ジャーナリズム
ひとまず12月いっぱいは更新していく予定です。
『昨夜未明にヘルナ自治区で自爆テロが起きました。五名が負傷、うち一名の死亡が間もなく確認された模様です。当局は地元の反体制派組織の犯行とみて捜査中です。それでは朝のお天気コーナーです。中継のアルカさーん』
テーブル越しに原稿を読み上げていた中年男性が声をかけると、
「はーい!」
画面が切り替わって、若い女性リポーターが元気に返事をした。
『天気予報者のアルカです。首都のお天気からお伝えします。日中は雲一つない爽やかな秋晴れが続くでしょう。しかし夕方から深夜にかけては、大陸からの北風に雨雲が運ばれ、突発的なにわか雨が降るかもしれません。帰りが遅くなる方は雨具をお忘れなきよう。続いてライム地方の天気です。一日を通し......』
地方ごとに色分けされた地図を指揮棒で指しながら、解説が進められる。
「すごいわねぇ、これ」
四角い箱にかじりついていたエナが嘆息した。
「映像筐体だっけか? 雷で動くカラクリなんだってな」
ソファにもたれていたテオが合いの手を入れる。
二人は宿の部屋でくつろいでいるところだった。
「いくら眺めても小人が入っているようにしか見えないわ」
「悪魔にも未知の不思議があるんだな」
テオが茶化すように言うと、エナは心外そうに唇を尖らせた。
「仕方ないでしょ。あたしたちの専門は魔法なの。テオだってどういう原理か知らないでしょ?」
「まあね。ただ俺としては、同じ人間が悪魔の鼻を明かしたって事実に拍手を送りたい気分だ」
そういってパチパチと手を叩く。
それを見たエナはくしゃりと顔を歪ませた。
「うわ、嫌味ったらしい。人間の癖に生意気よ」
「生意気で結構。超絶若作りのエナに比べりゃ、まだ俺なんて反抗期真っ只中の尻の青いガキだろうさ。......それより、買い出しにでも行かないか? 午前中は天気もいいみたいだし」
「えー、もうちょっと小人を見ていたい」
「帰ったらにしろよ。その箱の前にいると、際限なく時間を吸い取られそうだ」
*
テオはエナの首根っこを掴み、ずるずると引きずりながら宿を出ると、市場の方に足を向けた。
この国は魔法が存在しない変わりに、科学と呼ばれる独自の技術が発達しており、二人には物珍しいもので溢れ返っていた。空飛ぶ巨大な風船を目にした時など、エナが大騒ぎして注目を浴び、赤っ恥をかくというプチハプニングに見舞われた。
やがて二人は市場に着いた。
大通りの両端を埋め尽くすように店が軒を連ね、カラフルな青果や鮮魚が山盛り並べられている。まだ朝方の早い時間であるにもかかわらず、たくさんの客が行き交い、その間を縫うように自走する箱馬車が、かしましく警笛を鳴らしていた。魔法があろうとなかろうと、朝市の喧騒はどこも一緒だ。
テオは手持ちの宝石をいくつか換金し、しばらく店を冷やかしながら歩いた後、羊の看板を掲げている飲食店に入った。
テオは羊肉を鉄板でつけ焼きにしたものを注文し、エナは子羊のステーキを二人前注文した。どちらの料理も肉の処理が的確で、羊特有のくさみを感じさせない逸品だった。
店内には小さな映像筐体が置かれていて、スポーツの試合を中継していた。しかしまばらな客は料理をかきこむのに忙しく、視線を向けているのはエナくらいのものだった。食事を終えた者たちも、慌ただしく職場に帰っていく。
遅めの朝食を平らげた二人は、残金で消耗した生活雑貨を補充した。
その帰り道のことだ。
エナが形のいい鼻をすんすんと動かした。
「血の臭いがする......」
「え? 俺は感じないぞ? どこからだ?」
紙袋を抱えたテオが、首を傾げキョロキョロ当たりを見回す。
「こっちよ」
エナは細い路地に入ると、迷いのない足取りで歩き出した。
角を曲がり、汚水の水溜まりを飛び越え、空き樽を潜り、野良猫を蹴散らし、ずんずんと奥に向かって進む。
そして建物の壁に囲われた人目のない路地裏まで来ると、ようやく足を止めた。
「ほらね」
エナが指差す先には、四人の男たちがいた。
