華街のように、全体が絢爛であり、見ているだけでも飽きがこない、如何様にも楽しめる所だった。


「うるさいのは嫌いなのよね」


俺の問いに、ミカノはことなげもなく、そう言った。確かに、街中は楽器や歌の大合唱だ。うるさいと言えば、確かにうるさいかもしれない。その発言は、確かに彼女の正直な気持ちだろう。


「あっ……。いや、まあ、賑やかなのは良い事だと思うけどね、ほら私ってそういうのが苦手じゃない?」


自分の発言に、店内の客達の目線が集まったと感じたからか(本当は、滅多に見ない街の外からの客を、好奇の目で興味深そうに眺めているだけだったが。俺もそういう目を向けられた)、ミカノは少々慌てて、さっきの発言に悪意は無かったのだ、というのをアピールした。


「初耳だ」


「事実そうなのよ。あんたも覚えときなさい」


そう言うと、彼女は気怠げに頬杖をつき、くるりと周囲の様子を伺うと、何かに気付いたようだ。


「ん?ねえ、もしかして……今から演奏が始まったりしない?」


「そうみたいだけど」


それを聞くと、彼女の顔はさあっと青ざめた。


「少し席を外すわ」


「えっ?」


俺は思わず、間抜けな声を上げた。ミカノがそんなに音楽が嫌いだとは、思ってもいなかった。


ただ、それは単なる誤解だったのだが。


「あのね、私が此処にいたら五月蝿くしちゃうのよ。例えば静かな曲を演奏している最中でも、おおー、とか、凄い、とか言って。とにかく騒がしくしてしまうの。それが嫌なのよ」


「なるほど」


静かなバーの、良い雰囲気を壊したくないのだろう。ミカノは椅子から腰を上げ、今にも店から出ようとしている。俺もそれを止める気になれなかった。他のお客さんの迷惑になっちゃまずい。



「お待ち下さい、お客人」


そんなミカノの足を止めるように呼びかけたのは、この店のマスターだった。


「構いませんよ。ウチは音楽を楽しむ店ですから、楽しみ方は千差万別で良いんです」


マスターの優しい提案に同調するように、周りのお客さんからも、そうだそうだと賛成する声が上がった。


しかし、となおも渋るミカノだったが、演奏中の声援、良いじゃないですか。それも又音楽だ。と、ステージ上でこれから演奏しようとしている、奏者の人達からもそう言われたのだから、ミカノは少し顔を赤くして、もとの席に戻った。


「こ……こういう街なのね」


ミカノは、火照った顔を冷ますように、手でぱたぱたとあおいだ。なぜ顔を赤くする事があるのだろう、何か恥じるような行為など、ミカノはしていなかったのに、と疑問に思ったが、どうも彼女は目立つのが苦手らしい。



それから間もなくして、演奏は始まった。曲はスローテンポで、哀愁を感じさせるしみじみとしたボーカルに、ミカノの感心した声援のような声が混じり、店内は何とも混沌としていた。シュールだった、とも言える。


曲自体は、今まで聞いた事もないような、清流のように透き通った美しいものだったのだが。出来ればミカノのガヤが無い状態で聞きたかったと思うのは、自然な事かもしれない。


奏者の人も、お客さんも、そうしたミカノのガヤに好意的だったと思う。ミカノ本人は、せっかくの素敵な曲の邪魔をして申し訳ない、というような顔をしていたが。


とにかく店内は、和やかな雰囲気だった。さっきの曲はどうでしたか、と奏者の人達が聞けば、いやあ良かったよ、特にあそこのメロディが……と上機嫌に客が答える。何か店全体が一体となった、穏やかな空間だった。


俺たち余所者の二人も、その輪の中に入れた。というよりは入れてくれた、と言うべきか。とにかくマスター達が、気を遣ってくれて、温かく迎えてくれたのだ。



だがどうもその中に、異質な雰囲気の人間が一人いる。悪い意味で浮いているとか、そういう事ではなく、鳩の群れに鷹が混じっているような、良い意味での異質と言うべきか。その人物は、無表情で、深淵のような瞳を持った、先程の少女である。


少女は不意に、がたんと席を立った。周りの人も、何をする気なのかと、しげしげと見つめている。少女は、迷いも無駄も全くない足取りで、こちらに向かって来て、俺とミカノの頰に、暖かな手のひらを当てた。


「なっ……何よ……?」


敵意がないことは何となくでも分かるが、なにぶんいきなりの事だ。俺もミカノも、少し動揺していた。


「同じ」


「えっ?」


「一緒。私と、あなた達」


彼女はそう言って、まったく表情を変えず、しばらく俺たちをじっと見た後、きまぐれな猫が何かに飽きたように、ふらりと店を出て行った。


「……不思議な人だなあ」


「良いじゃない。私は好きよ」


そう言いながら、ミカノはマスターに何か飲み物を頼んでいた。


「……でも、気にはなるわね。マスター、何か知らない?」


「マスターともあろう者が、無闇にお客様の個人情報を漏らすわけにはいきませんよ」


透明のグラスに、コーヒーみたいな色をした飲み物を注ぎながら、彼は苦笑した。最もだと思う。ミカノも、彼のその言葉に納得したらしく、それなら仕方ないか、と素直に引き下がろうとした。



その時である。店の奥にいる、少し太った男性が、それなら俺が話してやろうか?と、俺たちを呼びかけた。男性はジョッキに並々注がれた、おそらく酒と思われる飲み物を、ぐいぐいと凄いペースで飲んでいる。酔っているのか、顔がほんのりと赤い。立派なヒゲが、酒でてかてかと光っている。


「……しかし……」


「いいじゃないか。あの子が他人に関心持ったのなんて、いつ以来だ?」


マスターは渋っていたが、男性は実に上機嫌なようで、声が弾んでいた。


「まあ、俺の話を聞いて気が向いたら、で良いから、あの子と少し接してやって欲しい。もしかしたらあの子も喜ぶかも……、いや、喜ばないかもしれないけど、とにかく、あの子のためになると思うんだよ。あんたら、炎命者だろ?」


「まあ、そうですけど」


「……確かに、我々はあの子と違う。理解者、という存在は、不可欠かもしれません」


マスターはため息をつき、少し寂しげに俯いていた。友人が出来るだろうかと娘を思う、父のような表情だった。


「そうだ、どうせなら、歌って踊って聞かせようか?」


「……いえ、結構です……」


「なんでえ、つまんねえの。その方が楽しいのに」


「こっちは真面目に聞きたいのよ!」


少々太めの男性の提案は、取り敢えず却下しておいた。ミュージカル調で話なんてされたら、しっかりと内容が頭に入ってきそうもない。少なくとも、俺とミカノはそういう人種だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