第二章【病魔】-2
冒険者とは帝国歴78年に当時の皇帝、ネルウァ帝が退役軍人の再雇用を目的に設立したギルドに属する者達の総称であるが、その実自称者が殆どである。その冒険者に成る為には何が必要なのであろうか。
まず、冒険者を目指すあなたは布の服に右手にお玉と左手に鍋の蓋を装備して最寄りの冒険者ギルドに赴く必要がある。ギルドの扉を潜ると大抵の場合、厳つい元軍団兵(元百卒長である事が多い)の男が目につくだろう。
あなたはまず彼に冒険者に成りたい旨を報告する。そうすると彼はあなたを一瞥し一枚の紙を渡してくる。この時の内容は街道の草むしりや、製材所での手伝い、港での荷揚げ等が殆どである。
仕事の内容に不満を持つあなたは別の仕事を要求するだろう。あなたの要求を聞いた彼は渋々別の紙を渡してくるはずである。内容は街道から外れた地域での一角兎の狩猟や薬草類の採取である。
喜び勇んでギルドを後にしたあなたは大抵無事に翌日を迎える事は出来ないはずである。街道を外れた地域は多くの場合、凶暴な魔獣の縄張であり、彼等は侵入者を許す事はない。
特に帝国の広域に分布しているトレクルプ(三目狼の意味、通常の一対の目に加えて額に法石を有する事から)は縄張意識が強く、知能も高いため初心者の多くは彼等の洗礼を浴び冒険者生命を絶たれる事となるのである。
冒険者に成るには特別な資格も能力も必要ではない、極論を言えば受け答え出来るだけの知性があれば十分である。
つまり問題の多くは冒険者に成る事より成ってからである。例えば冒険者ギルドにおける割の良い仕事、危険が少なく実入りが大きい物は元軍団兵や名のある熟練冒険者に優先され、駆け出し冒険者には危険が多く、実入りの少ない物が回されて来るのが実状である。
その為、駆け出しの冒険者は熟練の冒険者に師事してノウハウや分け前をもらうのが一般的である。もちろん自身の実力を信じて自らの足で歩む者も、自由意思を尊重する気風の強い冒険者には多い。所詮、冒険者ギルドとは求職者に職を斡旋する場に過ぎないのである。
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帝都衛星都市ティポリ
ティポリは帝都を支える衛星都市群の一つであり、ここで生産される食料品は帝都住民の胃袋を満たし、一部は皇帝の口に上ることもある。そのティポリの鍛冶場に今、むくつけき男達の怒号が響き渡っていた。
「そこはもっと丁寧に外さんか!馬車の腹はどうなってる!引っかき傷はないか!」
「そんじゃおっちゃん、よろしくたのんだで」
「おう!任せとけ嬢ちゃん」
馬車の点検をギルド鉄人の職人達に頼むとマギステア、デキウス、エリザの三人は鍛冶場の裏に位置する広場に向かう。鋼材や、燃料の搬出入に用いられるそこは程々の広さを有しており、事前に法術の練習をすると伝えてある為、人気もなかった。
「法術はその法則上詠唱が必要や、大きいんは詠唱時間が長くなりがちやし、詠唱の短いやつはあんまり強うない」
杖を地面に固定しながらマギステアは法術の解説を行う。万能の技術と考える者も多い法術であるが、制約が多いのが現実である。まず、射程の短さ、単純に声の届く範囲が主な効果範囲である。次に、何でも出来る訳ではない、主に、動と静、疎と密、明と暗、これに精神作用系の法術が加わる。
精神作用系と言っても感情の揺れ幅を僅かに傾ける程度の力しかなく音楽を聞いて安らいだり、興奮したりする程度のものである。
法術そのものを発現させるには必要な出力のマナを確保する必要があり、それこそが詠唱の大部分を構成する事になる。その為、法術士の中には法石等、マナを多量に含んでいる物を利用し詠唱を短縮する者がいる。軍関係に仕える法術士がその筆頭である。
しかし、法石それ自体が高価な物であり、詠唱を大幅に省略出来る高純度の法石になるほど価格は跳ね上がる。一般の法術士でそれだけの財力を有する者は少なく、吟遊詩人が貴族や大商人を相手に公演を行う時に使用される程度である。
「これまでの研究でな、マナに特定の衝撃を与える事が重要なんやないかって推測されとるんやけど、今んところそれを証明する方法はないんやけどな」
標的として広場中央には木製の案山子が設置されており、マギステアはそれに狙いを定め詠唱を開始する。知識の無い者にとっては囁き声、あるいは口笛のように聞こえるそれは、古の法術士達が龍の言葉を模倣するために編み出した高度な技術の結晶である。また、詠唱の開始と共に杖に設置されている四対の金属板が振動を始め音楽を奏でる。
