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インペリアル・サーガ  作者: オッサニアス
第一部『グラックスの改革』
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第三章【豊穣】-2

 初夏に差し掛かった帝国では各地で小麦の収穫を迎えていた。去年の秋に撒かれた種は冬を越し、新年を迎え発芽すると村の子供たちによる麦踏みが行われる。順調に育ったそれは春から初夏にかけて実を結び今まさに収穫の季節となった。


 ルビコン川とアズマ川に挟まれる形の帝国東部は水資源に恵まれており、帝国を代表する穀倉地帯となっているため、そこかしこで麦の収穫が行われていた。この冬小麦を収穫した畑は次に蕪や牧草を育てるのに利用され地力が戻ると再度小麦の栽培が行われるのである。


 農民達は大地と共に受け継がれてきた知恵からこのような輪作、地球におけるノーフォーク農法を行っていた。しかし現在、この農民達の大地に捧げる愛情こそが農民達を苦しめる原因の一つともなっている。


 増大する生産量に対して消費量の増加が追い付かないのである。これは、単価の低下となって現れ農民の収入減少を招いていた。そして、収入増加のため知恵を絞る農民達はさらなる生産量の増大を行い小麦はここ数年値崩れを続けていた。


 では小麦の需要は無いのかと言うとそうでもない。特に帝国北部における小麦供給は逼迫しており北方蛮族の要求する量に対して供給量が追い付かない状況となっている。何故このようなちぐはぐな状況が発生するのだろうか。原因はいくつか上げられる。


 一、帝国北部の産物である毛皮等の交易品需要の低下

 これはこれまで毛皮の最大消費者であった農民達の購買意欲の低下が原因である。


 二、帝国街道の老朽化による輸送コストの増大

 老朽化した帝国街道の迂回等により、それまでより到着時間が増大している為である。


 三、商品単価の低下による取扱い頻度の減少

 これは先ほどの説明のように生産量が増大したため値崩れが発生し、商品価値が低下した事で交易商人が扱いを嫌厭してしまっている為である。


 これ以外にも北部の治安悪化によるもの等原因はいくつもある。それらが複合的に交わる事で需要と供給の均衡が歪んでしまっているのである。

帝国東部属州、州都ウラジオストック


 アズマ川とセス川を繋ぐ支流の中間付近に位置し、東方の征服を意味する名を冠したこの都市が出来たのは再統一戦争前に遡る。当時のこの地は帝国設立前の神魔大戦による被害を最も大きく受けた地域であった。


 人族側の反撃に敗北した魔族は大半が帝国北部を通りさらなる大陸奥地へと去って行ったが逃げ遅れた一部がここ東部を拠点に長く抵抗を続けていたのだ。帝国は長くの間、西はルビコン川、北はアズマ川、南は砂漠地帯を国境と位置付け東部を包囲し魔族の疲弊を狙った。


 東方蛮族との接触もその頃である。魔族を疲弊させたい帝国と、魔族の支配に抵抗していたワ人が協力関係を構築したのが始まりとされる。


 ここで人族と魔族の違いであるが生物学的な分類では無い。主に人族と呼ばれるのは、帝国で最も数の多い人種、法術の素養が比較的高いエルフ種、高い鉱山技能と低い身長のドワーフ種、強靭な肉体と獣の耳や尻尾を持つ獣人種等である。


 対して魔族と呼ばれるものは、頭部の角と病的な白さの肌を持つとされる魔人種、豚の様な姿のオーク種、二足歩行する狼の姿であるウルフ種、トカゲのようなリザード種等々である。これら人類と魔族は相互に交配が可能である事から、元は同一の種だったのではと帝都の学会では考えられている。また、古に行われた龍からの聞き取り調査の結果にもそれを示唆する内容が記されていた。


 では何が人族と魔族を分けているのかと言うと趣向である。基本的に人族は人族を食べないし魔族も食べない。しかし、魔族は人類を食料と考えている上、魔族同士ですら喰らい合う、それこそが人族と魔族の壁である。


 「不思議な土地だね」


 エリザは周囲の木造建築を興味深く観察しながら声を漏らす。東方の征服を意味する名を付けられた都市であるが東方からの侵略に抵抗できなかったのか、その風景はすっかり東方色に塗り替えられていた。


 先にも説明した通り東方蛮族と帝国の関係は悪くなく、むしろ共通の敵と長い間戦っていたことから両者の間には戦友意識すらあり。何故この名前にしたのかは永遠の謎として語り継がれている。東方蛮族的には現地語から遠く離れた言葉であり内容を理解できない事も作用して比較的好意的に受け止められている。


 馬車を進めていると明らかに周囲から浮いているが年季だけはある雄大な石作りの館が見えてくる。それこそが、この東部属州を統べる総督府にして東方を守護する東方軍団司令部である。


 三人は黒い目と黒い髪を持ち腰に東方特有の武器を下げた現地民らしき門兵に挨拶し、東方軍団長への取り次ぎを願うと館の応接間に案内された。


 「閣下に取り次ぐ故しばしお待ち下され」


 異民族の口から流暢な帝国公用語が聞こえるとデキウスとエリザはここが帝国領であると改めて実感する。

 しばらくすると応接間にふくよかな体つきで人好きのするにこやかな笑みを浮かべた東方軍団長グナエウス将軍が姿を現す。伝統的に帝国では総督と軍団長は兼任されるため東部属州総督でもある。


