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インペリアル・サーガ  作者: オッサニアス
第一部『グラックスの改革』
3/36

第二章【病魔】-1

 お気に入り登録ありがとうございます。

 皆様に楽しんで頂けます様により一層、精進して行きますので、よろしくお願いします。


 「インペリアル・サーガ」第二章、始まります。

 帝国を蝕む病魔、その正体とは? 


 帝国を旅する上で注意するべきものは、水と病気そして魔物である。幸いにも帝国街道上の治安は各地の帝国軍の精力的な活動により確保されているが、獣や魔物、特に小型の生物ほど軍の警戒網をすり抜ける事が多く旅行者にとって危険な存在であった。


 ここで魔物と通常の生物との違いであるが、体内あるいは体表面に法石を有するものが魔物と称されている。


 さらに魔物も、特に人族に攻撃的で凶暴な種を魔獣、それ以外の比較的大人しいものを聖獣と区別されている。


 しかし、魔獣と聖獣の区別は厳密な物ではなく例えば、鋭い角を有する兎である一角兎は草食で臆病な性格から厳密には聖獣に区分されるはずであるが。民衆にとって貴重な淡白源であり、その毛皮と体内の法石は重要な収入源でもある為、魔獣に区分されている。聖獣だから捕まえてはいけない等の規制はないが伝統的に聖獣を傷つける事は忌諱されている為である。


 法石を有していなくとも聖獣に分類される場合もある。帝国を象徴する生物である鷲等である。


 帝国東部奥地に未だ残る神話の継承者達である魔族もまた旅行者にとって注意するべき存在であった。神魔大戦時の残党を祖先に持つ彼等は時折、軍の警戒を掻い潜り帝国街道上に出没する事があり、その被害は決して無視出来ないものである。


 帝国も度重なる討伐を行うものの、帝国経済圏から完全に独立しているその生活圏を見つける事は困難を極め、現在は冒険者を主体として魔族拠点の調査と討伐が進められている。

 ・

 ・

 ・

帝都近郊、帝国街道


 「凄いです!!まったく揺れがありません」


 長閑な田園風景の中、一台の馬車が帝国街道を東に進んでいた。その馬車の中、エリザの感激の声が響く。小鳥の歌声とはこの様な声を表すのだろうか。麗しい女性の声に道行く旅人は何事かと顔を向け、その特徴的な馬車に注目する。車体の側面には鎌と鎚の交差した紋章が目に付くように刻まれていた。


 「そやろ、車輪にワームの筋繊維を巻いとるし、新型のスプリングも採用しとるんや、金は掛かったがそれだけの価値はある」


 マギステアが無い胸を張りながら説明する。実際、彼女らが乗っている馬車には革新的な技術が多く使用されている。使用されている鉄材である鋼鉄は、従来の鉄に比べ不純物が少なく強度と重量の関係を大幅に改善させていた。製作には特殊な高炉等が必要であるが将来的には従来の鉄を駆逐し鋼鉄が鉄の代名詞になると考えられている。


 「なかなかのスピードやろ」


 マギステアが御者台の男、デキウスに声をかける。


 「素晴らしい、速度を出しすぎてしまいそうだ……うちの部署にもいくつか欲しいな」


 デキウスも揺れが少なく、馬に負担の少ない新型の馬車に興味を深める。仕事柄、帝国各地を飛び回る事の多い巡回史の仕事にとって長距離移動に適したこの馬車はまさしく喉から手が出るほどの商品であった。


 「おおきに、ご利用の際はギルド・スターリンにお申し付け下さいな」

 「その掛け声、もしかしてお前が考えたのか。市場でしょっちゅう聞いたぞ」

 「もちのろんや、おっちゃんの名前がなヨシフ言うねん、そんでピンときたわ」

 「意味が分からん、話は変わるが目的地はティポリで良いのか?この速度ならもっと遠くまで行けるぞ」

 「この馬車、まだロールアウトしたばっかやねん、使用してどんな問題が出るか分からへん。ティポリにギルドの人が先行しとるから、一度見てもらう予定や」

 「なるほど、だからこの酔っ払いも居る分けだな」

 「んあんだって、こっちとら天下のヨシフ・スターリンだぞ」

 「おっちゃんそれ冗談にならへん……」


 周囲の光景を見るのに飽きたのかエリザが会話に加わる。


 「ねえ、テアちゃん、法術ってどんな物なの?」

 「エリちゃんは法術見たことあらへんの?エルフゆうたら法術の総本山みたいなもんやないか」

 「私は帝都生まれだし両親も出仕していたから、あまり法術は見た事ないんだ……一度吟遊詩人が法術で人形劇をしていたのを見たくらいかな?」


 法術と吟遊詩人の関係は極めて密接である。古代、未だ龍言語を完璧に操る龍が存在していた時代。当時の法術士は必死に龍言語の習得と解析を行っていた。しかし、吟遊詩人はその長い歴史の中で一定の符丁、音程を組み合わせると不思議な現象が起きることを経験で知っていた。それが龍言語による法術と判明したのはずっと時代が進んだころであるが、それだけ吟遊詩人と法術の関係は深い。


