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朔夜~月のない夜に  作者: めけめけ
第4章 光と闇と
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第71話 ローヴィルへ

またまた、間があいてしまいましたが、この間、朗読版の『朔夜~月のない夜に』を完結させました。ここからはいつものペースで書きたいと思います

 森の中を駆け抜ける馬群があった。よく駆ける馬である。帝国を夕刻に出立し、2時間ごとに30分の休憩をとりながらフランスとの国境近くにあるローヴィルの町に向かっていた。


「ゲルトナー! だいぶ遅れたが、どうやらローヴィルに着いたようだな」

 先頭を駆けていた馬が速度を落とす。

「ハインリッヒ様、いたしかたありますまい。街道があのように荒れていては、我々でなければあと半日はかかったことでしょう」

 先頭より少し下がった位置で併走していたゲルトナーは、後方に追走する騎士たちに速度を落とすように合図をした。

「気づいているか?」

 神聖ローマ帝国に強い影響力を持つ枢機卿の私兵集団とはいえ、ハインリッヒ・フォン・オッペンハイムは由緒ある家の当主である。その風格は、正規の兵団長に決して引けをとらない。幾多の戦場を駆け抜けてきたハインリッヒの肌は、独特の違和感を覚えていた。

「はい、ハインリッヒ様。このあたりはまるで戦場ですな」

 ゲルトナーは馬をハインリッヒのすぐ横につけながら、小さな声で言った。

「血の臭いも、いたします」


 二人は周囲に注意を払った。自分たちに向けられた殺気の有無を確認しながら、部下たちに気を配る。

「皆、優秀な兵です。誰一人欠けることなくここまで来られたこと、神のご加護もありましょうが、立派な男たちです。町に入る前に少し休ませたほうがよいかもしれません。それに――」

 ハインリッヒはゲルトナーに手で合図を送り、休憩を指示した。

「いきなり町に入ったところで歓迎されるとは限らない。斥候を出すべきか」

 ハインリッヒは町の方角を見据えながらすぐに指示を出した。

「ここは戦場である。我々に課せられた使命は、先に町に入ったエーベルハルト殿、エドモンド司祭の安全の確保。彼らが戦闘状態であれば、これに加勢する。たとえ敵対する相手が町の住民であったとしても、この二人に危害を加えるものであれば、実力を持って排除する。しかしながら、いきなり我々が町の中に踏み入れば、混乱を招くかもしれん。この中にエドモンド司祭の顔を知る者はいるか?」


 一人の騎士が名乗り出た。

「エドモンド司祭とは何度かお会いしたことがあります。司祭が私、マルクス・ブランドの名を覚えているかどうかはともかく、一言三言話をすれば、私が誰であるかは思い出していただけるかと思います」

「ならば、マルクスと私が先に町に入るとしよう。残りのものはゲルトナーの指揮のもと、待機していてくれ。町に入って30分、連絡がない場合は、町に突入せよ。その後の判断はゲルトナーに一任する。ここで馬を休め、1時間後に前進、町の入口の少し手前まで移動し、作戦に移る。何か質問は」


「装備はいかがなさいますか?」

 ゲルトナーは馬に固定してある銃を触りながら尋ねた。

「ここは戦場である。全員、武装のチェックをし、いかなる攻撃にも対応できるよう備えよ」

「はっ!」

 兵士たちは各々馬を休め、水や食料を取りながら武器の手入れを始めた。


「我ながら、度が過ぎると思わないでもないのだが……」

 ハインリッヒは何か言いたそうなゲルトナーの視線を感じ、小声で話しかけた。

「いえ、ここはこのくらい慎重になるべきでしょう。こちらの思惑通りに朝方に着いていれば、そのまま町に入ってしまえばおそらくはエーベルハルト殿とすぐに合流できたと思います。しかしながら、昼を過ぎておりますれば、どこかに出かけていないということもありましょう。ともあれ、ハインリッヒ様自らが斥候としていくことはないかと」

「いや、エーベルハルトの頑固者が、私以外の人間をやったのでは、話がややこしくなるだけだよ。腕が確かな人間ほど、歳を取ると頑固になるらしい」

 ゲルトナーは何か反論しようとして諦めた。いったん言い出したら聞かないのは、ハインリッヒも同じである。


 1時間後、ハインリッヒを先頭に部隊は動き出した。日は少し陰り始めている。15分ほど進むと一行の前に異様な光景が現れた。ハインリッヒが合図を送り、行軍を止めた。

「血の跡……、負傷して自力で移動したか、或いは仲間に引きずられたか」

「おそらく後者でございましょう」

 ゲルトナーは馬から降りて周囲を調べた。

 血だまりがいくつかあり、その周りに踏み荒らされた跡と何かを引きずったような跡があり、森の中へ続いている。草木のところどころに血の跡がついているが、それほど多くない。おそらく出血はすでに止まっており、それは手当をしたというよりも、血が流れないような状態――すなわち、傷を負ったものが死亡していることを示していた。

「しかし、妙だな。この足跡は人のそれとはいささか違うように思える」

「獣にしては、少し大きいように思えます。それに人が獣に襲われ食い殺されたのだとしたら、靴や衣服の切れ端など残っていてもよさそうなものでございますなぁ」


 ハインリッヒは馬上から合図を送り、再び行軍を始めた。

「やはり、全員で町に入った方がよろしいのでは?」

 ゲルトナーが馬を寄せながら言った。

「町の入口近くにあのようなものがあった場合はそうするべきだろう。いずれにしても情報が少なすぎる。町の住民が襲われたとしても、なんであのようなところに居たのか。それも気になる……。いったい何が起きているのだ。ローヴィルでは」

 ローヴィルへ続く街道のあちらこちらに、何者かが争ったような形跡が残されていたが、部隊は止まることなくローヴィルへ向かった。やがて一行はローヴィルの東にたどり着いた。


「戦が終わったあとのような、死臭が立ち込めてますな」

「作戦を遂行する。マルクス、いいな」

「はっ!」

「ゲルトナー、危険だと感じたら独自に判断して動け」

「お気をつけて」

 ハインリッヒはマルクスを引き連れ、ローヴィルの町に入っていった。帝国を出立してから丸一日が立とうとしていた。


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