悪魔崇拝(訂正しました)
保存のためにひとまず更新しますが、まだ未完成です。
上手くまとまらなかったので、明日、仕事終わったら続きを書きます。
多分、大幅に書き変えると思います。
申し訳ないです。
そこは教会の礼拝堂だった。
石造りの建物で、天井は高く、壁には神話のレリーフが彫られている。
奥の壁際には神や天使、聖人を模した像が飾られており、天井のステンドグラスから差し込む陽射しを受けて、七色に染め上げられていた。
「ねえ、お父さん。何であれだけ他と違うの?」
父親に連れられた小さな少女が、末端に置かれた像を示して言った。
その像は他のものよりも比較的新しく、また意匠も正反対のものだった。神や天使の像が慈悲深い表情をしているのに比べ、厳めしい顔には烈火の怒りを湛えている。その爪は鋭く、背中には黒い翼を生やし、腰からは先の尖った尻尾が伸びている。
そう、それはつまりーー
「悪魔、だからだよ」
父親は教え諭すように優しく答えた。
「何で悪魔があそこにいるの?」
「それはねえ......」
少年にせがまれ、父親は昔話を始めた。
※
テオとエナがその国を訪れたのは、梅雨の終わりのことだった。
連日、空には曇天が立ち込め、陽射しのない地上は鬱々としている。大気はジメジメと湿っぽく、汗で肌に吸い付いたシャツが、けだるさに拍車をかけていた。
その国は君主制で、賢くもなければ愚鈍でもない、有り体にいえば凡庸な王が支配していた。国の中心には大きな城が鎮座し、城下町を睥睨している。
しかし、その隣に立つ教会は、より大きく、より立派だった。外壁には緻密な彫刻が施され、いくつもの尖塔を従えている。屋根には金箔が張り巡らされ、曇り空の下でも鋭い輝きを放っていた。
「これまた派手な建物ね」
城門から遠目に教会を見たエナは、呆れたように言った。
「信仰が盛んな国なんだろう」
そう答えるテオは、あまり興味がなさそうだった。
二人は宿を取ると、冷水で身体を清め、荷物を部屋に置いて外出した。
通りをフラフラと散策する。敬虔な国民性なのか、行き交う人々の多くが、十字架の小物を身につけていた。中には路上で教典を開き、教会に頭を向けて祈りを捧げている者もいる。
「こんなに信仰に篤い国は初めてだわ」
エナは目を丸くして、少し気味悪そうに言った。
「悪魔には居心地が悪そうだな」
テオが軽口を叩く。
「ええ、本当に」
エナは神妙な表情で頷いた。
市場に入ると、日用雑貨を揃え、テオの要望で材木店を見て回った。以前、折れてしまった杖の代わりを新調するためだった。
各店舗で樫の木材を見せてもらう。
何か特別なこだわりがあるのか、節目を見てはブツブツと唸り、木目に触れてはグチグチと不満を漏らした。その挙げ句に、何も購入せず店を出てしまうのだから、店主が怪訝そうな顔をするのも当然だ。
「ねえ、まだー? もう疲れたわ。お腹すいたー」
エナがブウブウと文句を言い始めた頃になってようやく、テオのお眼鏡に適う一品が見つかった。
それは木を丸太に加工する時に切り払われた、少し太めの枝だった。店の隅に転がっていたクズだったので、タダ同然の捨て値でもらうことができた。
買い物を終えた二人は、少し遅めの昼食をとることにした。
広場へ行き、テラスのついたレストランに入る。案内された席に着くと、その隣でのテーブルでは、神官たちの集団が管を巻いていた。
「うむ、いい気分だ!」
「今日も世界は泰平だな!」
「偉大なる神に、乾杯!」
顔を赤らめ、大声で騒ぎ立てている。
数名は空き瓶を抱えたまま酔い潰れ、高鼾をかいていた。
「酷いものでしょう? この国の教会は腐敗しているんです」
二人の視線に気づいたウェイターが、コソッと小さく耳打ちした。
「そうなのか? 随分と立派な教会だったけど」
テオも声をひそめて問い返す。
「ハリボテですよ。自分たちの権力を見せつけるためのね。あれを見てください」
ウェイターの示す先には、道端でうずくまる浮浪者たちの姿があった。その瞳に希望はなく、まるで灰色の空に押し潰されたかのように、地面を見つめてうなだれていた。
「本来、炊き出しで使われるはずのお布施を、彼らが呑んでしまっているんです」
「分かったわ!」
エナがぽんと手を叩く。
テオはきょとんとしながら首を傾げた。
「何がだ?」
「教会が立派な理由よ。きっと賄賂を受け取ったり、寄付金をに手を付けたりしてるんだわ」
