表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
テオとエナの異界巡り  作者: P男
21/26

 満月の晩。

 山の中腹に、一件の粗末な小屋があった。

 長年の風雨によるものか、木板の外壁はめくれ上がり、錆びた釘が剥き出しになっている。藁葺きの屋根は毛羽立って、所々から雑草が伸びていた。

 一見すると廃墟と見紛う酷い有様だ。

 しかし、割れたガラス窓からは明かりが漏れ出していた。

「ごめんくださーい」

 エナは大声で扉をノックした。

 しばらく待ってみるが、反応はない。

「やっぱり、やめた方がいいんじゃないか」

 テオがランタンを手持ちぶさたにしながら言った。

「こんな辺鄙な場所にいる奴だ。よっぽどの変わり者か、訳ありに決まってる」

「リスクを恐れたら、リターンは得られないわ。この小屋からは、美味しそうなご馳走の匂いがしてくるのよ」

 エナが頑なに扉をノックし続けると、やがて返事があった。

 扉が開き、身なりの良い初老の男が姿を見せる。

「やかましい! 今何時だと思っとるんだ!」

「夜分遅くにすみません、旅で難儀している者です。食事を恵んでください」

 険しい口調で怒鳴られたエナは、億せず要求を述べた。

「おい、宿はどうした?」

 テオが横から口を挟む。

「あと、ついでに一晩の宿も」


 小屋の中には、大きな円卓がおかれ、身なりの良い三人の男たちが席に着いていた。時計回りに、扉を開けた初老の男、小柄な男、恰幅の良い太鼓腹の男が、丸椅子に腰掛けている。それぞれの背後には、武装した従者たちが、数名ずつ控えていた。

