折り紙サンタ
娘の茉莉にとって5回目の冬がやってきた。年々初雪のニュースは早まり、底冷えは日に日に耐えがたくなる。頭の上に白くてふわふわな雪を持って帰ってくる夫に、あたたかい野菜スープを作るのは日常の一つとなっていた。
今日は12月24日。クリスマスイブ。朝から茉莉は飛び起きてはそわそわ。クリスマスパーティの準備はお昼ご飯を食べてから、という約束なのに、時計の短い針が9に差し掛かったころにはテーブルの上に折り紙を並べ、黙々と準備を始めた。幼稚園でおそわったサンタさんばかり折っている。一つ一つ丁寧に折っては私の元までもってきて、これは璃子ちゃんの分! だとかこれはお父さん! と言って満面の笑顔。あっという間に赤い折り紙を使ってしまい、今度は黄色いサンタさんを作るね、と言って聞かない。お昼ごはんを作るのにはまだ少し早いので、今夜のパーティに登場するサンタクロースに電話をかけることにした。
「はい、もしもし」
「もしもし。私だけど」
「私詐欺かしら? 切っちゃおう」
相手はわざとらしくため息をつく。私はキッチンにしゃがみこんで頬にかかる髪をかきあげた。足元をあたためるハロゲンストーブがオレンジ色に光る。
「くだらないこと言わないの。私、綾。親友の声も忘れちゃったの失礼しちゃう」
「うそうそ。久しぶりね。茉莉は元気?」
「元気。折り紙折っているわ。勇児も元気だよ。毎日雪をのっけて帰ってくる」
「そう、よかった」
相変わらず彼女はくすくす笑う。明るくて優しくて可愛い。昔も今も変わらない。唯一無二の友人、たった一人の親友。大人になっても連絡を取る同級生の相手は彼女くらいなものだ。
電話越しから彼女の生活の音が聞こえる。バッハのBGMにポットの音楽が混ざり合った世界。きっと彼女の今いる部屋はリビングで、白いソファに腰をつけて、足を組んで、今日つけていくピアスを選んでいるはずだ。私は電話越しから伝わる彼女の生きる音、脈打つ音がたまらなく好きだった。璃子がくすくす笑いながら話を進める。ピアスが決まったようだ。
「……樹も今夜のパーティ楽しみにしてたよ。茉莉に会うの久しぶりだーって」
「勇児が会わさないからねー。樹とは昼から?」
「11時に待ち合わせ。そっちには19時につけばいいんだよね」
「うん、勇児もその時間には家にいると思う。茉莉には二人のこと話してないからきっと驚く」
私と同じように電話の向こうも可愛い女の子の最高の笑顔を頭に浮かべたのだろう。声が優しい。
「了解。ねぇ、ほんとにお酒とかごはんとか持っていかなくていいの」
「いいのいいの。お酒はあるし、食材の準備もできてるわ。ごちそうするから大丈夫よ。璃子はそれよりプレゼント。よろしくね」
「わかってる。絶対に茉莉が喜ぶものプレゼントするわ。あ、そろそろ行かなきゃ。またあとでね」
自分だけ切る挨拶をすると切ってしまう。大人になってからついてくるようになった理不尽な所もまた彼女の面白い一面だ。電話を切って、私は立ち上がった。茉莉は電話する前から微動だにしていない。ずっとテーブルの前で正座をして、せっせとみんなの分のサンタクロースを折っていた。まな板を取り出して、んーっと大きく背伸びをする。ふと時計を見ると針はちょうど11時をさしていた。
「璃子、遅刻じゃない……」
私は寒空の下マフラーに顔をうずめて震えているであろう友人にごめん。と詫びの念を送った。