第三章【豊穣】-1
豊かさとは何でしょうか?何故豊かさを求めるのでしょうか?
今回の講義は帝国東部を中心に、そこに生きる人々を見て行きたいと思います。
フゴフゴフゴと荒い息遣いと大地を揺るがす地響きが森に住まう者達を恐怖に包み込んだ。それまでもオークによる散発的な襲撃は幾度もあったが、その全てを森に住まう者達は退け、逆に日々の糧へと変えていった。しかし、今回は今までと比較にならない規模のオークとゴブリンが森の前に屯していた。
「ガイア氏族は前方に布陣せよ、アーク氏族はガイア氏族の右隣だ。ゴブリンの各氏族はシャーマンを除いて後方に布陣し周囲の獲物を狩り、我に献上せよ」
北の森を前にし、オオオササマは周囲のオークやゴブリンに指示を飛ばす。オークやゴブリン達は棍棒や石斧で武装しており、帝国の人間が見ればそのお粗末さに笑いを誘さそわれるほどだろう。帝国内のオーク達の方がよっぽどマシな装備をしていると。
「ガイア氏族は日が昇ってから真上に来るまで、アーク氏族は日が真上に昇ってから沈むまで北の森の木を切り倒しその数を競え、切り倒した木は我が眼前に並べその勇を我に示せ。森から出て来る者は全て殺せ」
オオオササマの命令にオーク達は咆哮で答える。慌ただしく動き出すオーク達、オオオササマは巨大な石に腰かけると思案にふける。
この豊かな森を支配するハーピー(人の体の手に当たる部分が翼になっており、その足には強靭な鉤爪が生えている。仔馬ぐらいであれば掴んで飛び立つことのできる強力な飛行能力に、特殊な声帯を利用した法術で周囲の草木を操る非常に厄介な存在である)をどうやって森から引きずり出すか。
既に一つ目の策を行っている。それに反応してくれれば良いが、謀は多いほど良いだろう。考え込んでいたオオオササマの耳に森の方から景気の良い木を倒す轟音とオーク達の歓声が聞こえて来る。
オオオササマは思考を中断すると歓声の上がる森に向け歩み始める。もはや立ち止まる余裕はオーク達にはない。
森の中ではキーキーとハーピー達の鳴き声がこだましていた。彼らの持つ特殊な声帯のために話している内容を伺う事は出来ない。
/オーク/タチガ/キテルヨ/ドウスルノ/
/タベヨウ/オーク/オイシイヨ/
/イッパイ/タベヨウ/ノコッタラ/モリニ/アゲヨウ/
何事かを話し合っていたハーピー達は一斉に森の外に向かって飛び立っていった。森の外ではガイア氏族と言われたオークの集団が盛んに森の木を切っていた。或る者は石斧で、剛の者になると何と素手で巨大な木を押し倒していた。
「今、木を押し倒した者はなんという?」
オオオササマの質問に氏族長が答える。
「ガイアデ、イチバンチカラアルモノ、デス、オオオササマ」
「では、ガイアノチカラと呼ぼう。連れてこい褒美を与える」
オオオササマの命にガイアノチカラと呼ばれたオークが跪く。
「その剛力見事なり、貴様の力を称えガイアノチカラと言う名と女(オークの雌)を娶る権利を与える」
「ナマエ、ガイアノチカラ、クレル、オレニ、オンナ、クレル、オレニ」
「そうだ、名前と女を与える。これからも励めよ、ガイアノチカラよ」
「オレ、ガンバル、ガイアノチカラ、ガンバル、ブォオオ!!」
名前と女を与えられたオークは雄叫びを上げるとまた木を切り倒しに戻っていった。その倒し方は先ほどよりも力の入ったものである事が伺える。
先ほどのやり取りを聞いたオーク達にも力が入っており、名前と女を与えられることがオークにとってどれほど名誉な事かが分かる。そんな中、一体のオークにハーピー達が襲い掛かり瞬く間にオークを絶命させた。
「狩れ!森から出てくる者は全て殺せ!」
オオオササマの号令に周囲のオーク達がハーピーに襲い掛かり数体のハーピーを血祭りに上げるも、いくらかは森の中に逃走していった。その光景にオオオササマはある確信を強める、奇襲さえ如何にか出来ればハーピーは十分狩れる存在だと。やはり問題は如何にハーピーを森から追い出すかであると。
それからアーク氏族との交代も挟み、数度の襲撃も撃退したが後の方になるにつれ襲撃の頻度は低下していった。どうやら森の奥に引きこもってしまったらしい。
オオオササマは考える、このままでもオークは北の森を制覇しうる、だが時間がかかり過ぎる。オオオササマは今後の事を考える、時間を掛ければ正しいが、古城の主が重い腰を上げる可能性もある。
知能の低いハーピーをそこまで重要視はしないだろうが同時にオークの勢力拡大を無視するとも思えない、そこまで考えるとオオオササマは損害を覚悟し、一計を案じる事を決断する。
翌朝、森は静かだった。昨日の喧騒が嘘だったかの様にオーク達は森の一番はずれの木の上からも見えないほど遠くまで引き上げてしまった。
/シズカ/オーク/イナイ/
/ホントウニ/イナイ/オーク/デテイッタ/
/ア/ミンナ/イル/ネテイルヨ/
/ホントウダ/ミンナ/ネテル/ツレテイコウ/キノシタエ/
