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朔夜~月のない夜に  作者: めけめけ
第4章 光と闇と
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第72話 失意のフォンティーヌ邸

「いったい何があったのでしょう?」

 枢機卿の私兵集団長ハインリッヒとマルクスはローヴィルの東から町に入った。まだ日があるというのに、町には人影が見えない。扉は硬く閉ざされ、何かに怯えているようであった。

「何者かに襲われた家もあるな」

 窓や扉が開いている家があるが、すっかり静まり返り、人の気配がない。ハインリッヒはマルクスに中の様子を見るように指示を出した。

 マルクスが部屋の中に入っている間、ハインリッヒは周囲を注意深く観察した。たくさんの視線を感じる。恐らく締め切った家の中から、こちらの様子をうかがっているのだろう。単によそ者を警戒しているだけではなさそうだった。


「なんだ。いったい何を恐れている。そして何を隠している」

 マルクスが家から出てきた。その顔には明らかに不快なものを見たという表情が現れていた。

「ひどいものです。遺体は残っていませんでしたが、恐らく原型をとどめていないような状態だったと思います。まるで……」

「化け物にでも襲われたように……か」

「はい」


「住人の話を聞く必要があるが、よほど恐ろしい目にあったと見える。向こうに教会が見える。あそこまで馬を駆けてここの司祭に話を聞くとしよう。うまくすればエドモンド司祭に会えるかもしれない」

 ハインリッヒとマルクスはまっすぐ教会に向かうことにした。


 途中数人の人影を見たが、彼らの姿を見るとすぐに身を隠してしまった。

「どうも歓迎されていないようだな。まぁ、敵意もないようだが……」

 教会の側まで来たとき、一台の馬車が見えた。

「あれはもしや……」

 ハインリッヒはマルクスに合図をして馬車に乗っている人間を確認させた。

「あれは、この町の司祭か?」

「いえ、あれはエドモンド司祭です。間違いありません」

「ほぉ、よくも首尾よく会えたものだ。これしかないというタイミングだな。怖いくらいだ」


 ハインリッヒとマルクスはゆっくりと馬車に近づき、御者に止まる様に合図を送った。エドモンド司祭はこちらをまじまじと見ていたが、マルクスがゆっくりと近づくと安堵の表情を浮かべて叫んだ。

「帝国から参られたのか! よく来てくれたマルクス殿!」

 どうやらエドモンド司祭はマルクスの顔を覚えていたようである。

「エドモンド司祭、こちらはハインリッヒ・オッペンハイム団長でございます。我ら枢機卿の命により、エドモンド司祭とアウグスト・フォン・エーベルハルト閣下の下にはせ参じた次第でございます」


 エドモンド司祭は泣きそうな声で二人を歓迎した。

「なんと! 枢機卿直属の部隊ですと! これで我々は救われる!」

「お初にお目にかかります。エドモンド司祭。ハインリッヒでございます。エーベルハルト閣下はご一緒で?」

「いや、これから合流するところでございます。ご案内いたしますゆえ、詳しい話はそちらで」

 エドモンド司祭は、周りを気にするようなしぐさを見せた。ハインリッヒはエドモンド司祭の意図を汲み取り、馬車の進む道を開け、その後に続いた。


 やがて馬車はこの町で見たどの家よりも大きく立派な建物の前に着いた。

「こちらは?」

「フォンティーヌ邸でございます。古くからこの町の盟主として、町の人々の信頼も厚く、我らも大変お世話になったのですが……」

 その先の言葉を聞くまでもなく、ここで何かがあったことはすぐにわかった。門は壊され、邸内はところどころ争った後がある。


 エドモンド司祭は御者に駄賃を払い、もうしばらくここで待つように伝え、屋敷の中に向かった。ハインリッヒはマルクスに指示を出し、ゲルトナーにしばらくそのまま待機するように伝言を託し馬を下りた。

 エドモンド司祭が玄関近くに来ると、ジャン・フォンティーヌが中から姿を現し、急いで中に入るように促した。

「お待ちしておりましたエドモンド司祭、実は大変なことに……そちらは?」

「帝国からの援軍ですぞ、ジャン殿」

「私は、ハインリッヒ・オッペンハイム。枢機卿の命により、エーベルハルト閣下にお目にかかりたいのだが、閣下はこちらに?」

「わ、私は、この屋敷の主、エリック・フォンティーヌの息子、ジャン・フォンティーヌと申します。実は先ほどまでエーベルハルト様はこちらにいらしたのですが……」

「エーベルハルト殿はどこかに出かけられたのか?」

 エドモンド司祭はあせっていた。この町から安全に脱出できるチャンスをみすみす逃したくはなかった。

「実は、クリスが目を放した隙に、屋敷を出て森に向かったようなのです。エーベルハルト様はクリスを追って森へ」

「なんてことを!」

 エドモンド司祭は、激しい抗議のしぐさをしながらジャンに詰め寄った。


「そのクリスというものはいったい?」

 ハインリッヒはエドモンド司祭を制するように話に割って入った。

「名をクリスティーヌ・クラウスと申しまして、この町で診療所を営むアベル・クラウスの娘です。彼女は魔女の疑いをかけられ、魔女裁判にかけられようとしています。エーベルハルト様は、クリスのお父様とは旧知の間柄。何とか事態を収拾しようとご尽力いただいていたのですが……」

 ジャンの口から以上言うことはできなかった。自分の父、エリックがアベルを殺したこと。そしてエリックが人狼にかみ殺されたこと。まだ気持ちの整理ができていなかった」


「ハインリッヒ殿、実はこの町に人狼が現れたのです。それも群れで!」

 エドモンド司祭は、この町に来てからのことをハインリッヒに説明をした。もちろん、自分がどれだけ苦労して町の人々が魔女狩りという蛮行をしないよう、勤めてきたかということについて、一番長く話をし、エリックの顛末については、事実のみを語るに留まった。


「状況は大体把握しました。もうじきマルクスが戻ってまいります。我らはこのような事態に備えて降りますれば、たとえ相手がどのような化け物でも、お二人を守り、エーベルハルト閣下とその少女を見つけ出して見せます。察するに、いずれにしてもここにいては危険でしょう。町の外に出ましょう」


 ちょうどそこへマルクスが馬を駆けて戻ってきた。

「マルクス、ちょっと荷物を運び出すのを手伝ってくれ。町を出る」

「エーベルハルト閣下は?」

「どうやら森に向かったそうだ。詳しくは後で話すが……、荷物は閣下のご友人で昨晩、亡くなられたそうだ」

 マルクスは故人に礼節を尽くすことと任務の迅速な遂行を見事に同時にやってのけた。


「では、出立しましょう。町の東に部下が待って降りますれば、我らが馬車の前後に付きます。慌てず、平静に、急いでいきましょう」

 御者の変わりにジャンが手綱を引いた。ジャンは屋敷を眺めながら父、エリックへの複雑な思いを胸にしまいこんだ。


「クリス、君だけは、君だけは絶対に僕が守ってみせる」

 一行は失意のフォンティーヌ邸をあとにした。


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