第68話 事件のその後を聞くまで
皇都は重い空気に支配されていた。
大臣一派のクーデターで少なくない被害を受けた皇都、復興へ向かおうと立ち上がろうとしたまさにその時に皇帝と皇太子の訃報が入ってきたのだ。
世界中の国の代表が集まって会議をしていたアルシノエ王国のプトレサンドリア図書館を何者かが襲撃、警備兵や図書館の職員を含む各国の代表を惨殺するという未曾有の事件が起きたのだ。
犯人は分かっておらず世界中の各国ではどこかの国が仕組んだテロ行為なのでは?、魔王軍が本格的に攻め込んできたのでは? という様々な噂や憶測が飛び交っており国家間の関係は急激に悪化した。
その悪い空気は城内も例に漏れず、明るい話題など皆無に等しかった。
もちろんこちらでも様々な噂で意見が割れ、ギスギスした状態が続いていた。
そんな中、クーデターの鎮圧を手伝ったティアラとイヴの2人は現在、城内のゲストルームにレイラの好意で滞在している。
「せっかくこの街を守ったのに、なんでしょう。 この救いもなにもない結末は」
ティアラがため息まじりにそういう。
「いいえ、こればかりは仕方ありません。 ただ間違いなくこの一件には『戦争屋』が関わっているでしょう」
イヴはティアラの愚痴に付き合う。
2人が途方に暮れているのも無理はなかった。
この街がただならぬ状態なのに加え、パーティメンバーがバラバラになってしまったからだ。
リーダーとしてみんなをなんだかんだまとめきたソウタはドラゴンと戦闘中という連絡を最後に音信不通、そして明るくムードメーカーだったルナはミノタウルスとの連戦で満身創痍で勝利したものの、そこから意識を失い、現在もまだ目が覚めない。
まさにパーティ存亡の瀬戸際と言ってもいい状況だったのだ。
「ソウタさん… 無事ですよね」
「ティアラ様… 」
「… ダメですね。 こんな弱気になってしまっては。 レイラ様だって、お父上と兄上様を亡くされているのに、あんなに気丈に国を立て直そうとしているのですから。 私たちも他の冒険者の方々と同じように明日から街の復旧作業のお手伝いをしましょう!」
ティアラは最悪の状況の中なんとか国をまとめようと頑張る今こそ地位は離れてしまったが昔からの親友の姿を思い出し、弱気になっていた自分自身に喝を入れる。
「つまり、アルシノエ王国としては今回の事件の犯人をさっさと捕まえ処刑することで戦争を回避しようとしているんですね?」
「まぁ国がというかそういう意見があるという方が正しいんだけどね。 もちろん、反対意見は出た。 だけど、王子…じゃなかったもう国王か。 新国王が承認しちゃったからね。 まぁ自国民の安全を考えたらそれを選ぶのかね」
俺はアザゼルから俺を捕まえ、処刑になる可能性があった経緯を話してくれた。
事件のあったこのアルシノエ王国はいくつかの国から疑いの目をかけられていた。
このまま関係がこじれば最悪、国家間の戦争になってしまうため王国としてはこれを回避することが急務であった。
そこで殺されてしまった国王のの後を継ぎ国王となった王子と議会は事件の首謀者を拘束し、それを処刑することでなんとか開戦回避を図ろうとしていた。
そこで、戦争を避けるためのいわゆる生贄にされそうだったのが現場に意識を失い転がっていた俺ということだった。
なんとも身勝手な理由である。
「でも、それ他の国が納得する? 自作自演だ! って言われるのがオチなんじゃない?」
ガブリエルはおかわりにもらった紅茶を飲みながらいう。
確かにガブリエルのいうことはもっともだ。
そうなることはわかりそうなものなのだが…
「そんなこともわからないくらい切羽詰まってるってことさ。 新国王は無能とは言わないがまだ先代のような器はない。 国王は自分たちに向けられている疑いの目を皇国に向けたいのさ」
「皇国に、ですか?」
「そう。 今回の件と同時に皇国でもクーデターが起こったというのはさっき話しただろ? この事件はそのクーデターの一種じゃないかってね。 そしたら今度は皇国が賠償責任やらなんやらで集中砲火だ。まぁどちらにせよ、魔王軍相手に手詰まり起こしてるのにここに来て身内同士で潰し合いとはなかなか滑稽なだけなんだけどね。 これも『戦争屋』の狙いなんだろうけど」