森から少し離れた場所には、昨日の戦闘で殺されたハーピー達が積まれていた。ハーピー達は周囲にオークがいない事を確認すると死んだ仲間の元へ降り立つ。
「今よ!火を放て!」
突然山と積まれた木の陰からオオオササマが飛び出し共に隠れていたシャーマン達に指示を飛ばす。シャーマン達は思い思いに詠唱を開始し、森に向け火を放つ。
森の中には昨夜のうちに設置されたのか藁や枯草が山のように積まれていた。よく乾燥した藁は法術による火をその身に浴びると盛大に燃え上がり。火は瞬く間に周囲を巻き込むと生木を包み込み盛大な黒煙で空を覆う。
突然の事態に激昂したハーピーはキーキーと何事か喚くとオオオササマに向かっていった。オオオササマはシャーマン達を庇うように躍り出ると巨大な棍棒を振り回し、ハーピー達を挑発する。
ハーピーの集団は奇声を上げると四方八方よりオオオササマを襲った。暫く盛大な鬼ごっこが続けられたが、大地を震わせる地響きとオーク達の咆哮にハーピー達は我に返る。
出て行った筈のオーク達が戻って来たのだ。ハーピー達は森に逃げ込もうとするが既に火勢は天を貫く程に成長しており、とても逃げ込める様子ではない。
ハーピー達は燃え盛る鉄床と咆哮を上げる鎚に挟まれ、その命を散らしていく事となる。
生き残ったハーピーは翼と鉤爪をもがれると戦利品として手柄を上げたオーク達に与えられるのであった。生き残った者と死んだ者どちらがより不幸であったのだろうか、これ以降ハーピーが歴史の表舞台に立つ事はなかった。
豊かな森を支配下としたオーク達の集団はさらなる北上を行っていく。その北上の報を古城の主も聞き及ぶに至ると主は兼のオークに出頭を命じるのであった。
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帝国、ルビコン川
「ここが帝国中央部と辺境の境ですか?」
「そや、ピレネス山脈を源流とする川でな、ここから北に進むと東部のウォルダーチ山脈を源流とするアズマ川と合流しとんのや」
「アズマ川が北部との、ルビコン川が東部との行政区分上の境になる。それでどうする、北上するのか?」
「帝国街道の調査が目的やし、このまま川を渡って東に向かおうおもとる」
帝国南部を流れるセス川もアズマ川と同じくウォルダーチ山脈を源流としており、支流により二つの川は結合されている。そのため大内海と小内海を繋ぐ重要なルートとしてこの三つの河川流域は栄えていた。
「分かった、渡し守を探すか」
そう呟いたデキウスは馬車を進める。街道は河川交易の恩恵に預かろうとする人々で賑わっていた。
この時代、帝国を旅する人々の旅装はどの様な物であったのだろうか。政情不安が渦巻くと言われているが、戦乱が起きているわけでもなく人々は大平道楽を謳歌しており、最盛期より幾分落ちているものの各地の経済的繋がりは活発な人の行ききを生み出していた。そのため旅装に関する需要もそれなりであり、また冒険者と称される帝国内を縦横無尽に駆け回る傭兵達の存在も大きくあった。
エリザが着ている服装は帝国で乗馬服と言われている物に属している。もともと帝国では女性が外で活発に活動する事に対して批判的な論調が強く、その上乗馬する等もっての他である。が、何処にでも例外はある。事実、高位階級の家において女性の乗馬は嗜みとして受け入れられている。
政敵による襲撃、それに対し馬に乗れないから逃げられなかった。そう言った事例は長い帝国の歴史上に幾らでもあるからだ。しかし、文化的に女性にズボンをはかせるのは抵抗がある。そんな中、東方の異民族より輸入された袴と呼ばれる衣服が注目を浴びる。
一見スカートに見えなくもない外見、布が左右に分かれているため股を開く事が出来る構造、当初高位貴族の女性が乗馬の時にのみ着用していたそれは、爆発的に活動的な女性の間に広がり、現在では乗馬服の愛称のもと女性が旅する上で最も代表的な旅装となった。エリザが着ているのもそれであり、全体的に控えめな色合いのもと所々にエルフに伝わる伝統的な刺繍が見て取れる。
デキウスの旅装は、一般的に考えられている冒険者の服装に近い物である。薄い青銅板に何枚もの皮を重ね、膠を塗り固めた胸当ては重量と防御力のバランスと特に矢に対する能力が高いのが特徴である。
腰には太く厚い皮のベルトが巻かれており、そこに何時でも取り出せるようグラディウス(一般的な帝国軍の武器、片手剣で重心が手元にあるため扱いやすい)が吊り下げられ、他にもいくつかのナイフが設置されている。
マギステアの旅装は、ゆったりとした幅広な衣服の各所にポケットが付けられている帝国で法着と呼ばれている服である。主に法術士が活用するそれは法術士の特性に合わせて進化していった。
フェアリアルを始め多様な道具を持ち運び直ぐに取り出せるポケット、危険な薬品を扱うこともあるため肌の露出は極めて少なく、万一薬品を浴びても直ぐに肌から離せるよう布地にはゆとりを持たせた設計がなされている。マギステアの法着は薄いピンクを基調した色合いがなされており年相応のデザインとなっていた。