第6話 追跡者
深夜、ローヴィルに向かう一台の馬車。そこには枢機卿より命令を受けた二人の男、老練なハンター エーベルハルトと若い司祭エドモンド。その使命は意外なものだった。
フォンティーヌ邸にとどろいた獣の遠吠えは、クリスとジャンだけではなく、他の男の肝も冷やしていた。
「おい、今のは?」
「あれはどこかの野良犬の遠吠えじゃ」
「そうなのか? 私には狼も犬も違いがわからん」
「やつは意味もなく吼えたりはしない」
「そういうものなのか?」
「なーに。心配はいらん。お前さんはおとなしくこの町の宿で待っておればいい」
「いや、枢機卿より命を授かって降りますれば、そのようなわけには……」
「ワシのそばが安全だと思っておるのなら、それはお前さんの勝手じゃ。じゃがワシの邪魔をするようなら――」
「わかっておる」
漆黒の闇を走る1台の馬車の中には二人の男が向かい合って座っていた。一人はエドモンドという若い聖職者である。彼はひどく何かにおびえているようだった。
「エーベルハルト殿、本当に奴をしとめることができるのだな」
日が落ちて数刻、ようやく目的地のローヴィルの町にさしかかろうとしたところで、遠くの闇から不意に獣の遠吠えがした。いつもであればなんでもないような犬の遠吠えも、エドモンドにはひどく恐ろしいものに聞こえたようだ。
「それに関しては、どう回答したらよいのか難しいですな。まぁ、わし以外の人間に依頼してそれがかなう確率よりは、はるかに高いとだけ申し上げておきましょう」
エーベルハルトと呼ばれた男は、身なりは貴族のようであるが、背筋はピンと伸び、彼の目つきは何者にも臆することのない激しい気性が見て取れた。アゴに蓄えた髭には、白いものが混じっている。彼はその髭を右手で触りながら、不機嫌そうにエドモンドをにらみつけていた。
「聞くところによれば、身の丈は人のそれをはるかに声、大木もへし折るようなものすごい力を持ち、その爪にかかれば、人の頭など簡単にもぎ取られるというではないか。そのような化け物に我々二人だけでどうにかしようなどと、枢機卿は一体全体何を考えておられるのか」
最初はエーベルハルトに向かって自分の置かれた立場の不遇さを訴えるつもりで話し始めたエドモンドであったが、唯一の話し相手であるエーベルハルトがあまりにも怪訝そうな目でにらみつけるものだから、いたたまれなくなり、しまいには横を向いてブツブツと言葉を続けるしかなくなってしまった。しかしはたから見ればエドモンドが臆病で卑屈なことよりもエーベルハルトの迫力が圧倒的な要因となっていることは、ある意味彼の救いであったのかもしれない。
「ローヴィルには古い友人がおる。彼の協力が仰げれば、司祭の不安も少しは解消されましょう」
今度はエーベルハルトがエドモンドの視線をはずした。エーベルハルトにとって、ローヴィルの古い友人の協力を仰ぐためにエドモンドの存在は、迷惑この上なかった。が、その不満は当の本人の負うべき責任でないことをエーベルハルトは知っていた。
「枢機卿がどういうつもりで我々にこの任を任せたのかはいささか気になるところではあるが、そんなことを我々が考えても仕方のないことだ。先は長い。お互いに足の引っ張り合いだけはしないようにすることを、ワシは提案する」
エドモンドには選択肢はなかった。ともかくエーベルハルトが早く仕事を済ませれば、自分もこの理不尽この上ない状況から抜け出すことができるのである。彼は誠心誠意の笑顔でパートナーの申し出に答えたが、残念ながらエーベルハルトには卑屈な笑顔にしか見えなかった。
「心配はいらん。奴はきっとこのローヴィルの森に潜んでいるさ」
エーベルハルトの言葉は、エドモンドを励ますためのものであったが、結果的にはエドモンドを不安にさせた。それはエドモンドが卑屈で臆病で、武器ひとつ扱えないよな役立たずだからおびえているのではない。それほどに彼らの追っている相手は凶暴で、凶悪で、強大であった。
「狼男など、とうの昔に滅んだと思ったのじゃが……」
そう、彼らは狼男を追って、ローヴィルに向かっているのであった。