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人が居ない街-3

そうして俺たちは、街の人達を弔おうと、木を土に突き刺しただけの簡素な墓を立て、人一人居ない寂れた街を後にしようとした。


そう、後にしようとしたのだが。街を覆っている城壁(現在かなりボロボロで、大部分が崩れている)の上に、何か居る。その影は奇怪であった。二足で城壁に立っており、頭の数は十を超えている。手は6本。毒々しい色もあって、見ただけで異常な相手だと分かる。



その異形は、ドスンと地を揺らして俺たちの目の前に飛び降りてきた。その姿からして、おそらく仇魔だろう。皆警戒している。それを見てその異形は、十ある頭で、それぞれにたりと笑い、重々しく辺りに低く響く声を発した。


「おっと、攻撃するのはまあ待て。私はお前たちに真実を告げに来ただけだとも」


「何……?」


「では告げてやろう。お前たちは既に、私の一部を体内に取り込んでいる。気付いていなかったろう?だから教えてやったのさ」


「体内……?」


こいつが何を言っているのか、まるで分からない。奴の一部が俺たちの体内にある、とは一体……?そんな事が起こるような出来事なんて……。そう考えて、俺はハッとした。


「街で食べた肉……!」


「そんなっ……!あれには何の危険も……!」


動揺するミカノを諭すような口調で、仇魔は告げた。


「そう、なーんの危険もないとも。今は、ね。そうそう、あの肉には私の唾液を混ぜておいた。それだよそれ。美味かったろう?それは私の唾液のお陰。感謝したまえよ、噛み締めたまえよ。お前たちの、最後の晩餐の素晴らしさをな!」



そう叫ぶや否や。仇魔は一筋の闇となって、まるで矢のように俺の腹に向かってきた。速い。だが俺も反応はした。炎命者としての力を解放し、それを手で掴もうとする。


しかし、それは敵わなかった。掴もうとした手に、仇魔は向きを変え、そしてべたり、と俺の身体の中に染み込んだ。他にどう形容していいか分からない。とにかく、俺の腕に染み込んでいった、としか言えない。


これには思わず動揺した。正直理解が追いつかなったが、仇魔に取り憑かれた、という事で良いのだろうか。皆もそれを察知してか、戦闘態勢をとった。



違和感が凄まじい。まるで自分の身体が自分のものじゃなくなったみたいだ。すると俺の身体から(口からだとか腹の底からだとか、そういう身体の部位のどこからかは分からないが)、先程の仇魔の声が響いた。


「やめておけ。此奴は既に我が手中にあり、意のままに出来る。そう、殺す事もな。分かるだろう?此奴は人質。半端な覚悟で手を出すなよ」


「ふざけてる……!」


悔しそうに、ミカノが歯噛みした。皆もどうすべきか、現状判断出来ていないようだ。かなり戸惑いが見られる。しかし、ミカノの意見には同意する。この仇魔はふざけている。勝手に俺の体内に入られるというのは気分が悪いし腹立たしい。



何とか出来ないものかと、おそらく操られていて自由に動かないであろう身体を、どうにかしてみようと試みると、不思議な程に、俺の身体は何の抵抗もなく動いた。


なんだ、俺の身体と一体化しておいて、操れていないのかと思った。これなら仇魔をどうにでも出来るだろう、と希望が湧いてくる。仇魔が俺たちに話しかけてきたのは、そんな時だった。


「……ああ、一つ言い忘れていたよ。そうさ、お前たちが食べた肉。あれは大変だった。中々そのままというわけにはいかなくてね。まあ過程は楽しかったが。

ん?お前たちは気付けたかい?あれが何かをさあ?豚?牛?鳥?違う。違う違う違う違う!違うね!



私の唾液でおかしな味を隠していたがなあ!ありゃお前たちと同じぃ!!この街で私が殺したぁ!!無実で!善良で!慎ましやかな!!




そうさ、人の肉さ!!はははははっ!!!共喰いした気分はどうだ!?美味かったか!?気分が良かったか!?」


「なっ……!」


全身鈍器で殴られたような衝撃だった。意のままに動かせるはずの身体が、まるで動かない。それほどまでの、不愉快な衝撃だった。


皆もこみ上げる吐き気を抑えるように、青ざめた顔で口元を手で覆っている。自分達の胃の中に人があるのだ。そうなってしまっても何ら不思議はない。吐いてどうなるのか、といえばどうにもならないのが一番の問題だが。


「ど、動揺しちゃいけない、ハッタリだ!」


「ハッタリかどうか……此奴に聞いてみな」


瞬間、俺の脳裏に駆け巡ったのは、吐き気のする最悪の映像だった。逃げ惑う街の人々が、目をえぐられ、腕をもがれ……抵抗してもまるで勝ち目はなく、ひたすらにいたぶられ、仇魔に惨たらしく殺される様。その死体が集められ、死体の山に垂らされた仇魔の唾液により、煙を上げて溶けていく様。