その通りです、とウェイターが頷く。
「何で誰も止めないんだ?」
「破門が怖いからですよ。破門されれば国内には住めず、死後も楽園に入れなくなります。神官長によって王位を授けられるので、国王ですら教会には逆らえません」
「難儀な話だな」
「不快な思いをしたくなければ、教会には近寄らないことです」
ウェイタそういい残して、店の奥に姿を消した。
その背中を見送ってから、
「近寄るなって言われるとーー」
「ーーかえって近寄りたくなるわね」
二人は調子を揃えてニヤリと笑い合った。
教会は広い前庭に囲われており、良く刈り込まれた青い芝芝生が植えられていた。植木の影に置かれたベンチでは、神官たちが思い思いに寛いでいる。昼寝をしている者もいれば、昼酒を呑んでいる者もいた。
テオとエナは、蛇行する石階段を上って教会の前にやって来た。
その城門じみた観音開きの扉の下に、人が出入りするための小さな扉が開かれている。二人はそこを潜ろうとして、門番に呼び止められた。
「お前たち、観光客か?」
「ああ、そうだ」
テオが頷くと、片手を突き出して来る。
「信者以外の入場料は、一人につき銀貨一三枚だ」
「......」
テオは渋い顔で銀貨を手渡した。
その様子を見ていた一人の神官が、二人の下に駆け寄って来る。
「観光客かい? 案内しようか?」
「ええ。じゃあ、お願いしようかな」
エナが頷くと、片手を突き出して来る。
「ガイド料は銀貨五枚だ」
「......」
エナは渋い顔で銀貨を手渡した。
教会の内部は贅の限りを尽くしていた。大理石の床はピカピカに磨き上げられ、ふかふかの赤絨毯が敷き詰められている。壁には無数の絵画がかけられ、高い天井には巨大なシャンデリアが吊されていた。
「どうだ? こんなに立派な教会は、余所でも見たことがないだろう! あれは画伯タピオの油絵だ! あそこにあるのは陶工ナッツの花瓶だ!」
案内役の神官は自慢げに胸を反らして言った。
「ああ、眩しいな」
「ええ、ピカピカね」
二人は財布を開いて嘆息しながら、気のない相づちを打つ。
「そうだろう! それはな、我等の精神の高潔さが滲み出ているからだ!」
有頂天の案内役に連れられ、装飾品の長い説明を受けながら長い廊下を歩いていると、向こうの方から神官たちの集団がやって来た。その中心にいるのは、丸まると太り、けばけばしく着飾った三重顎の老神官だった。
「あれは神官長様だ。決して無礼のないようにな」
案内役がそう教えてくれる。
「何て言うか」
「豚に真珠だな」
二人はコソコソと囁き合った。
すると声が聞こえたわけではないだろうが、すれ違いかけた時、神官長がにこやかに話しかけてきた。
「これはこれは、初めて見る顔ですね。観光客の方ですか?」
「ああ」
「ええ」
存外、丁寧に話し掛けられ、二人は内心で評価を改めた。
しかしその次の言葉を聞いて、さらにその評価を改めた。
「この国の宗教は素晴らしいでしょう。もしその気があるなら、あなたたちも入信しませんか? いまなら何と、金貨一枚で洗礼を受けられますよ!」
二人は肩を落として首を振った。
「いや」
「遠慮しとくわ」
「何と! あなたたちは神に敬意を払わず、謝意も抱かないと申しますか! まったく、とんでもない罰当たりですね。いまに神の裁きが下るでしょう。しかし安心してください! この免罪状を購入すれば、どんな罪も御名の下に許されるのです! たったの金貨二十枚で、ですよ! どうです?」
「いや」
「遠慮しとくわ」
「まあまあ、そう言わずに。これまで犯してきた罪すべてが、この免罪状一枚で帳消しになるんですよ。安いと思いませんか? これまで人を傷つけてしまったことだって、少なからずあったでしょう?」
「罪は自分であがなうものだろう」
テオは真剣な顔で答え、
「罪なんて気にしないわ」
エナも真剣な顔で答えた。
「そうですか、残念です。......せめて、寄付だけでもして頂けませんか? あなたたちのほんの少しの善意で、命を救われる人々が大勢いるのですよ」
「生憎だけど、他人に分けてやれるほどの余裕はないよ」
テオはそういって肩を竦めると、神官長の表情が豹変した。
堪えず湛えていた微笑が消え、眉根をきつく吊り上げる。言葉遣いさえも、先ほどとはまるで別人だった。