 「エリちゃんは帝都っ子やったんな。んで法術やけど基本は龍言語によるマナの操作や」


 一部の魔物や昆虫の中にも龍言語を利用して、法術を行使する種が存在する。


 「昔は龍言語を人間の口で表現しようとしとったらしいねん。当たり前やけど人の口やと全ての音域の龍言語を発する事はできんのや。そんでどうすんか考えてた時にな、吟遊詩人のつこうとる魔術が龍言語による法術と判明したんや。当時の法術士達は相当ショックを受けたみたいやで」


 それまで吟遊詩人の使用する魔術は法術とは別系統の技術であると考えられていた。ところがある法術士が調査のため吟遊詩人の使う魔術をつぶさに観察したところ龍言語と一定の共通性がある事を発見したのだ。


 この発見により、これまで別系統と考えられていた多くの魔術が法術であると判明すると共に、法術を操る魔物や昆虫の発音器官を採取、模倣する事で、人類はこれまで不可能とされていた音域の龍言語の獲得に成功すると共に、その過程で開発された楽器類を使用することで新たな道具“フェアリアル”妖精の道具が発明されるに至った。現在ではフェアリアルを利用した新たな音域の龍言語の獲得が法術士、一番の関心事と断言して良い。


 フェアリアルにも構造により幾つもの種類が存在している。ゼンマイ動力型や使用者の龍言語によって稼働する自立型等や、周囲のマナを使用する物や法石を内蔵する物等多岐に渡る。マギステアがかつて製作し、皇帝に献上した時計は周囲のマナを使用する自立型となる、これは出力が弱いものの半永久的に稼働し続ける事が出来る特性を有する。


 「そんで、うちがつこうとるフェアリアルがこれや」


 そう言うとマギステアは傍に置いてあった武骨な杖を持ち上げる。マギステアの身の丈ほどもある大きな杖は、下が細く上に行くに従ってだんだん太くなり、中間部には護拳の付いた握りが作成されている。そして木製の杖の先には四隅に金属板が設置されていた。


 「凄い、もしかして全部手作りなの?」

 「そや、特にこの杖の部分、種から育てたんやで」

 「ええ!!ほんと!?」


 マギステアはエリザの驚きに満足したのか満面の笑みで答える。


 「う・そ・や」

 「ふぇええん、テアちゃんが意地悪する」


 デキウスは二人のやり取りにあきれたのか、絡んでくる酔っ払いを押しのけながら会話に加わる。


 「冗談はいいから実際に法術を見せてくれ、どれだけ出来るのか確認したい」

 「ええけど、ティポリについてからやな。大きいのはどっか広い場所確保せなならんし、どうせ馬車の調整で少し滞在せなならんからな。なあ、おっちゃん」

 「今の所馬車の状態はすこぶる良いぞ。これなら、実用に十分だな。昼過ぎには着くはずだから、明日の早朝には出発出来るぞ」

 「よろしくたのむで」


 前科のある酔っ払いにマギステアは半目で睨むと念を押す。


 それからしばらくティポリに着くまでの間、四人の他愛もない会話は続けられた。春の麗らかな陽気と街道を行き交う旅人の楽しげな声からは、これから帝国を覆うであろう動乱の足音を聞く事は出来ない。何故なら、動乱の足音はもっと遠くから徐々に帝国へと向かっていたからである。

帝国歴334年、場所不明


 帝国から遥かに離れた、その大地で彼等は歴史を紡いでいた。刈り取ったススキ等の背の高い草を干して束ねた物で彼等は住処を形成している。身を寄せ合う様に所狭しと築かれたそこを走る一頭の獣、毛深く分厚い皮膚に覆われた体に猪の顔をしており、二本の足で走る姿は人類の様でもある彼は帝国においてオーク種と呼ばれる種族である。


 魔族の一種であり、強欲な性格をしている者が多い。彼等は弱い者から、奪い、犯し、貪る事を伝統とした文化を形成し秩序と言うものを理解出来ないと考えられている。


 もちろんそれは間違った理解である。彼等もまた彼等の伝統に則った秩序を形成している。彼等は基本的に強い者に従う、それに対して群れの中での地位の交代は余り頻繁には行われていない事を知る学者は少ない。一度群れの代表、長が決定された場合、特別な場合を除いて、その長が死ぬか病気になり活動出来なくなるまで長を変える事はない。


 不思議な事に他者を気まぐれに殺す事も多いオーク達は各個体の最盛期を基準に強い、弱いを判断しているのである。オークはその者が過去に強かったなら、老いて病気がちとなって満足に戦えずとも従っている姿が冒険者から報告されている。


 だからと言ってオークは長に対して従順かと言うとそうではない。むしろオークは従順とは無縁の存在であり、それこそが特別な場合である。オークは長が自身の欲を満たしてくれないと判断するやいなや、反旗を翻す。それは長に対する下剋上や集落からの離脱となって現れる。


