表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

三題噺

空を駆ける魔法

作者: 宮古のんか

 こんな雨の中、一体何をしているんだろう。

 まさか誘拐? 事故?

「ちーちゃんがね、帰ってこないのよ。お友達と遊ぶときはいつも一度帰ってくるのに、今日はそれもなくて。寄り道していたとしても、お兄ちゃんが帰ってくるまでにはさすがに帰ってくるだろうと思っていたけど、まだ帰らないのよ」

 お兄ちゃん、探してきてくれる? という母の言葉を聞き終わる前に、鞄を玄関に放り捨てて、傘を持って駆け出していた。


 少し雨足は弱まったものの、まだ傘なしで歩くのは厳しい。もしかしたら、傘がなくてどこかで困っているのかも――。

 事件、という言葉は意図的に頭の隅に追いやって、目に付いた歩道橋を上る。ここからなら見通しもいい。確か今日、妹は黄色の目立つパーカーを着ていたはず。

 じっと歩道橋の上から道沿いにある家や公園を見ていると、歩道橋を渡った先にある小さな公園に、黄色い人影が見えた。


 きっと、ちーだ!

 あんなところで何をしているんだろう。まだ雨も降っているのに。


 歩道橋を駆け下り、少し先にある公園に行くと、そこには鉄棒につかまり、必死に地面を蹴る妹の姿があった。鉄棒の横には赤いランドセルが転がっている。

「ちー!」

 思わず大きな声で呼びかけると、弾かれたように顔を上げ「おにいちゃあん……」と、くしゃりと顔を歪めた。

「さかあがり、できないよう……」

「逆上がり?」

 駆け寄って傘をさしてやると、しゃくりあげながら妹はたどたどしく話し始めた。体育の授業が鉄棒だったこと。何回かこれまでにも授業はあったが、友達はみんな逆上がりができるようになったのに、いつまで経っても自分はできずにからかわれたこと。明日は逆上がりのテストがあること。

「おにいちゃんは、さかあがり、できる? ……できるよね、きっと。あたし、どうやったらできるかぜんぜんわかんないよう。手はつるつるすべるし、地面をけっても足はあがらないし、まわれる気がしないの……。どうやってみんな回ってるのかわかんない……」

 学校が終わってから、雨の中ずっと、鉄棒をしていたのだという。

「ちー。いい? 気持ちはわかるけど、黙ってこんな時間まで外にいたらいけないよね。ひとりで鉄棒しているのも危ない。わかるよね?」

 こくこくと頷きながら、ごめんなさい、と謝る妹を見つめ、息を吐く。事件に巻き込まれたのではなくて本当によかった。

 雨はもう小雨になってきていたので、傘を閉じ、膝を折って、妹と目線をあわせて微笑んだ。

「でも、ちーの悔しい気もちはすごくわかるよ。お兄ちゃんも逆上がり、最初はできなかったから」

「え! ほんとう?」

「本当。でもね、先生に魔法をかけてもらって、回れるようになったんだ。だから、今度はお兄ちゃんがちーに魔法をかけてあげよう」

「魔法! おにいちゃん、魔法が使えるの!」

「そう、でもね、魔法をかけて、自分で回れるようになったら、すぐにおうちに帰ってお風呂に入ること。風邪ひいちゃったら、明日学校に行けなくなって、みんなに逆上がりできるところ見せられなくなっちゃうから。あと、お兄ちゃんに魔法をかけてもらったことは内緒。誰かに話したら魔法が解けるからね」

 約束できる? と聞くと、妹は勢いよく頷いた。

「じゃあ、こっちの少し低い鉄棒でやろう。学校でも同じくらいの高さでやるんだよ。そうじゃないと上手く魔法が効かないからね。それから、腕はきゅっと曲げて、おへそを鉄棒にくっつける感じで」

 小さい背中に手を添えて、耳元でささやく。

「ぽんっと背中を押したら、ちーは空を歩けるようになる。お兄ちゃんを信じて、腕に力を入れたまま、頭の方に向かって空を歩くんだ。いいね? じゃあ、いくよ――地面を蹴って!」

 ぎゅっと眉間にしわを寄せて顔をこわばらせながら、地面を蹴る。足が地面を離れた瞬間、ぐっと背中を押してやると、小さい体は宙を浮き、空を足が駆けていく。

 そして――鉄棒を支えにふわりと回って、見事地面に着地したのだった。

「でき……た……?」

 呆然とつぶやいた自分の声で我にかえった妹が、勢いよく飛びついてきた。

「できた、できたよ! おにいちゃん。すごい。お空歩けた! さかあがり、できた!」

「うん、見てたよ。がんばったね」

 頭を撫でてやると、くすぐったそうに目を細める。

「みんなこうやってたんだね! 回ってたんじゃなくて、お空を歩いて戻ってきてたんだね! ほら!」

 再び鉄棒をつかみ、今度は自分の力だけでくるりと目の前で逆上がりをする。コツをつかんだようで、さらにもう一度くるりと回る。

「おにいちゃんの魔法、すごいね!」

 こちらに向けられる笑顔がとてもきれいで、髪から滴る水が、雲の間から差してきた光を反射して眩しく散る様子が美しくて。まるで、自分の方が魔法を見ているような、不思議であたたかな気持ちがしたのだった。

三題噺、お題は「鉄棒」「歩道橋」「雨」でした。

逆上がり、お兄ちゃんのかけた魔法の通りにすればできるようになるみたいなのですが、私は未だにできません。

空を駆けてくるくる回るってどんな感じだろう。体験してみたいです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