「この守銭奴が! そんなに金が大事か! お前らなんて、雷にでも打たれてくたばっちまえ!」
「確かに不快な思いをしたな」
「ええ、これ以上ないってくらいにね」
教会を追い出されたテオとエナは、宿に向かう帰路の途中にあった。横目に人々の暮らしぶりを眺めながら、雑踏を進んでいく。
「いくら教義や戒律が素晴らしいものでも、それを先頭に立って実践する者がこれじゃあ、先が思いやられるな」
「宗教の欠点の一つね。唯一絶対のものと崇めるが故に、それを批判する意見がなくなってしまい、傲慢と怠惰の海に溺れる」
「行く着く先は破滅だな」
「あるいは改革によって息を吹き返すかも」
二人がそんな会話をしていると、不意に声をかけられた。
「おい、お前たち」
そこにいたのは、禿頭の中年神官だった。
話の内容を咎められるのでは、と二人が身構えると、禿頭の神官はエナを指差してこう言った。
「いくらだ?」
「はい?」
エナが怪訝そうに顔をしかめる。
「だから、一晩いくらだ?」
禿頭の神官は苛立たしそうに繰り返した。
「ちょっと、あたしを街娼か何かと勘違いしてない?」
「どうせ似たようなものだろう」
「うーん、違うんだけどなあ」
エナが心外そうに呟く。
テオは梅雨とはいえ露出の多い相棒の格好を見て、
「......」
無言で肩をぽんぽんと叩いた。
「銀貨三枚払ってやる」
痺れを切らした禿頭の神官が、エナに手を伸ばそうとした。
しかしその手が届くよりも前に、テオが間に割って入った。
「本人も言っているように、こいつは街娼じゃない。俺の連れだ」
「なんだお前は、ガキは引っ込んでろ」
「そのガキよりも幼いガキが、客を取る訳ないだろ。そもそも、あんた神官だろう? 聖職者がこんなことして、許されるのか?」
テオがまくし立てると、禿頭の神官は淀んだ瞳で睨みつけた。
テオはその視線を真っ向から受け止める。
「お互い、騒ぎになるのは嫌だろう?」
「......ふん」
やがて視線を反らし、舌打ち混じりに去って行った。
その背中が見えなくなると、エナがテオの腕に抱き着いた。
「ねえねえ、あたしを守ってくれたの? いつの間に惚れてたのよ? 悪魔の魅力にやられちゃった?」
「お前がどうなろうと知ったことか。その身体に他人が触れるのが、我慢できなかっただけだ」
テオがそっけなく腕を振り払い、
「えー」
エナが唇を尖らせる。
「さっき、これ以上不快なことはないって話したが、まだあったな」
「......ええ、そうね」
エナはチラチラとテオを睨みながら、小さく頷いた。
翌日、テオは前日に購入した樫の枝を杖の形に加工していた。
水分が抜けているのを確認してから樹皮を剥ぎ、元々の枝の輪郭を残したまま、ガリガリとナイフで手頃な大きさに削っていく。
エナは初めのうちこそ隣でその手元を眺めていたが、すぐに飽きてそわそわし始めた。テオの注意を引こうと意味もなく話しかける。
「ねえ、昨日の教会、大きかったわね」
「ああ」
「あたしたち、知り合ってもう結構長いわよね」
「ああ」
「彼女のことはまだ諦められない?」
「ああ」
「あたしのことはどう思ってるの?」
「ああ」
「ねえ、ちょっと話聞いてる?」
「ああ」
「......あたし散歩行ってくる」
「ああ」
「行ってきまーす。本当に一人で行っちゃうよー。置いてくよー」
「ああ」
作業に没頭していたテオは、気のない言葉でエナを送りだした。
杖が完成した時には、すっかり夕方になっていた。
テオが短い呪文を唱えると、杖の先から小さな火の玉が一瞬だけ燃え上がった。
「悪くないな」
テオは満足そうに頷く。
「あれ?」
それからエナがいないことに気がついた。
しばらく待ってもエナは帰ってこなかった。
不審に思ったテオは、宿の受付へ行き、女将にエナを見かけなかったか尋ねた。
「一緒にいた女の子なら、兵士を連れた禿頭の神官に連れていかれたわよ。あんたたち、何かやらかしたんじゃないだろうね? トラブルは御免だよ。うちを巻き込まないどくれよ」
恰幅の良い女将は訝しそうに目を細めて釘を指した。
「どこへ連れていかれたか分かるか?」
「そりゃあ、お城か教会だろう。兵士が出張るってことは、公の用件ってことだからね」
「そうか、恩に着る」
テオは軽く会釈すると、真新しい杖を携えて宿を駆け出した。
