第101話 新しい力が目覚めるまで!
「うっ、くっ!!」
「はっはっは! いいぞ!! もっと楽しませてくれ!!」
『狂獣化』したベンケイは先ほどとは比べ物にはならなかった。
ティアラもなんとかついていってはいるが防戦一方だった。 だが、小さな傷はできてはいるものの手痛い傷は負ってはなかった。
「『雀蜂流星群』!!!」
魔法の矢が大量に尾を引きベンケイに襲いかかる。
だが、無数の矢を驚くべき回避で全て避ける。
そして一気に間合いを詰めたベンケイの正拳突きがティアラに直撃する。
「ぐっ!」
「さすがにここでトドメを刺してもつまらないからな。 まだまだ立てるだろ?」
「ゲホッ!! ゲホッ!!」
ティアラは吹っ飛ばされよろよろと立ち上がる。
「なんで避けれたみたいな顔してるな。 当然だ、今の俺の身体能力は段違いに上がってる。 もちろん反応速度もな」
「つまり、 最強の戦士ということですね、ケホッ!」
「そういうこったな」
「1つ、いいですか」
息も切れ切れにティアラはまだまだ余裕がありそうなベンケイに尋ねる。
「ああ?」
「あなたはかつて勇者であった魔王のパーティの1人なのですよね」
「それがどうした?」
「それがなぜ今こんなことやってるんですか。 やはり人間や天界に裏切られたからですか」
「何かと思えばそんなことか。確かにそれでムカついたというのもあるが、別にそうだからって戦ってるわけじゃねーよ。 俺は昔から強いやつと戦えればそれでいいんだ。 魔王と一緒にいるのも奴が俺よりも強いからあいつの近くにいればより強いやつと戦えるしな。 だから悪だとか善だとかは関係ねーんだよ」
つまらないこと聞くなよと呆れつつベンケイは答える。
「……なるほど、単純でわかりやすいです」
ティアラはそこでいったん呼吸を整え言う。
「私はアザゼルさんの話を聞いて正直あなた達と戦うべきなのかどうか悩みました。 私はランダスの次期当主として、そしてソウタさんのパーティのメンバーとして大切な人たちを守らなければいけない。 だけど、あなた達の話を聞いて自分だって立場が同じならそうしたんじゃないか、彼らを止めるのは間違いなんじゃないかと思いました。 結局私には答えは出せませんでした。 ですが、あなたの話を聞いて吹っ切れました。 それは当事者の2人の『勇者』に任せることにします」
ティアラは剣を構えなおし、ベンケイに宣言するように言う。
「だから、私は私の仕事をこなします! 『白霧カーテン』」
ティアラが魔法を唱えるとあたりは深い霧と静寂に包まれる。
あたりの視界は全くと言っていいほど閉ざされてしまっているのにベンケイは余裕そうに笑う。
「はん! こんなのが目くらましになるとでも? 俺は獣人種、目が見えなくても耳と鼻でお前の気配なんかわかるんだよ!! 遊びは終わりだ。 まぁ案外楽しめたよ」
そう言って目を瞑りティアラの気配を探る。
そして背後からこちらへ向かってくるティアラの気配を感じとり、振り返る勢いを使い殺気を込めた回し蹴りを食らわせる。
「決まっ……… なっ!?」
ベンケイは確実にティアラにトドメを刺したと思ったのだが、実際ベンケイが蹴り飛ばしたのはティアラのボロボロになった服と鞘をつけた氷の人形だった。
砕けて崩れ去る氷の人形の上、剣を振り下ろすような格好でこちらへ下着姿のティアラが斬りかかる。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
「くっ!!」
ベンケイは普通ならば間に合わないであろうタイミングではあったが驚異の反射速度で即座にティアラの剣を受け止める態勢になる。
だが、ティアラの振り下ろす剣は空を切る。
そして、
「奥義 『ゼロ戦』」
振り下ろした剣を返しそのまま斜め上へと斬りあげる。 上へのガードで空いてしまった下方からの斬撃に流石のベンケイも対応できず、腹から胸にかけて大きな傷を作り大量の血を吹き出し、倒れる。
「やはりあなたなら奇襲に対しても反応してくると思いました。 この技は反応速度が早いほど決まりやすいのですが欠点として最初の大きなフェイクのふりかぶりで大きく隙を見せてしまうこと。 しかしあなたが海を凍らせてくれたおかげでこれほど濃い霧を作ることができました」
ティアラは氷の人形に着せていた服を着て、剣についた血を払い、鞘に収める。
すると強い風が吹き、霧が吹き飛ばされる。
「ようやくあなたに借りを返すことができました」
そう言って無言で倒れるベンケイを離れ船の方へ戻る。
やはり魔王の力は本物だった。
ガブリエルによる天使の加護と初代勇者が使っていた魔を払うこの刀があればそこそこ戦えると思っていた。
だが、実際戦ってみると踏ん張っているのがやっとだった。
「っ! ぐっ!!」
魔王の手にする闇よりも深い漆黒の剣、その思い斬撃をどうにか受け止める。
だが、その衝撃は抑えられるものではなく、俺は軽々と吹き飛ばされてしまう。
さして、そのまま海面に叩きつけられる。
「ゴホッ!! ゴホッ!!」
なんとか浮き上がり息を整える。
魔王は圧倒的な力を見せつけるように追撃をしてこない。
俺は恐怖以上に感嘆すら抱いて悠然と構える魔王に向き直る。
おいおい、嘘だろ。
あんな大見得切ってこの有様かよ。
全てが桁違いだ。
おれが与えたダメージといえば最初の爪を砕いた一撃くらいだ。
冗談抜きでバケモノだな…。
「そんなものか。 なら今度はこちらから行くぞ」
そう言って間合いを詰めてくる魔王。
俺はそれに対し軋む身体に鞭を打ち、剣を構える。
魔王は剣を高く上げ、そのまま鋭く振り下ろす。
「っっ!!!」
俺はそれを身体を捻って紙一重でかわす。
一瞬ちらっとみると避けたところの足元の海がまるでモーセの話に出てくるような風に真っ二つに割れている。
あ、あぶねー!