それらはさながら小鳥の合唱団の様に感じられた。高度に統率された五羽の小鳥達の奏でる合唱は、聴く者に安らぎを与えるコーラスを形作る。
30秒ほどだろうか、合唱は唐突に終わりを告げ、その瞬間標的の案山子を包み込むように巨大な火球が姿を現し、周囲に眩い光を撒き散らす。
それは火と言うよりは雷に近い性質を有していた、法術によりプラズマ化した空気は大気中に含まれる塵等の物質を燃え上がらせ色を付け、熱せられ膨張した空気は周囲との気圧の差を作り出し突風となって三人を襲う。一瞬の出来事が終息するとそこには焼け焦げた大地だけが残されていた。
「凄い……」
未だ熱の残る風に頬を撫でられながら、エリザの口から感嘆の声が漏れる。安らかな歌を聴いていたと思っていたら、恐るべき破壊の暴風に襲われたのだから。
「これほどの物は見た事が無い……」
巡回史にも法術士は居る、職務上軍団員の法術士の訓練風景も何度か見た事があるし、冒険者の法術士と仕事を共にした事すらある。しかし、そのどれでもこれほどの破壊を見ることは無かった。
「新型のフェアリアルをつこうとるからな」
恐るべき破壊を生み出した11歳の幼き少女は、なんとでもない様に言い放った。
「その杖を使えば誰でも出来るのか?」
「知識と技術があればなあ……でも周囲のマナを仰山つこうとるから、そうそう連発できヘんで」
その後、突然の閃光と突風に驚き、飛び出して来た職人達に広場を荒らした事を謝罪し幾らかの貨幣を払うと、三人は旅に必要な物資を購入するため市場に出かけた。既に必要最低限の物資は購入してあるが、今後東に行くに従い貴重品となる塩や、法術に使用する法石等を買い足す為である。
市場に到着すると夕刻に差し掛かった時間帯ではあったが、あちらこちらから客を呼び込む接客の声が聞こえて来る。必要な物資を買い込み中途半端に開いた時間で商店を冷やかしていると誰かを罵倒する声が聞こえて来た。
「ええい!鬱陶しい虫けら無勢が!これだからプレス(平民の意、蔑称、平民=プレープスより)共は嫌いなのだ!汚らわしい!帝国の面汚しめ!」
「申し訳ありません旦那様、申し訳ありません」
貴族らしき共を連れた人物が平伏する男を足蹴にし、罵声を飛ばしていた。男の後ろには怯えた女と、その女に守られるように抱きしめられている子供の姿がある。周囲の人々は目を伏せると足早に通り過ぎて行いったが、その事がより一層、異常な状景を醸し出ている。デキウスはちょうど近くに居た獣人の警備隊員を捕まえる。
「この状況は何だ、何故仲介しない?」
「そこの男が貴族の旦那に執拗に物乞いしてたんだよ。むしろいい気味だ、なんで仲介が必要なんだ?もしかして、そこの男の知り合いか?だったら……」
そ言うと、男は手を差し出す。エリザはその行為に疑問を浮かべているが、デキウスは知っており怒りが湧き出てくるのを感じた。職務上、嫌と言うほど見てきた行為、賄賂の要求である。
「仕方あらへん、うちらで仲介しよ」
そう言い、マギステアは驚く三人を無視して颯爽と男と貴族の間に割り込んだ。
「何だ、子娘!」
「まあまあ、そうかっかするのよくあらへんよ。貴族にはいついかなる時も冷静であるために青い血が流れとるんやから」
「私を侮辱する気か!子供だと思えば頭に乗りおって!」
「侮辱やない、そこの人も十分反省しとるようやから、ここいらで止めた方がいいんとちゃう?周りの人も迷惑そうにしとるし」
そういってマギステアは手を広げ周囲の人々を示す。突然注目を受けられる事になった市場の人々はぎょっとし、貴族とマギステアを見つめてしまった。それをどの様に捉えたのかは分からないが激昂していた貴族は急に大人しくなる。
「ふん!私も忙しいのでな、このぐらいで勘弁してやろう」
「ありがとうございます」
「ありがとな」
そう捨て台詞を吐くと貴族は共を連れ足早に去って行くと、先ほどまで貴族に罵倒されていた男はマギステアに向き直ると助けてくれた事への感謝を口にする。
「ありがとうございます。お嬢さん、助かりました、何とお礼を言ったら良いか」
「ええんよ、うちが勝手にしたことやし、むしろ怒られそうや」
マギステアの後ろから、焦った表情の警備隊員に鬼の形相のデキウスとこちらも怒っているのかしかし、普段の表情の所為かあまり怖くないエリザがやって来た。
「まったくだ、解っていながら何故こんな事をする」
「心配で、すっごいはらはらしたんだからね」
「ごめんな、とても見てられんでな。体が勝手に動いてもうたんや」