 「いやあ、遅くなってすまない使者殿」

 「私達こそ忙しいところに無理を言って、申し訳ありません閣下」


 普段の飄々とした態度からは想像できないほど恭しく挨拶するマギステアに、デキウスとエリザは内心驚きに満ちていた。


 「そう言ってくれると助かるよ、可愛い使者殿。すまないが規則でね、指輪を見せてくれないか」

 「これは申し訳ありませんこちらです」


 そう言うとマギステアは左手を差し出す。その親指にはいつの間にはめたのか指輪が付けられていた。


 慣例としては使者が男の場合右手の人差し指に、女の場合左手の同じく人差し指にはめるのだが、個人差のある使者に対して指輪のサイズは均一であるため人差し指では大きかったり、逆に小さかったりする場合が多々存在する。


 その場合基本的に、はめられる指にはめるのが慣習となっている。恭しく手を取り指輪の紋章確認したグナエウス将軍は軽く頷く。


 「確かに、ありがとう使者殿。それでこちらには何を望んでいるのかな?何分中央からの手紙にはあらゆる便宜を図るようにとしか書いてなくてね」

 「それでしたら閣下、お願いがあります。属州周辺の地理に詳しい者を紹介して下さい」

 「ふむ、どこらへんまで行く予定かな?」

 「ウォルダーチ山脈の麓までを予定しています」

 「あそこだと……おい」


 グナエウス将軍が扉向かって叫ぶと、先ほど応接間まで案内してくれた異民族の男が現れる。


 「閣下、如何いたしました?」

 「うむ、こやつがちょうどアソコらへんの部族出身でな帝国公用語も良く分かる……タケヒサ、こちらの方々は中央からの使者達だ。ちょうどお前の故郷を見たいらしいから案内せよ」

 「はっ!……使者殿、軍団長閣下より百卒長を拝命しています、タケヒサ・フジイと申します。よろしくお願い致します」

 「こちらこそよろしくお願いします。フジイ様」

 「後何か聞きたいことはあるかな?」

 「閣下から見まして帝国街道はどんな状況ですか」

 「それを聞くか、私はなんと答えるべきなのかな?」

 「ありのままを教えて下さい」

 「君は本当に子供かね?……まあいい、刀直入に言うと酷い有様だよ」

 「そんな!ここに来るまでの街道はしっかり整備されていました!」


 グナエウス将軍の言葉にデキウスは驚き否定する。


 「君、地方は初めてかね?」


 グナエウス将軍の冷めた目にデキウスは息を飲む。普段穏やかな顔をしていてもやはり軍人であるようだ。


 「そうさ、主要街道はきっちり整備しているさ」


 投げ放つようにグナエウス将軍は答える。すべての道は帝都に通ず。帝国街道は帝都を起点に各主要都市に伸びるそれは、さらに主要都市から各町へ各町から各村落へと続いている。


 基本的に帝国街道とした場合は帝都から各町までの道を指すが。グナエウス将軍の口からは主要街道以外の、州都から州の各町まで続くはずの道の惨状が漏れる。かつて敷き詰められた石畳みは土に帰り、馬の蹄鉄により掘り返され泥濘となっていった。


 「何故、他の道も整備しないのですか!」


 話を聞いていられなくなったデキウスは遮るようにグナエウス将軍を断罪ずる。


 「予算ですね」


 答えたのはエリザだった。エリザの答えにグナエウス将軍は付け足す。


 「あと、中央や商家の反対だ」

 「何故、中央が反対するのです!」


 デキウスの叫びにグナエウス将軍はあきれたように答える。


 「当たり前だ、反乱されたら嫌だろう。中央にとって現在の仮想敵は自治州や大内海沿岸諸国ではない私達地方軍団なのだよ」


 腑に落ちる事があるのかデキウスは深く椅子に腰を落とすと手で顔を覆う。


 「君も中央に居たなら知っているだろう?近衛軍団が地方軍団を相手として戦争計画を企画している事ぐらい」

 「内戦の計画ですか!」


 グナエウス将軍の話にエリザは驚く。


 「あくまで計画だよ。地方軍団が中央の制御を離れた場合のね。街道整備は中央主導でしかなしえない。それを理解出来たかね。マギステア君は理解していたようだが」

 「街道は戦略兵器です、そもそも地方行政官に任せる話ではありません」

 「ほう……」


 グナエウス将軍は目を細め、何か納得したのか大きく頷くと仕事を理由に応接間を後にした。


 「良かったのかな?あんな話私たちに」


 エリザは大きな不安に押し潰れそうになりながら思いを口にした。


 「どうなんかね。何を思って話たんかな?公然の秘密だからか、他に理由があるのか。単純に面白がって、てな事かもしれんけどな」


 グナエウス将軍が出て行っていつもの調子に戻ったマギステアが答える。


 「テアちゃん!まじめな話なんだから!……もう、でも内戦なんて本当なのかな」

 「本当だ」


 デキウスの答えに、エリザと成り行きを見守っていたタケヒサがぎょっとする。


 「作成には私も参加した」

 「それここで言ってええの」

 「グナエウス将軍が知っていたのだ、いまさら。しかし、最重要機密なのにどこから」

 「皇帝やろうなあ」

 「馬鹿な!そんなことあり得るはずがない!」

 「グナエウス将軍、皇帝が直接指名したんやろ確か。そんだから中央の情勢をある程度教えられてんとちゃうか。失脚されちゃかなわんもん」


 マギステアは最後に推測やけどな、と付け加えた。


 「あり得ない……」


 帝国の闇、それを見通せるものは居るのだろうか。いや、そもそも光を当てて良い物なのだろうか。知る者はここにはいない。


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