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テオとエナの異界巡り  作者: P男
3/26

小人王国

 歪みを抜けると、そこは荒野だった。

 黄褐色の大地が一面に広がっている。

「何もないぞ」

 テオが周囲を見回して言った。

「うーん、おかしいわね」

 エナもぐるりと首を巡らし、あっ、と声を上げた。

「見てあそこ」

 人差し指をピッと突き出す。

 遠くの緑が茂る一帯の中心に、石壁に囲まれた城がちょこんと建っていた。城壁に沿って、乱雑な城下町もへばり付いている。

「やっぱりね。あたしが間違えるはずないもの」

「......でもやけに遠くないか?」

 テオは眉をひそめて指摘した。

 二人のところから眺めると、お城はミニチュア模型のように小さく見える。つまりはそれだけの距離があると考えられた。

「大丈夫。目の前にあるんだから、歩いていればそのうち着くわ」

 そういってエナが歩き出す。

「気長な話だな」

「だってあたしは悪魔だもん」

「へいへい」

 テオは気のない返事をすると、不承不承エナの後をついていった。


 結論から言うと、二人はそれからすぐ城に到着した。

 城は遠くにあるから小さいのではなく、元からそのサイズだった。八つの尖塔を伴った姿は、さながらロウソクを立てたバースデイケーキのようだ。

 精密なジオラマのように、こまごまとした道が区画を分け、これまたこまごまとした家屋が立ち並んでいる。

 そこに住む小指ほどの小さな住民たちは、皆一様に空を仰ぎ、何の前触れもなく現れた二人を呆然と見上げていた。

「小人だな」

「ええ、小人ね」

 テオとエナが何とも言えない顔で頷き合った。

 直後、

「きゃあああ!」

「巨人だぁ!」

「この世の終わりじゃあ!」 

「悪魔の使いか!?」

「いや、きっと神様だ!」

 我に返った小人たちが、口々に好き勝手なことを叫びはじめた。パニックはあっという間に伝染し、蜂の巣を突いたような騒ぎになる。

 程なくして城門が開きくと、ラッパの音とともに、馬に乗った小人の騎兵隊が飛び出してきた。

「この馬鹿デカい怪物め! 槍の錆びにしてくれる!」

「王国には指一本触れさせんぞ!」

「総員かかれーっ!」

 先鋒陣形を組み、爪楊枝のような馬上槍を掲げ、突撃を始める。

 エナはちくちくとブーツを突く騎馬隊を見下ろしながら、

「どうする?」

「どうするもこうするも......」

 テオは途方に暮れた顔で肩をすくめた。


 突撃から数刻後、

「誠に申し訳ない!」

 神輿に乗ってやって来た国王が、二人に向かって会釈していた。

「通りすがりの旅人とは露知らず、我が王国の騎士団が無礼を働いてしまった。しかしなにぶん、我々は巨人と遭遇するのは初めてのことだったのだ。勘弁してやってほしい」

「気にしてないわ。特に実害もなかったし。ねえ、テオ」 

「ああ、こっちこそ驚かせて悪かったな」

「そう言ってもらえるとありがたい」

 国王はホッとしたように胸を撫で下ろす。

「安心して、別にあたしたちは暴れたりしないわ」

 エナが見透かしたように言うと、国王は困ったような笑みを浮かべた。


 誤解が解けてからは早かった。

 襲われる心配がないと分かると、小人たちは二人を歓迎し、王国郊外での逗留を許可した。

 そのお礼に、テオも潅漑や開墾などの土木作業を手伝い、夜になれば旅の話を面白おかしく語って聞かせた。

 エナは若い町娘たちを集め、恋話に華を咲かせたり、コソコソと胡散臭いまじないを広めたりした。

 小人の世界は時間の流れが早く、まるで太陽と月が徒競走でもしているかのように、ぐるぐると昼夜が入れ替わった。

 その間、二人は持ち歩いていた干し肉やクラッカーで小腹を満たした。二人の一回分の食事は、王国の食糧庫にも匹敵する量だったので、彼らを当てにするわけにはいかなかった。

 