三人のやり取りを見ていた男は何かに気が付くと表情を変える。
「お嬢さん方、もしかして。どこか貴族の方ですか?」
「確かに私は、皇帝陛下よりノビレス(貴族の称号)を賜っているが」
「やはり、お召し物がとても素晴らしい物でしたので。どうですか旦那様。ここで会ったのも何かの縁、私を下男として雇っては下さいませんか?」
「私達は旅の途中だ、その様な事は」
「つい先月まで農民をしていました。旅に従う体力は私も家内も十分あります。それにどうでしょう家内も別嬪とはいきませんがそこそこの顔、夜の方も」
男の言葉に反応したのか、家内と呼ばれた女が子供を背に隠し娼婦の如く我が身を売り出す。
「お貴族様、どの様な事でも喜んで奉仕いたします。簡単な料理もこなせます。どうかご慈悲を賜りますよう」
デキウスは困惑した。何故このように自らを売るのか、誇りと言う物を持っていないのか。誇りを持たず、飢えた犬の様に媚び諂う自身が嫌悪するプレスそのものの姿に先ほどの貴族同様怒りが湧き出る。咄嗟に怒りの声が口からこぼれ出ようとした時、身なりの良い軍人が割って入ってきた。
「此処を何処と心得ている。さっさと出ていかんか。逆らうなら剣の錆にしてくれようぞ!さあ、この者らを叩き出せ!」
軍人の言葉に付き従って来た警備隊員が乱暴に男の両腕を掴む、男は抵抗するが妻子が捕まるや否や急に大人しくなり唯々諾々と警備隊員に従い妻子と共に市場の外に連れ出されて行った。怒りの矛先を突然連れて行かれたデキウスは落ち着くと身なりの良い軍人に向き直る。
「済まない、助かった」
デキウスの言葉に軍人は先ほどまでの顔を一変、媚びるような猫なで声で答える。
「いえいえ、デキウス様。偶然にも通りがかりまして、いやあ良かった」
デキウスの顔が歪む。
「ほんまに助かったわ、ありがとなおっちゃん。うちらもう時間やから、帰らせてもらうわ。何かあったらギルド・スターリンに来たらええよ」
咄嗟にマギステアはエリザとデキウスの腕を掴み、その場を後にする。宿に向かう道の途中で冷静さを取り戻したのかデキウスはマギステアの手を振りほどいた。
「先程は済まなかった」
マギステアはエリザの腕から手を離し二人に向き直る。
「そんな、ええって……それにしてもあの軍人のおっちゃん何やろうな」
「まったく、あの卑屈な態度」
「そこやない、やっぱり知らん人か」
「如何言う事だ?」
「あのおっちゃん、デッキーの事知っとるみたいやったから」
デキウスの脳裏につい先ほどやり取りが思い起こされる。あの時確かに彼はデキウス様と呼んでいた。デキウスが名乗っていないにも関わらずである。巡回史としての役職上、軍関係者と顔を合わせる事が多い為、何処かで顔を合わせた可能性もあるが、それにしても不自然であった。
「名前から、地位や役職を推測する事は出来る……だが奴は私の顔と名前を知っていた?」
「あんま深く考えん方がええと思うけど、気にはとめとこか……さあ、もうエリちゃんのお腹がぽこぽこや、早く宿に帰えって飯にしような」
「何でそこで、私の名前が出るかなテアちゃん。私はまだ、さっき飛び出した事許して無いんだからね」
「だからそれは許したってや」
「ダメ、許さない」
「そこを、なんとか」
マギステアは瞳に涙を浮かべ、エリザを下から覗き込むように懇願した。
「う、そんな目でお願いされても駄目です」
「交渉の糸口を発見したで」
「もう、テアちゃん」
宿に着くころには日は落ち、頭上には満天の星空と、大小二つの月が並んでいた。この夜空を見上げる度にマギステアの小さな胸には多くの思いがこみ上げてくるのだった。宿の一階部分は酒場になっており、そこからは仕事を終えた労働者達の笑い声とフェアリアルのランプの光が漏れ出し、この宿が経済的にも繁盛している事が伺えた。
「ようやっと着いたわ、おっちゃんこっちにも三人前よろしゅうな」
「おう、嬢ちゃん肉の差し入れありがとな……おいオメエら、そちらにおわす幼き姫君こそが恵まれねえ手前等に肉を施して下すった女神様よ。しっかり拝んどけ」
「嬢ちゃん最高」「あと、10年いや5年したらおれんとこ来い」「馬鹿言え、おれんとこなら今すぐいいぞ」
「ありがとうな。後はお断りや、自分の顔が見えるようになってからきんしゃい」
「振られてやんの」「お前もだろうが」
狭い酒場には労働者の笑い声が響き渡った。
案山子「 」
的「……案山子が殺られたか」
横木「ふふふ、奴は練習台四天王最弱……」
立木「法術で消し飛ぶとは、練習台の面汚しよ」
主人公最強回をお届けします。