俺はその勢いのまま身体を回転させるように刀を横になぎ払うように相手に切りつける。
だが、魔王はそれを驚異的な反射で避け、こちらへ魔法を放つ。
「『断罪火葬』」
「くっ! 『天界の羽……」
大きな火の玉に対し、俺はとっさに防御魔法を唱えるたが間に合わず、モロに食らってしまう。
「うっ……」
純白のトーガは黒く焼け焦げ身体のあちこちが刺されたように痛い。
中途半端であったが防御魔法を展開していたおかげでケシズミになることは避けられたらしいが、全身大火傷だ。
意識は遠のきかけ立っているのがやっとだった。
魔王は依然として余裕の表情で、今となっては彼から溢れ出す魔毒でやられてしまいそうだ。
「大人しく消されていれば苦しまずに済んだものを」
地獄の底から響くような声で魔王は言う。
そして再び剣を大きく構える。
「幻想を抱き、俺と同じ破滅を味わうことになるならせめて俺の手で勇者など瑣末な存在を葬ってくれよう。 だが、ただでは殺さぬ。 貴様の仲間を貴様の目の前で無残に引き裂き、砕き、潰した後、貴様を殺してやる」
「へへ……流石魔王といったところだな、酷いこと考えやがる! やっぱお前は勇者より魔王の方がお似合いだよ!!」
おれはもう無いような力を振り絞り、魔王に突っ込む。
そしてそこ刀を横に構え抜刀のように横一線を食らわせる。
だが、ふらふらでしかも単純な攻撃を魔王が避けられないはずもなく避けられカウンターを食らう俺はそのまま再び海へ叩きつけられる。
魔力は切れ、『天装』が解かれる。
深い海の底沈む己の身体のように意識も深い闇へと沈みゆく。
ここで終わりか……。
結局魔王を止めることもできずに、似非勇者のまま死ぬのか。
死んだらまたキリのとこかな。
流石のキリも魔王にこんなに惨敗した男なんて2度と蘇らせないよな。
……………………いや、まだだ。
まだ、終わっちゃいない。
だってまだくだらない事考える余裕があるじゃ無いか。
それにここで俺が倒れてたら俺のために文字通り命を懸けてルナやティアラ、イヴそれにエディさんやこの戦いに人間連合の代表として戦っている人たちに申し訳が立たない。
平和な未来を掴むために力の限りを尽くしてくれている人たちがいるのに俺だけ倒れているわけにはいかない!!
まだ動くはずだ。
動け、動け動け動け動け動け動けぇぇぇぇぇぇ!!!!
「っあぁぁぁぁぁ!!!!」
魔王は後ろからの殺気を感じとり、とっさにその剣で受ける。
ギィィィィン
と鋭い金属音を立て激しく剣がぶつかる。
受け止めたのだが、なんと先程まで難なく防いでいた勇者の剣戟が今度はそのまま勢いに押されてしまう。
そして立ち上がった満身創痍の勇者の姿を見て驚愕する。
「貴様……その姿は……」
先程まで天使のように神々しい武装だった勇者は禍々しい鎧に身を包み、牙や爪は魔物のように鋭くなっていた。 さらには先程まで負っていた傷は跡形もなく回復している。
まさに目の前の勇者は魔王と同じ姿をしていたのだ。
血のように赤い瞳をギラギラと輝かせながら勇者は魔王に対し剣を構える。
「行かせるか…… 。 俺の命に代えてもここから先は一歩たりとも行かせるかよ!!!」




