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朔夜~月のない夜に  作者: めけめけ
第4章 光と闇と
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第70話 森へ

 エーベルハルトはこれからどうするべきかについて、ジャンやクリスと話し合いたいと考えていたが、それを実行に移すには、二人の精神的な回復を待たなければならなかった。

「これから、どうしたものだろうか、エーベルハルト殿」

 ジャンとクリスから離れたところでエドモンド司祭がエーベルハルトにそっと尋ねた。

「人狼に銃は有効だが、町の人々には銃は効かない。銃の恐怖よりも人狼の恐怖のほうが、今の彼らにとっては数倍恐ろしいじゃろう。いずれにしても暗くなるまではここを動くことはできない。クリスの姿を町の人に見られたら、何が起きるかわからないからなぁ」

「どうだろう。二人を連れて町を出ては。このままではいくらエーベルハルト殿でも多勢に無勢。枢機卿に応援を要請するというのも、ひとつの手ではないだろうか?」

 エドモンド司祭は、たとえ枢機卿の不況をかっても、ここで死ぬことに比べれば、迷うことはなかった。

「ふむ。宿舎の馬車が無事であれば、そういう選択肢もあるのじゃがなぁ。昼間、馬車をここに回すのは無理じゃろうな」

 老練なハンターは、白いものが目立つようになった顎鬚をいじりながら思案をめぐらせていた。


 そこにまた、来訪者が現れた。ローヴィル教会のエドガー司祭である。


 司祭もまた、これからどうするべきか、教会に訪ねてくる町の人にどう接すればいいのかをローヴィルの盟主、エリックに指示を仰ぎに来たのである。

 ジャンが応対していたが、エーベルハルトがエドモンド司祭に耳打ちをし、対応を引き継ぐことになった。

「エリック司祭。病気への恐怖、老いへの恐怖、飢えや天変地異への恐怖。神への祈りは、そういったものへの恐れや迷いから救われる唯一の方法なのです。今まさに祈りをささげ、救いを求めるときなのです。どうか心安らかに、神への祈りを忘れぬように、町の人々に伝えるのです。それが神に使え、この町を守るあなたの使命ではないですか」

「それは私にもわかっているのです。エドモンド司祭。ですが、あのような怪物を目の当たりにしては……」

「よろしい。では、私が教会まで赴き、ともに祈りをささげましょう」

「感謝いたします。エドモンド司祭」

「あー、そうそう。実はエリック殿が負傷されて、余談を許さない状況、お手数ですが、私どもがこちらまで乗ってきた馬車があるのですが、それをこちらにまわしてはもらえませぬか。容態が悪くなったらジャンが馬車に乗せてエリック殿を診療所まで運べるようにしたいのですが。そうすれば私も安心して教会で祈りが捧げられます」

「わかりました。すぐに手配させましょう」

「では、支度をしてから教会にまいりますので、エリック司祭は先に教会に戻られよ。長く空けては、みなが不安になりましょう」


 エドガー司祭は、急いで教会に戻り、馬車をフォンティーヌ邸に回す手配をした。

「しかし、私はどうすればいいのです。まさか、私が教会にいる間に、あなた方だけ先にここを出るなどと、そんなことはないでしょうな」

「心配はいらん。さっきも言ったとおり昼間堂々とここから出られるものではない。出立は夕暮れどきだ。暗くなる直前にここを出る。それに遅れなければ置いていくことはない」

「く、くれぐれもお願いしまずぞ。エーベルハルト殿」


 エドモンド司祭は、しぶしぶ「フォンティーヌ邸をあとにした。


 エーベルハルトはまず、ジャンにこれからのことを話した。

「馬車の件はわかりました。しかし、父の遺体とクリスのお父様の遺体は、どうします」

「遺体を載せて移動するのは無理だ。かといって、きちんと埋葬してやることも今はかなわない」

「そんな……、僕はまだしも、クリスが納得するかどうか」

「できるだけ荷物は軽くしたい。町の人々が追ってくることはないと思うが、万が一ということもある。それに人狼とどこで鉢合わせになるかもわからない」

「父の遺体は、みつかれば町の人たちが丁重に葬ってくれるでしょう。ですが、クリスのお父様は……、アベルさんのご遺体だけでも、載せることはできませんか」

「ふむ……。最悪の場合、馬車を捨てて馬だけで移動することを考えている。馬は2頭。二人乗りはできるが、それ以上は無理だ」

「わかりました。僕から説得してみます」

「いや、ワシが話そう」

「僕に、やらせてください。僕がクリスを守ります。だから、こういうことは、僕にやらせてください。お願いします」

「わかった。頼んだぞ」


 ジャンはアベルの遺体を安置してある部屋にクリスの様子を見に行った。

 そこは、今は使われていない、祖父の寝室である。


 コンコン


「クリス、僕だよ。ちょっと話があるんだ。中に入るよ」

 返事がない。


 コンコン

「クリス、大丈夫かい? 中に入るよ」

 ジャンはゆっくりと扉を開けた。部屋の中は静まりかえっている。

「クリス? どこだい?」

 部屋の中を見回す。ベッドにはアベルの遺体が横たえている。手が胸の上で組まれ、血は綺麗にふき取られていた。

「クリス! なんてことだ。まさか……」

 ジャンはすぐにエーベルハルトに報告し、まずは邸内を探し回った。そしてエリックの書斎の窓が開いているのが見つかった。窓のすぐ側でジャンが置手紙を見つけた。



『どうか、父をお願いします』


「なんてことだ」

「どこにいったんでしょう。まさか町の人にわざと捕まって……」

「それはないだろう。そんなことになればすぐに騒ぎになる。おそらく彼女は……」

「まさか森の中に!」

「まだ、そう遠くへは行ってないはずです」

「ここから人目に付かずに、森に入るとしたら、どこを通るか見当が付くか?」

「それならきっと、屋敷の裏手からでしょう。正面を出て左から裏に回りこんでいけば人目にはあまりつきません」

「お嬢さんはわしが何とかする。お前は馬車が着たらすぐに出発できるように準備をしておけ」

「そんな! 僕も行きます」

「邪魔だ!」

「え、エーベルハルト様、そんな……」

「これは事実だ。町の中ならお前さんを守りながらやつらとやりあうことはできる。だが、森の中では無理だな。なぜなら森はやつらのテリトリーだからだ。素人がなんとかできる場所じゃない。森の中で獣の臭いをかぎ分けられるか! 音を立てずに歩くことができるか! 息を潜めて、気配を消すことができるか! それができないやつは死ぬ。確実にやつらの餌になる。わかったか、若造!」


 エーベルハルトの目は、ジャンが何を言っても無駄だと語っていた。ジャンは諦めるしかなかった。



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