第87話 希望の助けが来るまで!
あの鎌は確か…
そう、俺が『後は野となれ山となれ』で呼び出したのは魔王軍幹部の1人であるエスタの相棒『バアル』であった。
それが上から落ちて来てドラゴンの右肩に刺さったのだ。
ドラゴンは突然の痛みにうめき声を上げる。
だが、今の俺には追撃する余裕などあるわけもなく、それどころかだんだんと意識が遠のいていく。
血を流しすぎたし、魔力使いすぎたか…
鎌が右肩に落ちた程度ではドラゴンの方もやられるはずもなく刺さった鎌を引き抜き、遠くへ投げる。
そして拳に力を込め、寝転ぶ俺に無常にもその拳が振り下ろされる。
バンっと勢いよく扉が開けられる。
そこでルナたちが見た光景は横たわるレイラや、セリア、キーナ、メルそして何事かといった表情でこちらを見るアザゼルの姿だった。
「アリーも上手いタイミングでいなくなったねー」
それを見たアザゼルはやれやれと呟く。
「レイちゃん! みなさん! 大丈夫ですか!?」
倒れるレイラやキーナたちにティアラとルナは駆け寄る。
「案外ここにたどり着くの早かったね、ミーナ」
「ふん、色々話してもらうよ。 アザゼル!」
「最早師匠呼びでもないか」
睨むミーナに、はっはっはと笑いながらアザゼルは言う。
「大丈夫だ。 4人は君たちと同じように気絶してもらってるだけだ。 しばらくしたら目覚めるさ。 それよりイヴちゃんは一緒じゃないの?」
「なにが大丈夫だ。 ソウタ君はどこへやったんだ! それにイヴのことであんたに話すことはないよ!!」
「まぁまぁそう怒るな。 ソウタ君ならあそこだよ」
と窓の外を指差す。
「ソウタ!!」
3人はアザゼルの指す窓の方に目をやる。
するとそこにはボロボロになり倒れるソウタと、今まさにとどめを刺しにかかるドラゴンの姿が見えた。
そして無情にもそのドラゴンの重い拳は倒れて抵抗できないソウタへ振り下ろされ、あたりに土煙りが舞う。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
「やっぱ来たね。 にしても、登場のタイミング狙いすぎでしょ」
アザゼルは満足そうにニヤッと笑う。
覚悟を決めて目を瞑ったのだが、いつまでたっても攻撃が来ない。
あれ? 痛みなく死ねたのか?
そんなくだらない思考ができるほどなにもなかったので恐る恐る目を開けるすると目に映ったのは真っ白なトーガを身にまとった女性がドラゴンの渾身の拳を片手で止めていたのだ。
「ガブリエル…」
その姿を確認した俺は安心したのかそこで意識が切れた。
場内は騒然とした。
あの伝説上だけに存在し架空の存在だと思われていた天使が勇者と名乗る少年のピンチに現れたのだ。
グルグルグル…
予期せぬ敵にドラゴンは低く唸って威嚇する。
「…」
それにも構わずガブリエルは鋭い眼でただドラゴンを見つめる。
ドラゴンは少年にやったみたく大きな咆哮を上げ、目の前に現れた敵を怯ませてから攻撃しようとした。
だが、それは失敗する。
ドラゴンが力を込めたその瞬間、視界が、天地がひっくり返った。
なにが起きたのかわからなかった。
ただその敵が持つ血の滴る剣を見て自分が絶命したことを遅れながら理解したのであった。
場内はシーンと静まり返る。
いきなり現れた天使が勇者と名乗る少年を救い、凶暴なドラゴンを一瞬で屠ったのだ。
その技と姿の華麗さに観客たちはただ息を飲むだけである。
ガブリエルは倒れるソウタの横にしゃがみ、左胸に耳を当て様子を見る。
「大丈夫そうだね。 よく頑張ったね、ソウタくん」
そう言って顔を寄せ、ソウタの口に自分の口をかぶせる。
「…」
ドラゴンの首を一瞬で落としたガブリエルはゆっくりとアザゼルがいるVIP専用の観客席に視線を移す。
「ありゃ、悪いことを言わないから3人とも倒れる4人連れて… ああ、メルは多分頑丈だから大丈夫だ。 メル以外の3人連れてここを離れた方がいい。 大天使様がお怒りだ」
「待って! まだ話は終わって…」
ミーナが話から前に目の前の大きな窓ガラスが大きな音を立てて割れる。
そして目の前には大きな翼を広げたガブリエルの姿があった。
「いや、待ってたよ。 というか待ちくたびれたよ。 なんだい、ただ来るだけかと思いきや『天装』までしてきてドラゴン倒しちゃうなんてね」
「…なんのつもりだ、アザゼル」
おちゃらけた口調のアザゼルとは対象に怒りの炎に燃えるようなガブリエル。
その声を聞いたミーナ、ルナ、ティアラは足がすくんで動けなかった。
「なんのつもりとは? 僕はただ人間側の代表者さんたちに彼が勇者であるということを示したかっただけなんだけど? ボロボロになった彼を必ず君は助けに来る。 前回ソウタくんが死んじゃった時も真っ先に君が駆けつけたからね。 今回もそうじゃないかと踏んでたら案の定、予想通り。 ただ、ここまでやってくれるとは思わなかったけどね」
「人が死にかけてるんだぞ」
「死にかけてるだけで、死んではいない。 それに君がさっきみんなの前で大胆にも回復できるだけの魔力与えただろ? ならいいじゃないか」