ガラの悪い三人組が、銀縁眼鏡の男を袋だたきにしている。三人組の手には小振りな刃物や棍棒などが握られており、眼鏡の男は血まみれになりながら地面にうずくまっていた。
「何してる!」
テオがきつい口調で咎めるように言った。
男たちがハッと振り返る。
「答えろ。何をしているんだ」
再び問うと、三人組の一人がナイフを腰だめに構えて突進してきた。
テオはとっさに呪文を唱え、
ゴウッ
路地裏に強風を起こした。
突風が襲撃者を吹き飛ばす。きりもみ回転しながら地面に落下した男は、そのまま白目を剥いて気絶した。
残された二人組は、予想外の乱入者と予想外の成り行きに動揺したが、すぐに落ち着きを取り戻すと、
「撤収だ」
倒れた仲間を担ぎ上げ、そそくさと逃げ出した。
まるで事前に示し合わせていたかのような手際だった。
「こら、逃げるな!」
テオはそのあとを追おうとして、
「待って。こっちが優先でしょ」
エナに引き留められた。
内蔵を傷つけられたのか、眼鏡の男はひゅーひゅーと荒く胸を上下させ、とても苦しそうだった。白シャツは無残に切り裂かれ、血糊で真っ赤に染まっていた。
「おい、大丈夫か?」
テオは男を助け起こし、上体を壁にもたれかけさせた。
「......」
男はしばらく虚ろな目をしていたが、自分が助けられたことを理解すると、テオにしがみついて懐に抱いていた封筒を押し付けた。
「これを......国営放送局に、届けてくれ」
「そんなことより手当が先だ」
「財務長官の、汚職の証拠なんだ......頼む」
「分かった。必ず届けるから、もう喋るな」
テオが頷くのを見届けると、男は微笑を浮かべて息を引き取った。
「なあ......」
テオがエナを振り返るが、
「ムリよ。すでに手遅れだったもの」
返ってきたのはにべもない答えだった。
国営放送局はすぐに見つかった。
行政区のハズレにある一際ノッポな建物だった。
血濡れた封筒を携えた二人は、応接間に通され、局長を名乗る男と面会した。
局長は失った記者を悼み嘆いていたが、封筒を開けて報告書を読み進めるうちに、その表情を険しくさせていった。
読み終えた報告書を机に伏せて置くと、
「君たちは、この報告書の内容は知っているのかね?」
鋭い視線を二人に向けた。
テオとエナは顔を見合わせ、
「いいえ」
そろって首を横に振った。
*
警察の取り調べを終え、宿に帰ってきた時にはすっかり日が沈んでいた。
「やーっと、終わったー」
長時間の拘束から解放されたエナは、ベッドに大の字でダイブした。
「ホコリが立つからやめろ」
そういうテオも少しやつれた顔をしている。
「ねえねえ、ニュースつけて。あの記者が命を張って掴んだスクープだよ。しっかり見届けなくちゃ」
「そうだな」
テオは映像筐体のスイッチを入れた。
チャンネルを回し、ニュース番組で手を止める。
『......今年度は冷夏の影響で、麦の収穫量が例年よりも下回る見通しです。投機目的の買い占めも合わさり、市中では麦の供給不足がより深刻化するものと思われます。続いて次のニュースです』
『本日の正午、国営放送局に勤める記者が遺体で発見されました。当局の捜査では事件性はないとのことです』
アナウンサーが原稿をめくり、次のトピックに移る。
『ライム地方で行われた国際会合で、過半数の得票で現財務長官ポータス氏の議長就任が決定しました。ポータス氏は会見で、誠心誠意、職務に邁進すると抱負を述べました』
『それでは今日のビックリ投稿映像のコーナーです。今日は幼児とペットたちの心休まるゆるかわいい絆がテーマです。私も拝見しましたが、暖かい気持ちになれて、秋の肌寒さを束の間、忘れさせてもらえました』
そこで画面が切り替わり、幼子や動物のキテレツな行動を記録した映像が延々と流される。
窓の外では、しんしんと湿った雨が降りはじめていた。
※ここでいう「市場」は、築地のような卸売市場ではなく、ボケリア市場のようなマーケットの方を指します。小売店の密集地域とでもお考えください。
配慮が足りず申し訳ないです。