「お招きありがとう」

 エナがスカートの裾をつまみ、

「おかげで野宿せずにすんだ」

 テオも軽く会釈した。

 小柄な男が探るような視線を寄越し、恰幅の良い男が微笑みを浮かべる。従者たちは置物のように微動だにせず、口を閉ざしていた。  

「ところで、あなたたちは何の悪巧みをしているの?」

 席に座るなり、エナは爆弾発言を投下した。

 テオがすかさず肘で突くが、覆水は盆に返らない。

「何故そう思う?」

 初老の男が、探るように問う。

「だってみんな裕福そうなのに、こんな人里離れた山小屋に集まっているんだもの。オマケに、とても堅気には見えない従者まで連れているし」

 エナが理由をあげていくと、恰幅の良い男が苦笑いした。

「参ったな、ご名答だよ。私たちは闇商人なんだ」

「おい、部外者に教えて良いのか?」

 小柄な男が神経質そうに、貧乏揺すりしながら言った。

「構うもんか。どうせ通報なんてできないし、証拠もないんだ」

「ここで見聞きしたことは忘れる」

「その通りよ」

 テオとエナが頷くと、小柄な男は爪を噛みながら荒い鼻息をつく。

 円卓の中心におかれた蝋燭の火が、ゆらりと揺れた。

「私はトルマ、奴隷商人なんだ」

 恰幅の良い男が、テオとエナに向き直って告白した。続けて初老の男サウロが麻薬を、小柄な男ビーンが盗品を扱っていると紹介していく。

「私たちは、自国で表に出せない商品を持ちより、それぞれを売買して持ち帰ることで、まっとうな商品として洗浄する算段なんだ」

「それでこんな場所に集まっているわけね」

 エナが納得したように手を叩いた。


 ほどなくして料理が運ばれてきた。

 春野菜のマリネ、ポタージュ、白パン、鴨のソテー、カスタードプディング。

 専属の調理人に作らせたのか、どれも出来立てで、食欲を誘う匂いを漂わせていた。

「いっただっきまーす」

 涎を垂らしたエナが、さっそく料理に取り掛かろうとする。

 するとその目の前に、サウロが小袋を差し出した。

「えっと、これは?」

「一人につき銀貨二枚だ」

「お金とるの!?」

「高過ぎるだろ!」

 テオが思わず本音を漏らす。

「山の中でまともな飯が食えるんだ。ありがたく思え。そもそもここを用意したのはワシだ。当然の対価だろう」

「まあ、いっか」

 エナは開き直ったように銀貨を払い、 

「......」

 テオは釈然としない顔で銀貨を払った。

 小袋はテーブルを一周してサウロの手に戻る。ジャラジャラと銀貨の重みを楽しむように弄び、 

「ああ、それから宿泊費は銀貨一枚だ」

 思い出したようにつけたす。

 二週目に突入する小袋を見て、

「なんて、がめついんだ......」

 テオはあからさまにため息をついた。


 食事が始まってしばらくした後。

「さて、そろそろ互いの商品を紹介しようじゃないか」

 トルマが、闇商人仲間を見渡して言った。

 テオも興味を惹かれて注目する。

 一名を除く全員が、揃って食事の手を休めた。

「それじゃあ、まずはワシからだな」

 サウロが、足元から革のトランクを持ち上げた。ダイヤル錠を開けると、中にはパッケージされた白い粉が、みっちり敷き詰められている。

「コカの葉を抽出したものだ。混ぜものはなし。全部で三キロある」

 トルマが口笛を吹いた。

 ビーンも食い入るように見つめている。

「すごいな」

 テオも驚愕の色を浮かべた。

「一番の大物を持ってきたのは、まずワシじゃろうな」

 サウロが誇らしげに胸を張った。


「次は私の番です」

 そう言ってトルマは懐から封筒を取り出した。

 中には数枚の写真が入っている。

「これは?」

 ビーンが怪訝そうに眉をしかめた。

「奴隷たちの写真ですよ。どれも亡国の王族、上級貴族の血筋の者たちです。オークションにかければ、蒐集家たちが喜んで大枚をはたきますよ」

 それを聞いたサウロが眉間にしわを寄せ、表情を険しくさせた。その目には明らかに不審の色がちらついている。

「何故、実物を連れて来ない? こんな紙切れだけで商品を判断しろというのか? まさか、私たちを騙す気じゃないだろうな!」

 サウロの従者たちが、無言で剣の柄に手を添えた。

「奴隷なんて顔と体格と健康状態しか見ないだろう。だったら写真だけでで十分じゃないか、何でそんなに怒るんだ」

「信用問題に関わるからだ! 最初の取引がこれでは先が思いやられる!」

「だってしょうがないだろう! 奴隷を連れて来れば運搬に費用がかかる! 食費だってかかる! 監視に護衛を増やさなきゃいけなくなる!」

 むきになったトルマが唾を飛ばすと、

「なんてケチなんだ」

 サウロが呆れたように呟いた。


「最後は僕ですか」

 ビーンは自信なさげに、コソコソと小さな木箱を取り出した。

「サウロさんやトルマさんに比べると、少し地味ですけど」

 ゆっくりと、もったいぶるように蓋を開ける。

「うわあ!」

 それまで食事に専念していたエナが、急に手を止めた。

 木箱に入っていたのは、色とりどりの宝石だった。

 蝋燭の火に照らされ、七色にきらめいている。

「きれい!」

「地味なものか! 十分ではないか!」

「そうとも、良くこれだけの量が一度に集まったものだよ」

 サウロとトルマも、口々に誉めそやした。

「一体いくらあるんだ?」

 テオもまじまじと宝石を凝視した。

「いや、それほどでもないよ」

 ビーンが照れ臭そうに頭をかいた時のことだ。

 突如、円卓がカタカタと揺れだし、木箱が床に滑り落ちた。

 宝石が散乱し、軽い音を立てる。

 続けて、

 グゴゴゴゴッ

 腹の底に響くような音が轟いた。

「地震だ!」

 テオが強張った声で叫ぶ。

 その場にいた誰もが、我先にと円卓の下に潜り込んだ。

 皿が割れ、スプーンが転がり、料理が床に染みをつくる。柱が悲鳴のように軋んだ音を立て、歪んだ窓からガラスが抜け落ちた。ひっくり返った丸椅子は、床で痙攣したように激しいダンスを踊っている。

 やがて地震がおさまり、山は不気味な静寂で包まれた。

 円卓の下から這い出ると、倒れた蝋燭が表面に引火していた。焦げた煙りの臭いが、料理の残滓に混じっている。

「また余震が来るかもしれない。今のうちに避難しよう」

 テオがそう提案し、皆を扉へ誘導した。

 しかし一人だけ、床にへばり付いて逃げる気配のない者がいた。

「おい、ビーン! 早く逃げるぞ!」

 トルマが焦燥を滲ませながら促すと、

「そんなことを言って、火事場泥棒するつもりだろう! そうは行くか! これは僕の宝石だ! 誰にもやるものか!」

 ビーンは鬼気迫る形相で怒鳴り返した。

「自分の命より金の方が大事だなんて、とんだ拝金主義者だ!」

 トルマは信じられないとばかりに、目を見開いた。


 ビーンを除く全員が、山頂付近の開けた場所に避難を終えた頃。

 再び地震が起こり、大地が激しく蠢動した。

 野鳥が一斉に飛び立ち、満月に黒いシルエットを浮き上がらせる。方々で地割れが起こり、崩れた土砂が地面を流れていく。遠くの方では、メキメキと樹木が倒れていた。

 それから何度か余震が続き、長い夜が開けた。

「生きてまた太陽が拝めるとはな」

 サウロは疲れた顔で、乾いた笑みを浮かべた。

「ええ、本当に。生まれて初めて、心から神に祈りましたよ」

 トルマもぐったりとしゃがみ込んだまま、しきりに頷く。

 従者たちも顔を青ざめさせ、中には寝込んでしまっている者もいた。

「ビーンの奴は、助からなかっただろうな」

「残念ですけど、おそらく......」

「馬鹿な奴だ。命あっての財産だろうに」

 サウロが呆れたように呟いた。

 山の中腹は、いまだに土煙がモウモウと立ち込めている。

「さあ、そろそろ行くか」

「そうね」

 おもむろにテオとエナが立ち上がった。

「お前たち、どこへ行くんだ?」

 サウロが声をかけると、テオとエナはニッコリ笑った。

「決まってるだろ」

「宝石を掘り返しに行くのよ」

 それを聞いたサウロとトルマは、後ろ指をさして叫んだ。

「「この守銭奴め! 金のために人を見殺しにするなんて!!」」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