 小人たちの時間で八日が経ち、テオたちの体感で一日とちょっとが過ぎた頃のことだ。

 南の荒野から、禍禍しい黒甲冑に身を包んだ小人の大軍がやって来た。

 最初に見つけたのはエナだった。

「何かこっちに来るみたいよ?」

 その言葉にみんなが振り返ると、黒い点の集まりが、砂煙を上げて向かって来るところだった。徐々に近づき、その輪郭があらわになると、

「うわあああ!」

「帝国軍が攻めてきた!」

「捕まったら奴隷にされるぞ!」

「財産を持って逃げろ!」

「ダメだ、今からじゃ間に合わない!」

 小人たちは再びパニックに陥った。

 でたらめに駆け出した町民が正面衝突し、母親と離れ離れになった赤子が大声で泣き叫ぶ。馬車が転倒して市場のオレンジが宙を舞い、火事場泥棒が商人の家に忍び込もうとした。

「鎮まれぇ!」

 そこで国王が一喝した。

「案ずるな! 我々には巨人殿が付いているではないか!」

「!」

 小人たちが動きを止め、一斉に頭上を振り返る。

 無数の希望のこもった眼差しに晒されたテオとエナは、

「「......」」

 気まずそうに身じろぎした。


 国王に言いくるめられたテオは、単身、帝国軍と対峙することになった。

 エナは相棒を贄に、独りでまんまと逃げおおせた。

 王国の鼻先まで進軍した帝国軍は、三つに隊を分けて半包囲網を形成した。

「諸君、まずは話し合いをしよう。争いなど虚しいだけだ」

 その中心に立つテオが、遠くから手を振るエナを睨みながら説得を試みた。

「なぜこの国を攻める必要がある? 小人同士仲良くできないのか?」

 すると、

「黙れ、巨人め!」

「こんな怪物の言葉に耳を貸すな!」

「こいつを討ち取れば末代までの栄誉だぞ!」

「総員かかれーっ!」

 聞き覚えのある号令とともに、帝国軍は突撃を開始した。

 テオはため息をつくと、なるべく平和的な手段を考え、小さく呪文を唱えた。

 

 ひゅううう


 その直後、荒野に少し強めのそよ風が吹いた。

 しかし、

「ま、前に進めん!」

「なんだこの暴風は!?」

「ぐわあああ!」

 帝国軍はの兵士たちは、綿ぼこりのようにコロコロと地面を転がった。そこかしこで馬がいななき、陣形を保てずに崩れていく。

 指揮官とおぼしき将軍は、軍の立て直しに叱咤を飛ばしたが、吹き止まないそよ風を前に、撤退を余儀なくされた。

「なんだか弱い者イジメみたいだね」

 トボトボと退却する帝国軍の背中を見て、エナがぽつりと呟いた。


 その日の夜は戦勝祝いの宴が開かれた。

 国の食糧庫が解放され、葡萄酒の酒樽が住民たちに振る舞われた。

「巨人、万歳!」

「国王、万歳!」

「王国に繁栄あれ!」

 通りのあちこちで乾杯の音頭が上がる。

 広場の中心には、テオたちが融通した干し肉の塊やクラッカーの束が、でんと巌のようにそびえていた。家よりも大きな肴に、小人たちは大はしゃぎだ。

 早々にできあがった者たちは道端で寝転び、興が乗った酔客たちはてんでバラバラに楽器を弾いている。

「これは上等な葡萄酒だな」

 テオが酒樽を指でつまみ上げ絶賛する。

「味はともかく、もっとお腹いっぱい呑みたいわ」

 エナはポイポイと酒樽を干しながら言った。

 この日ばかりは特別に、二人も御相伴に預かっていた。その足元には豆粒ほどの酒樽や料理の皿が、ところ狭しと並べられている。

「お前、何もしてないくせに図々しいぞ」

 テオが呆れた視線を送ると、

「あたしはいざという時の予備兵力を担ったよ」

 エナはそんなことをうそぶいた。


 宴も終わりに近づいた頃、ザルのように酒樽を干していたエナが、急にその手を止めた。そわそわしはじめ、おもむろに立ち上がる。

「どうしたんだ?」

 テオが不審そうに尋ねた。

「関係ないでしょ」

「ああ、トイレか」

「大声で言わないでよ! デリカシーのない男ね!」

「でもどこにトイレがあるんだ?」

 テオが何気なく呟き、

「......っ!?」

 二人はそろって絶句した。

 周辺は見渡す限りの荒野だ。遮蔽物などなく、どこへ行こうと体の大きな二人は目立ってしまう。排泄はもちろん、着替えや水浴みもまる見え。これではプライバシーなど皆無だ。

「......」

 二人は無言で頷き合うと、引き留めようとする国王たちに別れを告げ、逃げるように歪みを開けて飛び込んだ。

 

 

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