余りにも鮮明なその情景に、まるで原型をとどめていなかったが、あの肉はまさしく人の肉だったのだと、俺は確信した。殺される時の、人々の泣き叫ぶ悲鳴が耳の中でリフレインしている。胃から喉に、何かがこみ上げてくる。


「抱いたな……罪の意識を!」


仇魔の嬉しそうな声がし、そして嫌な音が辺りに響いた。何かが潰れる音。その潰れたものは、俺の左目だった。激痛の中、残った右目で、無気力に地面に流れる赤い血を、俺は青ざめた顔で見ていた。


カレンやリリィ達の、悲鳴にも似た声が聞こえる。ああ、こちらに向かってきている。駄目だ、来るな、これは俺が何とかする。そういって皆を止めようと上げた右手が、再び嫌な音を立てて、弾けて潰れた。俺の鮮血が、辺りに無造作にばら撒かれる。


「くおおっ……!」


「トキトさん!」


あまりの痛みに、俺は悶絶し、地に膝を着いた。そんな俺を見て、嘲笑うように、上機嫌に仇魔は語る。


「簡単だなあ、人というのは……。同胞を喰った。それだけでこうも罪悪感を抱いてくれるとは……。泣けてくるね、感動するね。私としては、願ったりかなったりだ」


全くこの仇魔、感動するくらいによく回る舌だ。おそらく取り憑いた人間の、罪の意識によって、その人間を意のままに出来るってとこだろう。なら話は単純だ。なあ、ラティア?


『おお、そうさな。どの神具を使うか、お前さんが選ぶといい。ワシの持つ神具の全てを晒そう。しかし右手や左目を治さんのなら急げよ少年。お前さんは相当血を流している』


ああ、そうさ。俺は大量の血を流している。人間、血を失いすぎると死ぬと言う。だが、このイラつく仇魔を仕留めるためなら、俺は喜んでレッドゾーンまでいく。それに、身体に激痛が走れば走るほど、死の足音が聞こえれば聞こえるほど、そうさ、死が近づいてくるほどに、何故か俺の頭は研ぎ澄まされていく。爆ぜた目や手を治すよりも先に、やる事があるというものだ。


「トキト!」


「問題ない、俺だけの敵だ!」


俺を助けようと画策しているミカノ達を制し、俺は笑った。


「罪の意識で死ぬなんて阿保くさい。それなら罪を裁いてもらおうじゃないか。……それも公正にな!」


俺は右手が無いので、左手で虚空を掴んだ。ああ、血を失って貧血気味の俺には、中々重い手応えだ。だがノンビリとしていたら、この左手も弾け飛びそうだ。俺は殆どノータイムで、虚空から神具を引き抜いた。


「神具- 《断罪剣グリゴラス》」


その短剣は、この前使った神具とは別のものである。しかしその輝きは、前の神具にも劣らない。炎命者の皆も、仇魔も、その輝きに面食らっているようだった。仇魔はかなり動揺した様子で俺に告げる。


「馬鹿が、私へのダメージはお前にも行く!相打ち覚悟の自傷行為なんて、意味が無い!理解しろ!」



この様子だと、おそらくこの神具で切腹みたいな事をしても、仇魔にダメージはいくだろう。しかし、そんな事するつもりはない。この神具は、まさに名前そのまま。相手の防御性能など御構い無しに、罪を背負っているとされた者だけを確実に斬る短剣である。


「的外れはよせよ。そうじゃなく、単純明快。罪を清算してもらうのさ、この短剣に!」


そう言って俺は、くるんと刃先を首元に向けた。


「よせ!」


炎命者の皆と、仇魔の声が同時に聞こえた。そのどちらもが、俺を止めようとするもの。仇魔はともかく、カレンもミカノも、アーシエもリリィも、俺がこれで死ぬと心配しているのだろうか。嬉しいが、しかし全く死ぬ気がしない。



「さあ、お前も覚悟を決めな」


仇魔は慌てている。明確なまでの死を予感し、酷く取り乱している。それは、人間達を嘲笑いながら惨たらしく殺した仇魔の、なんとも滑稽な姿だった。その時の俺が、殺された人達の敵討ちに燃えていたのかどうかは自信がないが、しかしこの仇魔に腹を立てていたのは確実だ。



俺は躊躇する事なく、勢い盛んに神具をぐんと振りかぶり、残った左手で、短剣を喉元に突き刺そうとした時、俺の左手が勢いよく爆ぜた。仇魔の仕業だろう。



だが、この程度は予測の範囲内、対処可能な出来事だった。もはや両手は使えないが、幾らでもやりようはある。


俺は落ちゆく短剣に、反射的に膝を潜り込ませ、地面を頭突くかのように、頭を勢いよく振り下ろした。膝と喉で、短剣を挟む。


瞬間、何か刃物が喉元へ入っていく感触がした。神具は無事に、俺の身体を貫通したのだ。

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