スライル、建国宣言後
全く緊張しないというわけではないですが、もう大衆の前で演説を行うということにも今では慣れたものです。
私が大陸を一つにまとめようと立ち上がったあの日から15年……。
長いようであっという間でした。
ようやく平和な世界ができましたよ、イーリス。
建国宣言を終え、壇上から降りるとフレロレがタオルを持って駆け寄ってきた。フレロレの後を追ってグレンも歩み寄ってくる。二人が用心棒として私と行動を共にするようになってからまだ3年しかたってないというとやっぱりあっという間だった気分がする。
「ありがとう。フレロレ。そして、グレン。君たちのおかげでようやく念願の国家建国ができました。」
今は何とも形容しがたい幸せな気分だ。
私と共に立ち上がってくれた大勢の人々に心から感謝したい。
しかし、一番に礼を言わなくてはならない男がここにいない。
トルニエ。私と最初から最後まで戦ってくれたあの男が。
偉くなるとお互いに立場というものに縛られ、なかなか自由に会う機会がないものだが、やはり念願がかなった今の気持ちを彼と共有したい。それが彼に受けた恩を返す唯一の方法なのだから。
今日はこれからパーティーまで予定は入れてなかったはずだが一応私のスケジュールを管理してくれているフレロレに確認しておかなければ。
――。
大丈夫だ。もともとほかの予定をキャンセルつもりできいたのだけども。
私は二人と別れ、戦友にして親友である彼のもとに向かった。
「おう、遅かったな!」
王宮のテラスの扉を開けると野太い声が聞こえてきた。
「お久しぶりですね、トルニエ。あなたが大陸最後の国を平定して、大陸が一つになってから一週間ですか……。あなたがいなかったら今もこの大陸のあちこちで人が殺し殺されていることでしょう。」
「ガハハ、最後の戦いは客観的に見ても力の差は歴然だったじゃないか!大げさだな、スライルよ。」
「最後の戦いだけを言っているのではありませんよ。これまでのこと全部です。」
「ああ、今思えば懐かしいな。みすぼらしい恰好で俺のところに来たあの日……。ガハハ、あの時は見てて面白かったぜ。」
「やめてくださいよ、そんな古い話。恥ずかしい。それにあなたもあのころはひどかったじゃないですか。」
「ガハハ、それもそうだな。でも、そんな俺らの恥ずかしい話ができるのは世界中で俺らだけなんだぜ。」
「そうですね、ハハハ。」
二人の笑い声が重なる。
国作りをするうえで辛いこと、苦しいことたくさんあった。大勢の仲間が死んでいった、多くの血が流れた、馬鹿にされ笑われ相手にされない、そんなことは数えきれないほどあった。それでも何とかやってこられたのはトルニエという友がいてくれたから。この男がいてくれたから……。
トルニエは盃を差し出す。
「まあいろいろ言いたいことはあるだろうがとりあえずこれを飲もうぜ。」
「これは……。懐かしい……。」
「こいつは夢がかなった今日この日のためにとっておいたあの安酒だ。ド貧乏で明日どうなるかもわからなかったときに誓ったあの酒だ。」
その酒は底が見えなくなるほど澄んでいて――
「世界を見渡せる場所でもう一度二人で乾杯する。忘れちゃいないだろ!」
その盃は持つ手が震えるほど重たくて――
「ええ、もちろん覚えていますよ。この一杯のために戦ってきたんですからね。それでは私たちの夢の実現に――」
心が休まるほどに香しいその安酒の味は――
「「乾杯!!」」
少し……塩の味がした……。
それから二人は何も話さなかった。何も話さなかったが私はそれが心地よかった。きっとトルニエもそうだろう。私たちはしばらくただどこまでも透き通った空を眺めていた。