迷うことなく教会を目指す。魔法で追い風を生み、自分の身体を加速させる。追い越した馬車の御者が、驚愕の表情を浮かべて何か叫ぶ。進路に横道から荷車現れると、突風を起こして身体を浮かせ、積載されたリンゴの山を飛び越えた。再び風を起こし、衝撃を殺して着地する。
魔法を惜し気もなく使うと、程なくして教会に着いた。
銀貨を払い、門を潜る。
テオは杖を握りしめながら、神官長を探した。
「おや、これはこれは。誰かと思ったら、昨日の観光の方ですか。どうしました? そんな怖い顔をして」
神官長は奥の執務室にいた。
「禿頭の神官に連れがさらわれた」
テオは簡潔に切り出す。感情を感じさせない声だった。
「ああ、そのことですか。彼女なら教会が身柄を拘束しました。さらうなんて物騒な物言いはやめてください」
「いったいどうしてだ?」
「簡単なことですよ。彼女には魔女の嫌疑がかけられました。よってこれから七日後に魔女裁判が行われます」
「ふざけるな、誰がそんなことを言い出したんだ」
「先ほどあなたが言った禿頭の神官サワクですよ」
「あんたはそいつの言葉を鵜呑みにしたのか?」
「いいえ、それを確かめるための裁判ですから。とはいえ十中八九、彼女の有罪は決定でしょう。魔女と認定されれば、人権はないものと見なされます。そうなれば、彼女のその後は悲惨でしょう」
神官長は他人事のように手を組んで小さく祈った。
「......」
テオが無言で杖を構える。
その目の前に、神官長が、一枚の用紙を差し出した。
「しかし心配することはありません。この免罪状を購入すれば、彼女の無実は保証されたも同じです」
それは昨日、金貨二十枚で神官長が売り付けようとした紙切れだった。
「もっとも、いまは在庫がないので割高になってしまいますが。そうですね、一枚金貨四十枚で手を打ちましょうか。一括が不可能なら、月賦でも構いませんよ」
神官長は底意地の悪い笑みを浮かべ、反応を伺うように俯くテオの顔を覗き込んだ。
「いかがします?」
神官長がなぶるように答えを催促すると、
「......そうだな、そいつを二枚もらおうか」
テオは悪魔のように邪悪な笑みを浮かべた。
その数刻後、教会を魔法の嵐が吹き荒れた。
神官を千切っては投げ、字義通り蹴散らしたテオが牢屋にたどり着くと、エナはマットレスのないベッドで、呑気に寝転がっていた。
「身動きが取れるなら、なんでさっさと戻ってこなかった。牢を壊すくらいわけないだろう」
テオは咎めるように言った。
「あはっ、やっぱり来てくれたんだー」
エナは上体を起こすと、緊張感のない声で笑った。
「まさか......俺をからかうために、わざと捕まったのか?」
「何々? 心配しちゃった?」
「うるさい。歪みを開けさせるためだ。お前がいなくなると、一生この世界に閉じ込められるだろ」
テオがそっぽを向いて言うと、
「はいはい、そうですねー」
エナはニヤニヤと笑みを浮かべ、歪みを開いた。
虚空にヒビ割れたような穴が広がる。
「貴様らもここまでだ、観念しろ!」
それと同時に、騒ぎを聞いて駆けつけた兵士たちが、なだれ込んできた。
「こんなことをして許されると思っているのか!?」
「この無法者め!」
「破門されるぞ!」
テオは兵士たちを振り返ると、懐から二枚の免罪状を放り出した。
「こいつで無罪放免だ。それと破門以前に、俺たちは信者じゃない」
「どうせ贋物だ。貴様らごときに買える代物ではない」
疑わしげな兵士の一人が、免罪状を拾い上げ、くしゃりと顔を歪ませる。まごうことなき本物だったのだ。
それを見届けたエナがテオを振り返る。
「じゃあいこっか?」
「ああ」
エナと一緒に歪みへ飛び込みーーそして誰もいなくなった。
後には動揺した兵士たちだけが取り残される。
鉄格子の外では分厚い雲が晴れて、数日ぶりに顔を覗かせた太陽が、その呆けた横顔を照らし出した。
※
「......という事件を契機に、教会の改革が進み、そしていまのような立派な教えに立ち返ることができたんだ。あの二人は、腐敗を歎いた神様の遣いだったんだよ。ここに悪魔の像がある理由が分かったかい?」
父親が優しく確かめると、少女は元気良く頷いた。
「うん!」
「よし。それじゃあ、その身を賭して不正を暴いた天使エナ様と、血の涙を流しながらも心を鬼にして裁きを与えて下さった悪魔テオ様に、祈りを捧げよう」
そういって親子は目を閉じ、両手を合わせて祈り始めた。