第7話 深き森
深き森の中に潜む、一匹の獣のいう
我は、闇の眷属なり。
我、月の灯りとともにその姿を獣と変え、地を走り、闇を切り裂き、血を求めるなり。
暗き闇の中に潜む、一匹の獣のいう
我は、闇の眷属なり。
我の血は、神の理に叛き、闇に生き、光を忌み嫌うものなり。
その獣、荒れた大地を彷徨うものなり
獣でもなく、人でもなく、神でもなく、悪魔でもない
獣と争えば、覇気を持ってこれを退ける
人に会えば、切り裂き、噛み砕く
神に出会えば、憎悪の瘴気を吐き出し
悪魔に囁かれれば、闇夜を貫く咆哮でこれを掻き消す
我は、闇の眷属なり。
我が従うものは、我の血であって、獣でも、人でも、神でも、悪魔でもない。
この地に我を呼ぶもの在り。
我、その声に従わざるも、我の血のざわめきが我をこの地に導くなり。
だれぞ、我を呼ぶのか。
我、それを知らず。我、それを解せず。我、それを省みず。我、それを語らず。我、それを是とせず、非ともせず。
今宵、月は妖しげに赤く染まり、血の匂いがあたりを包む。
ニンゲンよ!
まだ、自らの血を祭り上げ、宴を始めるか!
深き森にて、闇に潜む我の心を乱す愚かなニンゲンよ!
罪は罪。罰は罰。
己の罪を認め、己の罰を受けるがいい。
戒めは、血をもってしかその心の奥には刻まれぬ。
獣の苛立ちは、森を支配し、森は沈黙によって恐怖に耐えた。
ローヴィルの町の犬は、それにおびえて闇夜に吠えた。
ローヴィルの町の生き物は、うろたえ、ざわめき、怯え慄いた。
ローヴィルに住む人々は、それを魔女の仕業という。魔女を捕らえ、魔女を焼き殺せば、不吉な月は、黒い雲に隠れ、森は平穏な日常を取り戻すという。深き森とともに生きる町は、深き森に生かされている町でもある。よそ者を寄せ付けず、ゆったりとした時間が流れるのは、すべては森のお陰なのだ。その森が、何かを訴えている。町を守るため、多くの人の平穏を保つために、町に凶事を呼び込むもの。森を闇に沈めるものを捉え、殺さなければならない。
これは魔女の仕業だ!
この町に魔女が現れたのだ!
よそ者とは限らない。悪魔に魂を売ったものが魔女なのだ。魔女はこれまでとかわらない素振りで、町を歩き、笑顔で挨拶をしながら、町に凶事を運ぶのだ。些細なことでもいい。少しでも様子が変わった女はいないか?
その魔女は老女かもしれない
その魔女は少女かもしれない
その魔女は美しく、魅惑的な女かもしれない
その魔女はおとなしく、清純な少女かもしれない
魔女を探せ!
魔女を探せ!
魔女を捕らえ、裁判にかけるのだ!
拷問もかまわない。結果、魔女でなかったとしても、それは魔女を、凶事を除くために必要な崇高な行為なのだ。
魔女を探せ!
魔女を捕らえろ!
そして、火をつけるのだ!
焼き殺してみればわかる。
それが魔女なのか
そうでないのか
魔女を早く見つけだすのだ!
可愛そうな犠牲者が増える前に!
魔女を探せ!
魔女を探せ!
さぁ、魔女狩りを始めるのだ!
ローヴィルに渦巻く闇の影
その闇に誘われ闇の眷属が姿を現す