第57話 集結
「どういうことだ」
長く伸ばした髪の毛を後ろで結わき、闇に溶け込むような暗い色をしたシャツにズボン。肌の色の白さが不気味なほどに目立つ。ひ弱そうに見えて、目は爛々と輝き、唇が異様に赤い。その口元は左右非対称に歪んでいた。笑っているようにも見え、泣いているようにも見え、或いは怒りに引きつっているようにも見えた。
テオドールの足元には、4体の人狼の屍が横たわっていた。そのうち二つは頭を強烈な打撃によって砕かれ、一つは首をへし折られ、もう一体は胸を潰され、心臓が抉り取られていた。
「我々が駆けつけたときにはすでに人の気配はなく、何者がこのようなことをしたのか……」
「そうではない。手を出すなと言ったはずだ」
「はっ?」
テオドールの視線は、アベルの家に向けられたいた。
「ちょっかいを出すからこういうことになる。俺様が行くまで、手を出すなといわなかったか。この馬鹿どもが!」
「俺たちは何もやっちゃぁいないぜ。テオドールの旦那」
そう答えたのは、テオドールよりもさらにひょろっとした優男であるが、その表情からはいかにも小物であることがうかがえる。目は泳ぎ、両手を無意味に動かしながら、強い者にはとことんへつらうような態度。テオドールは、その男の胸倉を掴み、鼻と鼻がくっつくほどに顔を近づけ男に向かっていった。
「徹底させろ! アレには手を出すなとな!」
言い終えて男を突き飛ばし、テオドールは周りを注意深く見渡し、鼻に意識を集中させた。突き飛ばされた男は、その勢いのまま狼の姿へと変身し、その場を立ち去った。
「誰だ! 誰の仕業だ! くっ、この臭い。知っているぞ。俺は知っているぞ!」
テオドールの鼻は人間のそれであって、それでない不気味な動きをしている。
「人の臭い。あの女の臭い。火薬、銃の臭いはハンターのものだが、しかし・・・・・・」
鋭い目は地面に何かの痕跡を見つけたようだった。
「この大ききく、そして力強い足跡・・・・・・、おのれグスタフ! 俺様の邪魔をしようというのか!」
テオドールは咆哮し、怒りに身を任せて人狼へと変身した。
「獲物の横取りは許さんぞ。グスタフ。アレは俺の獲物だ」
テオドールは激しい咆哮を繰り返しながら、グスタフの足跡を追った。それはまっすぐとフォンrティーヌ邸へと続いていた。
グスタフは、その巨体を闇に浮かべるように、静かに、そして動力のある船のように力強く町の中を歩き進んでいた。何者も近寄ることができないような覇気が、まっすぐに前に向けられている。
一見して背中は無防備に見えるが、グスタフの背中はあまりにも大きく、まるで断崖絶壁を眺めているような気にさせる。
望む者あれば好きにすればいい。ただ、失敗をすれば命を落としかねない。そう無言の圧力をかけているようであった。
我は、闇の眷属なり。我、月の灯りとともにその姿を獣と変え、地を走り、闇を切り裂き、血を求めるなり。我の血は、神の理に叛き、闇に生き、光を忌み嫌うものなり。
未だ満たされることのない魂の器よ。
乾ききってしまうか。或いはあふれ出してしまうか。
我は見届けねばならぬ。
そして聞かねばならぬ。
魂の叫びを。
闇に落ち、闇に溶け、朽ちることも許されず、暗黒にさまよう魂が我を呼ぶ。
闇は闇を呼び、暗き願いは、時を超え、大地を越えて、川を下る。
それは人の心が低きに流れるように、上流は激しく、下流では大きな流れになる。
我は、闇の眷属なり。
我の進む先に闇あり。
我は、闇の眷属なり。
我を追う者もまた、闇の使者であるのか。
語るに足らず。知るにあたわず。
しかし……。
グスタフは不意に足を止め、後ろを振り返った。
「テオドールが来ているな。奴の瘴気は鼻につく。出来るだけかかわりたくはないものだ」
グスタフは周囲に強い殺気を放った。
一瞬空気の流れが止まり、たまらず一頭の狼がうなり声を上げた。
「邪魔だ! うせろ!」
グスタフの覇気に押され、狼は退いた。
「あそこか・・・・・・」
グスタフの視線の先には、フォンティーヌ邸が静かに佇んでいた。