滅亡3
スライル
もう、いつ死んでも構わない……。
そう思っていた。
地下牢にいる間、いや、それよりももっと前から……。
だけど、違った。私の夢はまだ始まってもいなかったのだ。
そのことに気付けた……、いや、思い出せた……。
たった今、地下牢からここまで上がってくるわずかな時間に……。
国家建国だなんて大それたことをしているうちにいつの間にか私は自分を見失っていたようだ。
私が本当に守りたかったものは、そんなに大それたものじゃない。
グレンを、フレロレを、これからを生きる若い世代を!
そして、愛する人を……。
私が欲しかったのは名誉じゃない、権力じゃない……。
私を必要とし私が必要とする人……。
本当に欲しかったのは愛だった、平和だった。
私だって死にたくはないし、もう二度と暴力を振るいたくはない。
だけど、私の行動で、私の考えで、私の命で、守れるものがあるのなら私は戦おう。
脱獄前のメンデルさんから大体の状況は聞いていた……。
誰が何のために戦っているのか……。
ゴルジオを前に青白くなっているグレン。
実子はいないがグレンもフレロレも私にとっては我が子のようなものだ……。
途中から見ただけでも明らかにグレンが劣勢なのはわかる。
ゴルジオは昔から素行が悪かった。スウェービルがいたころは何とか彼がゴルジオを御していたがここまで来たら誰もゴルジオは手が付けられないだろう。
私の監督責任か……。
私は飛び出した。
私はゴルジオに向かって突進する。
さすがに戦場に出て戦っていた男、大きな隙はなく私の動きにもすぐに気づく。
次にゴルジオは右手に持っている大矛を横なぶりに振るだろう。
その一刀を経験と勘から読んで躱す。
私だって昔、戦場に出たことがあるのだ。
舐めてもらっては困る。
そして懐に入りそのままゴルジオの顔面に張り付く……。
これはもちろん攻撃ではない。
しかし、逆に殺意も悪意もない私の行動にゴルジオは一瞬戸惑い、0コマ何秒の世界だが動きが止まる。
これは特に戦闘で名を馳せた男に有効な技だ……。
私の体でゴルジオの視界をふさぐ……。
張り付かれた後になってようやくゴルジオが躍起になって私を振り払おうとする。
今がまさにゴルジオにできた大きな隙……。
「今です!フレロレ!」
フレロレは私が作ったゴルジオの死角から私ごと貫いてゴルジオを殺す作戦だ。
その昔、ガルネシアの最強の将軍を討つためにトルニエとバルヴァンが使った連携技……。
まさか、ここでこの戦法を私が使うことになろうとは……。
グサッと鈍い音がする。
私の服は真っ赤に染まっている……。
フレロレはやり遂げたようだ……。
よかった、よかった……、おや?
私の体のどこにも痛みがない……。
直後、上から今まで受けたことのない重い一撃を受け、私はその場に倒れ伏す。
ゴルジオは刺された脇腹を押さえてはいるがまだしっかりと立っている。
深手ではあるが私の体を避けた分、フレロレの剣はゴルジオの急所から外れてしまったのだろう。
無情に振り上げられたその大矛がそのまま私の上に……。
もう何もされなくても頭から流れるこの出血量では助からないでしょう。
私は静かに目を閉じた……。
私は最後の最後まで誰かのために、世界の平和のために、そして私のために、私の守りたいものを守って私らしく生きられました……。
これで私はもう満足……。
最後に長い迷路の答えを見つけられた……そんな気がしたから……。
「スライルさん!、……スライルさんしっかりしてください!」
……あれ、フレロレの声がする。
まだゴルジオの一刀が下ろされないのか……。
目を開けると、さっきまでのグレンとは、目つきも顔つきも変わったグレンがゴルジオと戦っていた。
ゴルジオのあの傷なら、本来の力を取り戻したグレンが負けることはないでしょう。
「どうして……、どうしてあんなことしたんですか……。」
ゴルジオからの返り血を浴びて、顔を真っ赤に染めたフレロレが泣き崩れて言った。
「これでよかったんです……。私の命と引き換えに世界に平和がく……。」
言いかけた言葉が止まる……。
ちょっと待て……。
……へいわがくる?
私を慕い、私が求める世界の実現に尽力してくれた彼がこんなに泣き崩れているのに?
私の求めた世界はこんなだったのか?
いや違う。こんな世界から愛するものを守るために、私は戦っていたはずだ……。
フレロレやグレンや若い世代に武器をとらずにすむように……。
大切にしてきた人を返り血で真っ赤に染めるためじゃない……。
誰にも奪わせないし奪われない、そんな世界をつくるために……。
彼らに私たちが歩んできた修羅の道を歩ませないために……。
いま私がやっていることは、なんだ?
剣の使い方を教え、人の殺し方を教えている。
私が逃れようにも逃れられなかった罪悪の世界に何も知らない無垢な若者を引きずり込もうとした。
私が苦しくて夜も眠れなくなった、私が偽物になった、ガルネシア王の首をはねたときのあのやり場のない思いをフレロレにも味あわせようとした。
それが必要のない世界を作り上げたはずなのに……。
そして、守ろうと思ってきたものに心配され泣かれている……。
……。
私は今まで何を見てきた?
私は今までなんのために頑張ってきた?
私は……。
「……すまない、……すまない。」
いつから……、どこから……。
ただ言えることは、私は教育者でもなければ指導者でもない。
ただの偽物……。
もう私はこの過ちを償う時間さえ残されていないだろう。
……。
……。
……。
泣き顔で私の顔を覗き込むフレロレを見て私はただ……、
「フレロレ……、君は生きて!」
何も考えず出てきた言葉をそのまま口にした。
「そして、……。」
そして、……。
これは違う……。
出かけた言葉を飲み込み……。
そして、静かに眠りについた……。
私が成し得なかった本当に新しい時代を築き上げてほしい。
けどこれは言ってはいけないこと。
君は君の望む未来を築き上げ、君の望む未来をその未来へ……。
その君の望む未来が私が望んだ未来であることを祈って……。




