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テオとエナの異界巡り  作者: P男
18/26

愛護精神

 緩やかに波打つ草原が、どこまでも続いていた。

 緑の絨毯には、くすんだ白い動物が点在し、柔らかい新芽を食んでいる。

 空は青く晴れ渡り、温い日差しを惜し気もなく、地上に降り注いでいた。

「随分たくさんいるわね、テオ」

 薄着をした少女が、隣の青年に向かって言った。

「きっと外敵がいないんだろ? エナはどう思う?」

 テオと呼ばれた青年は、目を凝らして首を巡らせた。

 首の短いリャマのような白い動物は、二人が近づいても逃げ出さずに、粛々と食事を続けていた。

「良くわかんない。でも、美味しそうだとは思う」

「食う気かよ。見たこともない動物の調理法なんて知らないぞ」

「難しく考えることないわ。お肉は塩胡椒を振って焼けば、それで良いのよ」

 エナはしたり顔でそういった。

「お前はどこの狩人だよ」

 テオは軽口を叩きながら、小さく呪文を口ずさむ。

 そして杖を地面に突き刺すと、蔦がニョキニョキと生えだし、一匹の白い動物の後ろ足を捕らえた。身体の自由を奪われた獲物は、為す術もなく横に転倒する。

「流石ね」

「これで昼飯代が浮いた」

 二人は膝丈の草をかき分け、白い動物に近寄っていく。

 そこで、乾いた銃声が響き渡った。


「何だ?」

「狩猟かしら?」

 テオとエナが音のした方を向くと、十台からなる自動車の集団が、草原を突き進んで来るところだった。

 その中の数台が道を外れ、二人の前で急停止する。

「見慣れない格好だな。何者だ?」

「お前たち、マテマテに何をした?」

 二人の男が自動車を下り、厳しい顔で問い詰めて来る。他の乗員たちはライフルを構え、テオたちの眉間に照準を合わせていた。

「「......」」

 二人は無言で顔を見合わせると、

「遠くから来た流れの者だ」

「この白い動物が蔦に絡まって、かわいそうだったから、助けてあげようとしていたの」

 しれっとそんなことをのたまった。

 テオが腰のナイフを引き抜き、蔦を切り払ってみせる。白い動物は、ぶるると身じろぎすると、駆け足でその場を去っていった。

「おお、マテマテを救ってくれていたのか」

「まさか同志だったとはな」

 途端に男たちの表情が緩む。

 警戒心が解けたのか、ライフルの銃口を地面に下ろした。

「マテマテっていうんだ? 可愛らしい、魅力的な動物よね」

 エナが最後のダメ押しとばかりに、愛想を振り撒く。

「お前たち、分かるのか!」

「気に入った。よし、お前たちもついて来い!」

 男の一人が、親しげに片手を差し出した。

「どこへ行くんだ?」

 テオが尋ねると、男は親指で草原の先をさした。

「マテマテの保護活動に決まっているだろう」


 角張った厳めしいボディの自動車が、鶴翼陣形で草原を疾走する。

 テオとエナは、マテマテ保護団体の一行に加わり、後部座席に腰を落ち着けていた。

「あなたたちは、どうしてマテマテを保護しているの?」

 エナの素朴な質問に、リーダーの男が答える。

「昔、私たちの祖先は、飢饉が続いた時に、マテマテを食料として乱獲してしまった。そのせいでマテマテは数を減らし、絶滅寸前まで追い込まれてしまったんだ。あんな愛らしい生き物を食うなんて、とても罪深い悪行だ。そうだろう?」

 熱っぽく話を振られ、テオとエナはこっそり視線を逸らした。

「祖先は危うくマテマテを滅ぼすところだった。その罪は子孫たる私たちが償わなければならない。だからマテマテを保護しているのさ」

「だから、あんなにたくさんいたのか」

 テオが得心したように頷くと、運転手がルームミラー越しに補足した。

「努力の甲斐あって、全盛期の倍の数まで増やすことができたんだ」

「それってもう、保護する必要もないんじゃない?」

 エナは小さく独り言を漏らした。


「着いたぞ」

 運転手の男はそういってギアを落とし、徐々に自動車を失速させた。

「よし、準備を始めろ」 

 リーダーの掛け声で、男たちが一斉にライフルのボルトを操作する。

 金属の擦れる硬い音が、狭い車内で協和した。

「これから一体、何をする気なの?」

 物騒な獲物を抱える男たちを見て、エナが困惑の色を浮かべた。

「害獣の駆除さ」

 リーダーはそういうと、窓を開けてライフルを構えた。

 外には草を食べるマテマテと、その背後から忍び寄る狼の家族がいた。

 パアンッ

 乾いた発砲音が響く。

 その音を合図に、次々と男たちのライフルが火を噴いた。

 パアアン

 ドパアアン

 パパパパン

 すべての銃弾が撃ち尽くされた時、狼の家族は赤黒い肉塊に成り果てていた。

 そのすぐ側で、マテマテは何事もなかったかのように、のんびり草を食べつづけている。

 そよ風が波紋を広げ、草原を駆け抜けていった。

「私たちの活動によって、この近辺の狼はほとんど死んだ。絶滅させられる日も、そう遠くはないだろう」

 リーダーは誇らしげに胸を張った。

「えーと、狼は殺しちゃっても良いの?」

 エナが首を傾げながら確かめる。

「当たり前だろう。マテマテを襲うような連中、この世にはいないほうが良いんだ」

 車内の男たちも、そうだそうだ、と力強く頷いた。

「もう少し狼を仕留めたら、後で宴会が開かれる。牛を何頭も潰して、バーベキューが振る舞われるんだ。君たちも来るだろう?」

 リーダーの男は爽やかな笑みで二人を誘った。

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