第55話 エドモンド司祭とアベル
ジャン・フォンティーヌを先頭にエドモンド司祭、クリスの父アベルの三人は、これと言った障害もなく、思いのほかすんなりとフォンティーヌ邸までたどり着いた。
エドモンド司祭はほっとし、ジャンはむしろこれからが気が重かった。
門は閉ざされ、正面から屋敷内に入るのは容易ではなかった。
「どうする。これでは中に入れないではないか」
「大丈夫。裏から回って中に入りましょう。案内します」
ジャンの一行は屋敷をぐるりとまわり、屋敷内にある使用人用の小屋のそばまで来た。屋敷の周りは鉄柵で覆われていて、無傷でよじ登って入ることはできないように見えた。ジャンは鉄柵のてっぺんを注意深く見ている。
「ここだ」
ジャンが指差した先には鉄柵のてっぺんの部分の装飾が他の物と比べて微妙に大きくなっていた。ジャンは鉄柵を握りまわし始める。最初固かったが、くるくると数回転すると今度は上に持ち上げる。
「この両側の鉄柵も同じように持ち上げることができます。人ひとり入れるようになりますから、それぞれ持ち上げてもらえますか」
「わかった」
アベルはジャンの右側、エドモンド司祭は左側の鉄柵を同じ要領で持ち上げ、最初エドモンド司祭が中に入り、アベル、ジャンがそのあとに続いた。
「秘密の抜け道といったところか。一人で三本の鉄柵を持ち上げることはできないようにしてあるわけか。なるほど」
アベルは感心し、エドモンド司祭は安心した。
「さて、ここまでは予定通りですが、問題はここからです」
ジャンの顔には困惑の表情が見て取れた。
「何、心配することはない。エリックも頑固な男じゃが、道理はわきまえておる」
「まず、お二人はあの小屋で待っていてください。あそこからなら門の前にクリスとエーベルハルト殿が来てもすぐにわかるはずですから、ここから中に入れてあげてください。その間に僕は父を説得してきます」
「大丈夫か? 私がエリック殿に話をしたほうが……」
「いや、エドモンド司祭、ここはジャンに任せましょう」
アベルとエドモンド司祭は使用人の小屋に案内され、そこで待つことにした。
「親子というものは……」
どことなく落ち着かないエドモンド司祭にアベルは話しかけた。
「解り合っているからこそ、解り合えない。知っているからこそ、知らない。どこの家でも同じようなものだとは、思いませんか? 司祭殿」
「わ、私にはよくわかりませんな。私は幼いころに両親を亡くし、神職に着くまでは、いろんな親戚のところを転々としてまいりました。親子というものがどういうものであるか、血のつながりのある人間とそうでない人間の区別など、私にはないのです」
アベルはエドモンド司祭がどのような幼少期を過ごし、今こうしてここにいるのかに思いをはせながら、娘のことを考えていた。クリスティーヌ・クラウスもまた、幼いころに母を亡くし、親元を離れ、親戚のもとで育てられたのだ。自分は父親でありながら、父親の責務を果たさずにきた。そんな自分を父として慕ってくれるクリスに、負い目を感じてもいる。その彼女の身に生命の危険が迫っているいま、自分のなすべきことは何かを考えることと、エーベルハルトのいう、自分がこの状況で町のために、近しい人のためにできることと、一致しなくなったとき――
「そのようなときが来れば、そのようにふるまうしかないのでしょうなぁ」
エドモンド司祭は、アベルの言葉にどのような意味が含まれているのかを考えるよりも、自分が口走ってしまった、生い立ちについて、とやかく聞かないアベルに好感をもちながら、それでもなお、どうしてもアベルに問いただすべきことがあると、そして、それを聴くのであれば、エーベルハルトがいない、ジャンがいない、そして何よりあの娘がいない今しかないと考えていた。
「アベル殿、もし、仮に、エリック殿が我々をかくまう条件として、ご息女の身柄を……その、魔女と疑われたクリスティーヌを」
「エドモンド司祭、どうか、それ以上、言わないでくだされ。わかっております。ええ、わかっておりますとも。一組の親子のわがままで、多くの人を危険にさらすことを、私も娘も望んではおりません。しかしながら――」
アベルの語気は、決して厳しい物ではなかったが、エドモンド司祭がそのことを口にしたことを後悔するのに十分な重みがあった。
「――娘を目の前で辱められたり、傷つけられたりするのを見せられて、黙っていられるような人間であってはならないと、私は思っております。そんなことにならないように、どうか、私たち親子を見捨てないでいただきたい。ジャンを、エーベルハルトをどうか、信じてやってくださいまし」
「も、もちろんですとも。そ、その覚悟がおありであれば、かならず道は開けましょう」
エドモンド司祭は、そういうと外の様子を見に窓際に移動した。それからしばらく二人は無言のまま時を過ごした。