第8話 捕らえられたオデット
「わたしは何もしてないわ。あなたがいったい何を証拠にこんなことを言うのかわからない。いえ、それ以上にどうしても聴かずにはいられないことがあるわ。レイナルド。あなた本当に魔女なんてこの世にいると信じているの?」
そこはローヴィルの町の中心から少し西に行ったところにある古い建物の中である。すぐそばに教会があり、夜だというのに今日に限っては何人かの村人が出たり入ったりしている。
「オデット、君は質問する側じゃない。される側だ」
レイナルドは冷淡に少女の悲痛な訴えを退けた。
「君は何もしていないというが、これは一体どういうことだい。今年になってからこの町では災難続きだ。こんなことはこれまでなかった。少なくとも僕の知る限りはね。これはもう、魔女の仕業だとしか言いようがない」
「それは何もあなたや他の町の人たちに限ったことではないわ。あのマルセイユでも疫病が蔓延して大勢の人が亡くなったとか。そんなことをどうしてわたしができるというの。わたしもみんなと同じように苦しんでいるのよ」
オデットは椅子に座っていた。レイナルドは彼女の周りをゆっくりと回りながら話しかかる。その姿を目で追うことはできても、背後に回ったレイナルドを振り向いてみることはできなかった。そして立ち上がることも乱れた髪の毛を整えることもできなかった。オデットは足首、膝、腰を椅子に縛りつけられていた。両腕は椅子の背もたれにそれぞれ縛り付けられ、首には皮のベルトが付けられ、それはそのまま椅子に紐で結び付けられていた。
オデットは魔女として捕らえられ、魔女であるのかどうか調べられている最中である。その姿はあまりにも痛ましかった。建物の中はかび臭く、誇りっぽかった。蝋燭の明かりに照らされて見えるのは何年も使っていなかっただろう椅子や机、食器などが雑多に置かれていた。この建物に人は住んでいない。かつては名のある貴族の使用人が住んでいたのだが、その貴族も没落し、今は教会が管理している。一時期は修道士が住んでいたが、現在は教会の物置になっている。
先ほどまでオデットを囲んで教会関係者を含めて町の有力者数人がオデットが魔女であるかどうかを確かめるために尋問を繰り返していた。そのうち何人かが自らが被った最近の不幸をすべてオデットの仕業であると興奮し、オデットに掴みかかったものだから、自体を収拾するためにいったん休憩を入れることにし、他のものは教会に戻ったのであった。そしてオデットが逃げ出したりしないように、レイナルドが一人残ったというわけである。
「オデット。君は何もしていないというけれど、君の存在そのものが災いをこの町に呼び起こしているのだよ」
レイナルドは、オデットの背後で足を止めた。
「どうして、それが私だと……」
オデットは力なくつぶやいた。もはや何を言っても自分の言い分は通らないだろうことは、十分に理解できていた。しかし、オデットはそれがなぜ自分なのか、何が疑われるもとになったのか聞かずにはいられなかった。
「それはオデット、自分の胸に手を置いて聞いてごらん。何か思い当たることがあるだろう」
レイナルドはそれまでの冷徹な審問官という表情から次第に巣穴の卵を狙う蛇のような表情に変わっていった。レイナルドは、顔をオデットの耳元に近づけ、ささやくように言った。
「よーく、考えるんだオデット。君は罪深い女だ」
レイナルドは、オデットの赤い巻き髪を指先でなぞる。オデットにはレイナルドの表情は見えなかったが、見えない分、より凶悪なレイナルドの表情を想像して思わず身を震わせた。
「や、やめてレイナルド。お願い私を助けて……こんな恐ろしいことはやめて」
レイナルドは、大声を上げた。
「助けてだと! オデット。もう遅いのだよオデット。君がいけないのだよ。全部君がいけないんだ」
「どうして? どうしてなの? レイナルド。あんなに私に優しくしてくれたのに――」
「すべて無駄だった! 悪いのは君だ。オデット!」
「何が、いったいどういうことなの? 私にはわからない。あなたが何を言いたいのかも、あなたが何を言いたいのかも」
「もういい。もう手遅れだ。君は魔女として明日の朝には処断される。罪には罰を。それが正しい世のあり方というものだよ」
「罪? 罪っていったい全体、私は何の罪を犯したというの? お願いレイナルド。教えて、そして助けてちょうだい。お願いだから……お願い」
オデットはついに泣き崩れた。これまで気丈にいわれなき責めに耐えてきたオデットだったが、自分の置かれている立場が、想像していた以上に恐ろし事態になっていることに愕然とした。
「君はこれから更なる責めを受けなければならない。魔女だと認めないのであれば、それを認めるまで責めは続く。君の犯した罪を償うには、これしかないんだよ。オデット」
「悪魔! レイナルド。悪魔に魂を売ったのはあなたのほうよ」
「黙れ!」
レイナルドはオデットの赤い髪の毛をわしづかみにし、オデットの顔に背後から自分の顔を押し付けて睨みつけた。その表情はまさに悪鬼のごとき形相だった。
「黙れ! オデット! お前にそんなことを言う資格はない。もう遅いのだオデット。私の好意を無にしなければ、こんなことにはならなかったろうに」
オデットは大きく目を見開き、思わず悲鳴をあげそうになった。しかし、そんなことをすれば、この男に何をされるかわからない。誰に責められるより、誰になぶられるよりも、この男にされるよりはましに思えた。いや。この男、レイナルドこそ「この女が魔女だ!」とでっち上げた張本人であるとオデットは確信し、そして愕然とした。自分はこの男によって殺されるのだ。自分に好意を抱いた男の嫉妬によって殺されるのだとわかったとき、もはやオデットになすすべはなかった。
オデットはその大きく見開いた青い瞳から大粒の涙を流した。レイナルドはその涙を真っ赤な舌を使って舐めた。オデットはついに、気を失った。外では犬の遠吠えが一段と激しさをまし、闇は深まるばかりだった。