ナートル、クードルの研究所
「――というわけで私はもう歳だからスライルさんにはお前を推薦しといたぞ。」
「ええぇ!」
建国記念で舞い上がっていた私は父のこの突然の告白に驚きの声を上げた。
私がこの国の内政のトップの一角である産業大臣に任命されるですってぇ!
思わず自分の頭を掻き毟った。
確かに私は今までこの父の研究所で結構な開発や発明をしてきた。
研究者になったばかりのころは女である私を快く思っていない者がたくさんいた。
余は乱世、戦えない者の立場は弱い。
しかし、私は不屈の精神と卓越した知恵で逆境を乗り越え、周囲の目を変えてきた。
そして、共に研究する仲間たちにその功績が認められ、
数か月ほど前に隠居するここの所長である父からこの研究所のすべてを託されることになった。
私はうれしかった。
偉大な父に娘としてではなく、研究者として認められたことが……。
この時代、女でも男の中で戦っていけることが……。
が、しかーし!
思っていた以上に所長の仕事は忙しい。
昔から共に働いてきた者たちは私の言うことにちゃんと耳を貸してくれるのだが、
最近入ってきたものは女であるせいかなかなか言うことを聞いてくれない。
また、他の研究員の研究の進捗状況をチェックしたり、意見したり……。
私は自分で実験や検証したいのに……。
「お前がよくやっていることは知っている。そして、お前の仕事とは関係ないところで苦労していることも。
だからこそ、お前の頑張りをもっと多くの人に知ってもらいたい。頑張れば女性でも国を動かす力があるのだってことを!スライルさんが2つ返事でお前のことを了承してくれたのは私と同じ思いがあるからだと思うのだ。もうしばらく大変だと思うが、頑張ってみてはくれないか。」
尊敬している父に頼まれると……弱い。
本当はこれ以上研究の時間を取られるのは嫌だが仕方ない。
「わかったわ、お父様。本当は嫌だけど私頑張るわ!」
「ありがとう、ナートル。ただ、本当は嫌だけどとか会話の中にちょいちょい本音が入る癖は直した方がいいぞ。」
「あら、やだ。」
「相変わらず仲の良い親子だことで!」
ふと声が聞こえる方を振り向くと初老の男が玄関先に立っていた。
「バルテニーおじさん!」
「やあ、久しぶりだね。クードルさん、それにナートルちゃん。いや、もうナートルさんかな。」
と言って朗らかで穏やかな表情でゆっくりと近寄ってくる。
バルテニーおじさんはいつも明るい。
……いや、頭がじゃないよ。違うって頭の話なんかしてないんだからねっ!
彼の商売理念は笑顔が一番高価な商品だそうだ。
いつも父の発明する日用で使える道具を買い取って、それをうまく街に住む人々に宣伝している。
この街にある暮らしを便利にするものはほとんどこの研究所から発明されたものであると同時におじさんがその効果を丁寧に説明し流通させたものだ。
父は、人に何かを説明するのが苦手だ。
人々のために農耕具などを開発してきたがうまく説明できず研究費を得られなかった時期があったのだが彼のおかげでこの国一番の研究施設になった。
「いつもお世話になってまーす、バルテニーのおじさん。」
「バルテニーさんいらっしゃい。ささ、どうぞ。」
というと父は席を一つ開け、お茶を出す。
「今日はどういった用件で?」
社交的な挨拶や簡単な世間話などの前置きがなく、唐突に本題に入ろうとする父。
普通の人はそこでムッとするかもしれないがおじさんは慣れたもので顔色一つ変えず淡々と話す。
「とくには、まあ日ごろお世話になっているクードルさん始めこの研究所のみなさんと今日のこの日を祝いに来たといったところです。」
「ああ、我々はみんなで集まって騒ぐというものが苦手でしてね。」
いや、私は結構浮かれてたけどね。
「そうですか。それでは日頃の感謝だけ受け取ってください。」
「ありがとうございます、おじさん。私は感謝されることより好きですよ、騒ぐの!」
「はは、ナートルちゃ……さんらしい。」
「だから、最後のは言わなくていいだろ。バルテニーさん、不束者ですがこの子の面倒見てやってください。」
「いや、こんな若い子が嫁いできたらうれしいですが私もう結婚していますので……。」
「いえ、そうではなく。同じ職場で働くものとして、うちの娘はまだまだ未熟者ですから。」
父は私が5人会議なるものの役員になったことを告げる。
「おっ、じゃあナートルちゃ……さんもスライルさんから! 」
「えっ!もっていうことはおじさんも!よかった、知ってる人いてー。」
私のことを楽天的な性格だと思われがちだが、知らない人の前ではしゅんとしちゃう父譲りの人見知りがある。
なんだかんだでスライルさんとは直接話したことはないから不安だったけど、少しほっとした。
「これから一緒にこの国をよいものにしていきましょうね。」
「はい、あと私もう大人ですけどナートルちゃんでいいです。」
「ごめんね、ちっちゃいころから知っているからどうも抜ききれなくて。」
これからおそらく忙しい日々が待っているに違いない。
だけど今だけは時が止まったように流れるこの穏やかな時間を楽しんでいよう。