「君は…! 人をなんだと思ってる!!」
「駒」
そうなんの悪びれるもなくいうアザゼルにガブリエルは斬りかかる。
アザゼルは固まるティアラの剣を拝借し、それを受け止める。
それはまばたきするような瞬間だった。
「おいおい、いきなり酷いじゃないか。 いくら僕が催眠魔法で観客席の人間みんな眠らしたからといってあまり暴れると後でばれちゃうよ」
「君は人の命をなんだと思ってる!!」
「それは『天界』が言えることなのかい? 」
「!?」
一瞬動揺したガブリエルの様子を見逃さず、アザゼルは空いた懐へ蹴りを入れる。
「がはっ!」
「『天装』してるから打撃はほぼ効かないのになぜって顔だな。 僕だって元天使だよ? それくらい使えて当然でしょ。 もっとも、天界でてってからオリジナルでつくったから君たちのとは少し違うけどね」
そういうアザゼルはアルシノエ王国の高官の服からいつのまにかガブリエルのようなトーガ姿に変わっていた。
「アザゼル、君はなんで… 私たちに協力してくれるんじゃないの…」
けられた腹を抑え、ガブリエルは痛みに顔を歪めながらアザゼルに聞く。
「協力はするさ。 魔王くんや戦争屋を止めて欲しいのは本当だしね。 ただ目的を達するためにはそれに対して非道徳的なことは厭わない」
あっさりとそう言いのけたアザゼルに身体がようやく動くようになったのかミーナが低い声でいう。
「だからと言って人を犠牲にしてもいいのかい?」
「いってるだろ? ソウタくんは大変なことにはなるだろうけど死なないことはわかっていた。 それにこの天使はちょっとやそっとのことじゃ天界から降りてこない。 だからあの方法が最適だったんだ」
「最適だからといってソウタを片付けてもいいのかって聞いてるんだよ! 答えろ、アザゼル!!」
声を上げるミーナの目には涙がたくさん溜まっていた。
「はぁ、1人の研究者として0点の回答だな。 大きな成果を上げるには大概何かしらの犠牲がある。 今回は人間側の同盟という大きな目標を達成できた割には少ない犠牲で済んだ。 喜ばしいことだろ?」
「それを達成するためにソウタがあんなことになったのなら私たちだけで魔王と戦えばいいじゃない! それこそ私やイヴちゃん、ティアラちゃんもいるし天使のガブリエルちゃんやアザゼルだって味方になってくれれば、魔王だって敵じゃないはずだよ!」
アザゼルの答えに絶句するミーナの代わりにルナが反論する。
ティアラもそうですとルナに同調する。
「協力してくれる人たちだけでも魔王に立ち向かうことだってできるはずです。 こんな危ない橋を渡る必要はなかったんじゃないんですか?」
「なるほど、一理あるね。 確かに、ルナちゃんやティアラちゃんのいうとおり僕やガブリエル、後あのやたら長生きな貴族吸血鬼を味方にやり合えばおそらく勝てるよ。 ソウタくんは魔王軍の幹部とも仲良いみたいだしね。 だけど、仮に魔王くんを倒した後どうする?」
「倒したあとそのメンバーなら『戦争屋』だって…」
「もちろんどうにでもなるだろうね。 それじゃあルナちゃん、ティアラちゃん、敵がいなくなったあと勇者は、その一味はどうなるか
「そりゃ、みんな平和に暮らすんじゃないの?」
「私もそう思います」
「そうなればいいね」
そう笑いながら2人にアザゼルは答えた。
一方その質問を聞いたガブリエルはなぜか俯いて暗い顔をしている。
「残念だけど高確率でそうはならない。 歴史がそういってる」
「え? どういうことですか?」
「それじゃあルナちゃんに質問だ。 今まで歴史上勇者は何人いた?」
突然の意思のわからない質問にルナはは戸惑うが素直に答える。
「2人でしょ? おとぎ話の結婚して異世界に戻った勇者とあの船でたくさんの仲間とともに戦った勇者」
「ティアラちゃんも同じ?」
「私もそう習いました」
「2人とも実に惜しい。 実はもう1人いるんだよ。 ミーナならわかるだろ? 何人いたのか」
ずっと黙り込んでいたミーナにアザゼルは聞く。
「…3人だろ?」
「はっはっは、やっぱり研究の過程で気づいていたか。 流石我が弟子といったところかな。 そう、3人いたんだ」
その答えにアザゼルは満足そうに返す。
「え? でも、それならなんで他の2人みたいに伝説で語られてないの?」
「ルナちゃんの疑問はもっともだ。 なんでだと思う?」
すると答えは先ほどに続けてミーナから出る。
それは衝撃のものだった。
「天界が人間たちの記憶から消したからかい?」
「そこまでわかっていたのか。 ほんとに流石だな」
「でも、おかしいじゃないか! なんで天界は僕たちの記憶から3人目の勇者を消す必要があったんだい!?」
「それはそこのガブリエルにでも聞いた方が良さそうだけど、さっきまでの威勢はどこかにいってしまって喋れそうにもないからね。 代わりに答えてあげよう」
そう言ってアザゼルはまるで講義をする先生のように3人に話す。
「3人目の勇者… それはね、今人間たちを滅ぼそうとしている魔王張本人さ」