これで奇しくも彼らの望みが叶ってしまったのだ。
これからの選択肢を誤れば間違いなく、世界中が火の海となるだろう。
そしたらもう、勇者だなんだと言っている場合ではない。
「やっぱり『戦争屋』のことを世界中に公表するのがいいと思うんですけどダメなんですよね?」
「まぁ無理だろうね。 他の国でも知ってる人は知っているだろうけど、その他の連中には作り話かなんかだと思われるのがオチだね。 現状、できることは国と国の戦争が始まらないように外交で立ち回ることが大事なんじゃないかな」
「だけど、それじゃあ根本的な解決にはならないんじゃないんですか?」
うまく逃げ回っていたところでやはり元を断たないとダメではないのか。
そう思ったのだが、お菓子を頬張っていたガブリエルがそこは大丈夫、と話に割り込んでくる。
「天界でもちゃんとその辺の対策はしてるよ。 ようやく奴らの本拠地らしきものを見つけたからそこに天兵たちで掃討作戦をすることになってる。 準備に時間は少しかかるけどね」
それを聞いたアザゼルは感心したようにいう。
「ほう。 あの重い腰の、事なかれ主義の天界がそんなことを? どういう風の吹き回しなんだ?」
「キリちゃんがなんとか上を説得してね。 まぁ上はどう思ってるかどうか知らないけど、天使の中では少なからず彼らを生み出した責任感あるのが多いからね〜。 上以外は乗り気だよ」
それを聞くとアザゼルは上はいつも変わらんなーと笑いながらいう。
「それで決着はつくのか?」
「うーん、どうなんだろ? 私武闘派じゃないからその辺はわからない。 こないだのドラゴンは例外なんだよ? ソウタ君はソウタ君であの時嫌がる私に無理やりひどいことするし」
と自分の肩を抱きかかえ、ジト目でこちらを見る。
「変な言い方するな! いいだろ、お前ら天使は無尽蔵に魔力あるんだから!」
「ソウタ君、やめておけ。 この女はめんどくさいぞ?」
「君にだけは言われたくないよ! それより! アザゼルはどう思うの? 私よりアザゼルの方が得意でしょ?」
話が脱線仕掛けたがガブリエルが話を戻しアザゼルに聞く。
「これで全て終わるかということか? ふむ、普通にやれば天界の勝利は確実だろう。 が、おそらくはうまくいかない。 天界はここぞって時にいつもポカをやらかす。 それに今回の事件で明らかになったが、連中の背後にはエルフがいる。 あの自分のことを過信しすぎることに定評のある奴らだ。 完ぺきにうまくいくとは思わん。 あれなら魔王んとこの傲慢娘の方がまだマシだからな」
「え? それじゃあ結局天界でも無理ってこと?」
「あくまで可能性だ。 こういうのはうまくいくことより、うまくいかなかったことを念入りに考えておくのに越したことはないんだ」
確かにそれは一理ある。
伊達に長生きはしてないなー。
「耳が痛いね〜。 心掛けておくよ。それじゃあソウタ君、 そろそろ皇都に帰ろうか。 そもそも私は安否確認もあるけどソウタ君を皇都に送るために来たんだし」
最後にグイッと紅茶を飲み干しガブリエルはいう。
「まぁ後のことは任せておいてよ。 もちろん僕も国同士の戦争が起こるのは嫌だからね。 それに皇国には私の可愛い弟子もいるし、うまく戦争が起こらないように立ち回るさ。 こういうときのために僕は偉い立場にいるんだからね」
アザゼルは安心させるように笑いながら俺にいう。
ガブリエルはひょいっとゲートを開く。
「わかりました。 お願いします」
俺はぺこりと頭を下げゲートへ入ろうとするガブリエルを追う。
「それじゃあまたね、ソウタ君。 君にはまた力を借りるかもしれない。 その時はよろしくね」
「はい、 いろいろお世話になりました!」
俺はガブリエルとともにゲートをくぐる。
静かになったアザゼルのいる部屋。
ゲートが消えたのを見送ったアザゼルはつぶやいた。
「『キリちゃん』か… カマエルも大概だが、ガブリエルも同じようなもんだな。 これじゃあまるで『あの方』は傾国の美女じゃないか。 …やれやれ、笑い事じゃないんだけどね」




