夜景
あの帰りの夜以来、彼女との間に…壁の様な物が出来た気がした。
メールをしても、返ってくる返事は何処か余所余所しく感じた。
そこに追い討ちをかけるように…仕事が忙しくなり、オフ会にも参加出来なくなっていた。
そんな日々が続くうちに、なにか自分の中にモヤモヤした物を感じるようになってきた。
確かに、悪いことをしたんじゃないかなぁって後悔の気持ちはあったが…それとは違う何か別な気持ちが俺の心の中に芽生えている気がした。
(まさか、俺…いや!そんな事は無いはずだ…・)
そう思い始めると、俺は彼女へメールする事さえも躊躇するようになっていった。
そんな日がどれ位続いただろう…
ある夜、部屋でボーッとしていたら、突然携帯が鳴った。
(ん?誰だよ…せっかくのんびりしてるのに…)
会社からの電話だったら放っておこう、そう思いながら俺は携帯の着信番号を見た。
「…え!?」
携帯の画面に表示されていた番号と名前は…彼女だった。
突然の出来事に、俺は一瞬硬直した…
彼女からの初めての電話…それも、こんな状態の時にかかってくるなんて…
俺は少し考えたが、勇気を出して通話ボタンを押した。
「……」
恥ずかしい事に、すぐには声が出なかった。
なんとか喋ろうとは思ったが、なかなか最初の一声が出てこなかった。
すると、彼女の方から話しかけてきた。
「…もしもし?今…時間大丈夫?」
久しぶりに聞いた彼女の声。
「ん!?あ、あぁ…大丈夫。…久しぶりだね?どうしたの?」
その声を聞いたら、なんか凄く気持ちが軽くなった気がした。
「あのね…今日、ちょっとお出掛けしてて…今から帰ろうと思っているんだけど…もし、迷惑じゃなかったら…迎えに来てほしい…なって思って電話したんだけど…」
彼女は凄い申し訳なさそうな、そんな声で話していた。
俺はちょっと悩んだけど…この前の事をちゃんと謝るチャンスだと思って、すぐに返事を返した。
「いいよ~お迎えに参上しましょう。で、どこまで行けばいい?」
「え!?ほんとにぃ!?やったぁ!えっとね、前にオフ会の集合で使った公園は覚えてる?今、その近くにいるんだ。」
「あ、あそこね…了解。30分くらいで行くと思うけど、大丈夫?」
「うん、大丈夫…じゃ…お願いしま~す」
「それじゃ、今から行くね。着いたら連絡するよ。」
電話を切った俺は、大急ぎで準備をして車に乗り込んだ。
それから30分後…
俺は待ち合わせの公園まで来ていた。
ここは以前、オフ会のメンバーが集まるのに使った場所だ。
とりあえず車を停めて、彼女に電話しようと携帯をポケットから出そうとしたら…
コンコン…
誰かが車の窓を叩いたので、ふと顔を上げると…目の前に彼女が居た。
「やっほ~待ってたよ~ん」
彼女は満面の笑みを浮かべて、こっちを見ていた。
突然の出来事に心の準備が出来ていなかった俺は驚いて、出しかけた携帯を落としてしまった。
「お、脅かすなよ…あ~~~ビックリした…け、携帯落としちゃったじゃないかぁ…」
彼女は必死に笑いを堪えようとしていたが、我慢できずに大笑いした。
「あはは…ごめ~ん。だって、そんなに驚くと思ってなかったんだもん」
「…そ、そんなトコに立ってないで早く乗りなよ」
俺はちょっと恥ずかしくなって、話題を変えようと彼女を車の助手席に迎え入れた。
「久しぶりだね…」
助手席に座った彼女の第一声がそれだった。
「うん…そうだね…そ、それじゃ…行こうか」
そう言って、俺は彼女の家に向かって車を走らせた。
走っている最中、彼女は最近のオフ会での出来事とか色々と話してくれた。
その話を聞きながら、俺は頭の中では…いつ謝ろうかと考えていた。だけど中々そんな雰囲気を作れなかった。
そんな時、彼女が突然…
「…久しぶりに街の夜景が見たくなったぁ~~~どこかいいトコ知らない?」
それを聞いた俺は、以前ドライブした時に偶然見つけた隠れスポットを思い出した。
「あ、俺いいトコ知ってるよ…行ってみる?」
「うん、連れてって~~~」
俺は街中から住宅街を抜け、その裏にある丘を登っていった。
「ふ~~~ん、こんなトコがあったんだぁ」
どうやら彼女はこっち方面には来た事が無かったらしく、キョロキョロと辺りを見回していた。
「この丘を登りきったら…多分、ビックリすると思うよ」
俺はちょっと思わせぶりに言った。
「えぇ!?ビックリするって、どんな風に?教えて教えて~」
彼女はちょっと拗ねた様な仕草を見せて俺に聞いてきた。
でも俺は教えなかった。
「先に聞いちゃったらつまらないだろ?もうちょっとだから…」
「わかった!じゃ、もうちょっと我慢するね」
俺は木々の生い茂る坂道をひたすら登っていった。
「…この林を抜けたら丘の頂上に出るから…その瞬間を見逃さないでね」
俺は彼女にそう告げた。
「うん、わかった」
彼女はじっと前方を見ていた。
「…さ、抜けるよ…」
車は林を抜け、丘の頂上に出た。
その瞬間、彼女から歓喜の声が聞こえた。
「うわぁ~~~~綺麗ぃ~~~~」
それは刹那の光景だった…満天の星空と街の灯りの両方が目に飛び込んできた。
「…あ、星が見えなくなっちゃった…」
丘の頂上に着いた時には、星は殆ど見えなくなっていた。
「だから言ったろ?瞬間を見逃すなって。林を抜けた一瞬しか見えないんだよね、あの光景は…ここまで来ると、街の灯りで星が殆ど見えなくなるんだ」
「そっかぁ……とっても綺麗だった…ありがとう」
彼女は笑顔で俺にお礼を言ってくれた。
「…ごめんね」
「え?」
その顔を見た瞬間、俺は彼女に謝った。
彼女は突然謝られたので状況がわからず、キョトンとした顔をしていた。
「俺、ずっと謝りたかったんだ…この前、家まで送って行った時…なんか悪い事を言ってしまったみたいで…ずっと気にしてたんだけど、あれから全然会えなくて…」
俺は今まで心に溜めていた言葉を一気に語りだした。
「電話で謝ろうかとも思ったけど…やっぱり、ちゃんと会って…顔を見て謝りたかったんだ…ほんとにゴメン…」
そう言って、俺は彼女に頭を下げた。
それが俺に出来る精一杯の気持ちだった。
「…あれからずっと…あの日の事を気にしていてくれたの?」
彼女はちょっと驚いた表情を見せた。
「…優しいんだね…」
そう言って彼女は優しく俺に微笑んでくれた。
顔を上げで、その笑顔を見た時…俺の心の中で何かが変わった。