クリスマスデート
綾との電話を切って、わたしは電話の最中に決めた今日つけていくピアスを手に取った。このピアスは気に入っている。しばらくは毎日これかもしれない。携帯電話をソファに転がし、引っ越したときに買った姿見のもとへ向かう。その途中にポットから流れる喜びの歌を止めて、シルバー色の頭をぽんと叩く。バッハのBGMは止まらなかった。ポットを止めたら同じように止まったらいいのに、と思う。
開き直ってBGMに合わせて鼻唄を歌いだす。この間買ったばかりのゴールドの飾りと白い花がぶら下がったピアスに樹から貰った貝殻のネックレス。赤いチェック柄のロングスカートに白いニット。今日のコーデも完璧だ。
彼は、樹は喜んでくれるだろうか。彼はきっと喜んでほめてくれる。優しい人だから。それでもデートのたび想像する。待ち合わせで合流したときの彼の顔。
逢えない時間が長いほど、逢えるとその分愛しさは募る。それは彼もわたしもとっくに痛感していた。だから久しぶりのデートは好き。彼のほっとした表情が見れるから。
姿見の前でくるりと一回転して赤い口角を上げた。最後に前髪を整えて、部屋を出る。左手首に光る時計は11時10分をさしていた。
急がなくては。寒空の下足踏みをして待っているに違いない愛する彼のもとへ。
駅前の階段を駆け下りると、長身で金髪の彼はわたしがプレゼントした真っ赤なマフラーをして、顔の下半分を隠していた。それでも彼の美貌は誤魔化されない。周りの人は彼を一瞥しては黄色い声を上げ、中には声をかける人もいた。彼の周りに集まる女の子たちの目は、クリスマスツリーに飾られたカラフルな丸いボールのようにきらきらしていた。
「いつき」
わたしは少し遠くから、ショルダーバッグを握り締め、彼の名を呼ぶ。大きな声で呼ぶのは恥ずかしい。だって彼の周りに集まる女性たちの視線がわたしに向けられるのだ。一度経験してからはもう絶対にしないと決めた。
彼はわたしの声に気づいた。わたしの顔を見て、表情がより優しく、柔らかくなるのがとても好き。
もう慣れたことだが、自分の恋人が他の女性と関わる姿を目にすると、少し嫉妬する。そして嫉妬の3倍くらい慢心する。彼は美形だ。それもとてつもなく。そして優しい。わたしは彼を「オムライスの上の卵」と評したことがある。チキンライスを優しく包み込む、ふかふかなバスタオルみたいな、柔らかさとあたたかさがある。金髪だし、彼にぴったりだ。
樹は金色の髪をさらさら揺らして、人だかりの中から抜け出しわたしの手をぎゅっと握った。あ、あったかい。そう言って彼は碧眼の瞳を細めて優しく微笑むのだ。いつもと同じ流れ。冬の待ち合わせの彼の口癖である。彼とのクリスマスは何年目だろう。
「璃子遅いよ。すごくさみしかったし寒かった。ほら、僕の手冷たいでしょ」
少し怒り気味に、彼は上着のポケットにわたしの右手ごと自分の手を突っ込んだ。ポケットの中はほんのりあたたかい。なにがさみしいだ、あんなに取り囲まれて。そう思うのだが本人は本当にさみしくてそう口にするのだからぐうの音も出ない。素直な彼が愛しくてたまらない。
「ごめんね、綾と電話してたの」
そっか。そう言って彼はわたしの右耳の揺れるピアスを指ですくって、ちりんと鳴らせてみせた。