 集落を縫う様に走っていた一頭のオークがフゴフゴと慌てたように一際立派な藁の家に転がり込み。中央で座していた一際大きいオークの前で跪く。


 「オオオササマ、オオオササマ」

 「どうした、まさかもう」

 「モウダメ、オオオササマ、スグソコ、キテル」


 何事かを片言で話すオークからは何が起きているかを把握することは出来ない。しかし、一際大きいオーク、オオオササマは何が起こっているのかを直ぐに察した。


 「シャーマン共を直ぐに呼べ。あと、他の里の者は絶対に近づけさせるな」

 「シャーマン、ヨブ、ホカ、チカズカナイ、ワカッタ」

 「では行け、私は先に行っている」

 「オオオササマ、サキ、イク、ワカッタ」


 跪いていたオークは飛び起きると、慌ただしく藁の家から出て行った。それを確認するとオオオササマは大きくため息を付き項垂れる。


 「もう、ここまで」


 オオオササマは立ち上がると家を出て目的地を目指す。場所を把握しているのかその歩みに迷いはない。周囲にはみすぼらしい藁の家が所狭しに立ち並び、怯えた表情のオークやゴブリンがオオオササマを見つめていた。しばらく歩き柵と言えない唯木の枝を等間隔に設置した境を過ぎると、先ほど藁の家に転がり込んできたオークとは違う個体がオオオササマを迎える。


 「状況は」

 「オオオササマ、ダメ、トマラナイ」

 「シャーマンは」

 「アソコ、ツカレテル」


 オークの指差す場所には、数体のオークとゴブリンが木陰で項垂れていた。オオオササマはそれを一瞥するとまた歩みを進める。


 「ダメ、アブナイ」


 オークの必死の制止の声にも耳を貸さず、進み続ける。小高い丘を越えた当たりで元凶が見え始めた。それはまさしく嵐と言って差し支えないだろう、風が赤褐色の色を持ち付近の木を切り裂いていることを無視すればだが。


 「こんなにも近くに」


 オオオササマは絶句した、ほんの数日前まではもっと遠くにあったはずのそれは、里から徒歩わずかな所まで近づいていたからだ。


 かつてこの里にはオークしか居らず、場所も遥かに南に位置していた。そこに嵐が突然現れ、侵食を開始する。突然の事態に対しオーク達は逃げる事を臆病とする伝統の為、幾つもの氏族、何代ものオサ達は里を放棄する決断が出来ず、嵐に呑み込まれていった。その過程で比較的能があった個体が周囲をまとめて逃避行を開始し、なし崩し的にオサとなり、逃げる途中いくつもの氏族やゴブリンを配下に加えオオオササマと呼ばれるに至った。


 「オオオササマ、オオオササマ」


 慌てて駆けつけたのか息を切らして、先ほど藁の家に転がり込んできた個体と、ゆったりとした衣装に身を包み手に木製の杖を所持している数体のオークとゴブリンが表れた。

杖はトネリコを加工して作成されている。トネリコは幹にマナを蓄える性質を持ち低確率で幹内に法石を発生させる事から、聖獣に分類される。


 「来たか、早速で悪いが始めろ……シャーマン以外は絶対に近づくな」


 オオオササマの命令に、シャーマンと呼ばれた者達は異常な嵐に恐る恐る近付き、ある程度接近すると、詠唱を開始した。知る者が聞けばそれが龍言語だと解るだろう。シャーマン達は詠唱を終えると明後日の方向に法術を放って行く。幾度となく、不自然な行為が繰り返されていくに従い、不思議と嵐の勢は弱まっていっき段々と終息していった。その光景にシャーマン達はホッとして気が緩んだのか法術の勢いを止めてしまう。


 法術の一時的な空白が生まれた瞬間それまで終息していた嵐はシャーマン達を呑み込まんとする意思を有しているかの様に爆発的に広がっていく。慌てて逃げ出すシャーマン達だが一体のオーク・シャーマンが逃げ遅れてしまった。あわや嵐に呑み込まれんとしたその瞬間、駆けつけたオオオササマに引き寄せられ丘の上へと投げ飛ばされる。


 「ガァア!グゥアア!!」


 シャーマンの代わりにオオオササマは嵐に呑み込まれその身体を切り刻まれる。しかし、身体を襲う激痛と思考を汚染されていく感覚をその強靭な精神力で捩じ伏せると一歩、また一歩と歩みを進め、嵐を抜ける。だが、丘の上に到着すると力尽きたのか膝をついた。


 心配したオーク達がオオオササマを抱き上げようとするのを手で制止すると、一息付き、自らの力で立ち上がる。


 「陣触れを出せ、各氏族を集結させろ、戦だ」


 オオオササマの突然の戦争の檄に、それまで怯えていた筈だったオーク達の目に闘争の火が宿る。


 「ブゥオオ!イクサ!イクサ!オオオササマ、テキ、ダレ」

 「北の森、ハーピー共を狩るぞ!」


 開戦の号令に周囲のオーク達は興奮し咆哮を上げる。その熱気は瞬く間に里全てを感染し、さらには周囲のオーク氏族、ゴブリン氏族達に感染していった。帝国の支配から遠く離れたこの大地に、動乱の季節が訪れんとしていたのである。


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