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人が居ない街-2

「遅かったみたいね……」


街を歩き回ったところで、見つかるのは人の血、血、血。家屋にも人の姿一つ無い。そんな家屋の壁にも血。嫌になってくる。


つい最近まで、ここで誰かが生活していたんだろうな、と推測出来るような、新しめの家具類が、どこか寂しげで物悲しかった。料理途中としか思えないような、食材の入った鍋もあった。表紙に子供が書いたと見られる、楽しそうな家族の絵が書かれた、日記もある。ベタついた血のせいで、とてもその中身を見れそうもない。



かつてこの街は平和な日常を送っていたのだろう。ただ、一つも死体が無いのには驚いた。あるのは血だけだ。どういう事か気になったのでアーシエに聞いてみると、


「自分達の拠点に人の死骸を持ち帰る。そういう仇魔もいるみたいだ。」


と、何とも苦しそうな表情で答えてくれた。


「匂いもないね。そのせいで、ボクはこの街の惨劇を深く飲み込めていない。何か異質な空気が漂っているのは分かるけれど」


確かに、変な匂いはしない。そもそも死臭そのものが無いのか、この世界は死臭がしないのか。仇魔が自らの拠点へと持ち運んだかもしれないとはいえ、何か引っかかる。



引っかかる引っかかると言っても、一体何故引っかかっているのか自分でも分からないし、そもそもこの街にまだ何かがあると考えたのも、根拠あってのものではない。単なる勘を頼りにしたものだ。


しばらく街を探し回っても、あるのは人のものと思われる血だけで、まるで成果が得られなかったので、あれ、俺の思違いだったかなあ、と首を傾げた。


当てが外れてしまい、がっくり肩を落としていると、何やらリリィとミカノが、大きな樽をじいっと見ている。何だその樽はと聞いてみると、中に調理されたと見える、肉が入っているという。食料は合って困るものではないし、出来るなら頂きたいものだが、いかんせん、いつ滅びたか分からない街にあるものだ。腐っていたりしたらどうしよう、と悩んでいたらしい。


特にリリィは、早く何か食べたくて仕方なさそうだった。齧り付くように樽を見つめ、ぼうっとした様子で口を開けている。じゅるりとよだれをすする音も聞こえた。中々に腹が減っているようだ。


「一見腐っているようには見えないけど。でも安全と決められる訳でもないしなあ」


実際、樽の中の肉を見てみると、ごくごく普通の見た目で、おかしな匂いもしない。しかし、どうやってその肉が安全か分かるかと言えば、正直それを見分ける方法なんてない。もしかすれば、無味無臭の毒が入っているかもしれない。仇魔が襲った街だ。そんな事があっても不思議は無い。


安易に食べるのは出来んなあ、とため息をついた。正直俺も肉は食べたい。ちょいと赤黒いが、十分食べられそうな見た目をしてるもんだから、腹の減ってる俺に、食べてみろと強烈なアピールをしてくる。ああ、食えると分かれば食いたいものだ。



そうして俺とリリィが物欲しそうな目で樽を見つめていると、ミカノは仕方ないわね、とため息をついた。


「分かったわよ。食料はあって困るものでもないしね」


そう言って彼女は大きく息を吸うと、二度三度、ゆっくりと足で大地を叩いた。すると地面からぼんやりとした光が、まるで夏の蛍のように、辺りに舞い上がり始めた。緑、青、紫などなど。淡いそれらの光は、どれも透明感があって綺麗だった。


「これは……ミカノの力なのか……?」


「そう。式神、って呼んでるわ。直接戦闘は苦手だけど、色んな事が出来る便利なものよ」


そうしてその式神、と呼ばれた淡い光が、ふよふよとミカノの目へと飛んでいくと、彼女は式神を自分の目に、掌でぐりぐりと押し付けた。するとあら不思議、ミカノの目は色のついた光を薄っすらと放っていた。


「なっ……、何をしたんだ……?」


「式神を目に憑依させたの。……うん、問題ないわ。その樽に入ってるお肉、正常よ。食べても大丈夫」


ふう、とミカノが息を吐いた。憑依ってあんなに物理的なものだったかなあ。まあとにかく、ミカノのお陰でこの肉の安全は保障されたわけだ。俺はリリィに指示され、肉を焼くために、共にそこら辺に落ちてる木々や葉などの火種を集めた。


しかしどうやって火をつけるのかな、と思っていると、ミカノの式神がその火種に取り憑いた。するとたちまち火種から、ごう、と炎が盛んに唸りを上げた。いやはや凄い火力だ。その炎の中に肉を入れると、あっという間にこんがり焼けた。食欲をそそる香ばしい匂いが鼻をくすぐる。この肉は鮮度が良さそうだ。



ミカノの呼びかけで、街中を散策していたアーシエとカレンも肉を食べに来た。二人とも頰が火照っていて上機嫌に見える。やはり肉というのは好まれるのだろう。食べてみたが、中々イケる。腹が減っていたのもあるだろうが、肉自体も結構美味かった。塩が効いていて、肉汁が口の中に広がる感覚はたまらない。口に含んだ瞬間溶けるような、柔らかい肉だった。


腹が膨れると、街の惨劇を見て鬱屈とした心が、晴れ晴れとした気分とまではいかないが、少しはマシになった。この街には井戸もあって、そこの水も美味しかった。喉越し爽やか、かつて市販されていた水みたいだった。こうも美味いものを口にすると、嗚呼、俺は生きてるんだ、って感覚が染み込んでくる。人が居たなら、どれだけ素敵な街だったろうか。思わずため息がこぼれた。



その後も散々街を歩き回ったが、成果は無し。生存者どころか死体一つまるで見当たらない。日も沈んできたので、何にもない街に長居は出来ないと、仕方なくこの街を離れる事になった。

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