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朔夜~月のない夜に  作者: めけめけ
第1章 運命の二人
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第5話 フォンティーヌ邸へ

魔女の疑いをかけられた親友オデットを救うためにジャンに招かれフォンティーヌ邸を訪れたクリスだったが……

 クリスティーヌ・クラウス――親しいものは少女をクリスと呼んだ。17歳の少女は見る者の目を引くような美しい金髪を後ろで結わき、さっそうと街を歩く姿は一見華やかに見えるが、彼女の性格は見た目のかわいらしさとは裏腹に、闊達で普通の同年代の男の子に比べてもたくましいといった感じであった。それは少女が幼少時代、親元を離れて暮らさなければならず、それなりの苦労を積んできたこともあるが、だれの目にもそれ以上の何か……気品のようなものが備わっていたのは、少女の母親の血統がそうさせたのであることを知る者は少ない。


 クリスの友人でこの町――フランスと神聖ローマ帝国の間に位置するローヴィルの町でクリスの血筋について知っているのはジャン・フォンティーヌくらいのものである。クリスは今、人目をしのんで夜の町中をジャンの屋敷へと急いでいた。急ぐクリスの右足には、違和感があった。その違和感の正体とはクリスの父、アベルが護身用にと持たせたものである。

「こんなものが役に立たないことを願いたいわ。もっとも役に立てられるときには迷わず使うつもりだけれど……」


 クリスの住む小さな診療所を兼ねた家からジャンの屋敷までは急いで15分ほどの距離である。比較的治安のいい町とはいえ、女の一人歩きが物騒であることには変わりはない。まして、ここ最近は町の風紀は乱れている。天候不良、大都市での疫病の蔓延。人々の心はすさみ始めていた。

「でも、だからといって、魔女のせいだなんて」


 クリスが危険を冒してまで、このように夜の町を友人のジャンを頼っていくには十分な理由があった。クリスの親友のオデットが、魔女裁判にかかり、幽閉されているのである。おそらくは今、このときも辛らつな尋問――「あれは尋問なんて生易しいものではないわ。拷問よ。どこの誰があのようなおぞましことを考え付いたのか知らないけれど、あんな目に合わされて正気でいられるはずはないわ」


 このローヴィルで魔女狩りが最期に行われたのは、クリスが生まれるよりもはるか前のことである。最盛期には毎年のように年老いた老婆や若い女性が異教徒、異端者として魔女裁判にかかり多くの場合は魔女として焼き殺された。そして最期まで魔女であることを否定したものは、拷問の末、命を落とし、死後の経過を見て、『魔女ではなかった』ことが認められた。つまり、一度疑いをかけられれば、免れることはない。逃れるすべはないのである。そのような行為を蛮行として戒める布告も時の王朝によってなされたが、飢饉や流行病が発生すると、人々はそれらの原因をすべて魔女の仕業として、犯人探しを始めるのである。そして、運の悪いことに、今年がまさに、そのような犯人探しをする年――ペストの流行で多くの人が犠牲になり、悪天候で農作物も不作で人々の暮らしは日に日にすさんでいったのである。


 そしてその犠牲者にクリスの親友、町で裁縫を営むシャリエール家の娘、オデットが選ばれたのである。なぜオデットに魔女の疑いがかかったのか、今のところクリスにもジャンにもわからなかった。しかし、原因を突き止めたところでそれが解決に結びつくとは限らない。大事なことは魔女を探し出し、業火によって焼き殺したところでこの町が抱える問題の何の解決にもならないということを町の人々にわかってもらうしかないのだ。


「イングランドでは、魔女狩り将軍と呼ばれた男が、魔女裁判の蛮行をやめさせよとした者の告発書によって失脚させられたと聞くわ。腕力や権力ではなく、告発書という文章によってそれがなされる時代に、どうしてまた魔女狩りなんかしなければならないの」

 クリスはローヴィルの町で生まれたが、生まれてまもなくして母親が病死するとマルセイユの親戚の家に預けられたのである。マルセイユ地中海に面した港町でフランスの首都パリに告ぐ大都市である。交易が盛んでさまざまな国の船が行き交う。クリスはそこでさまざまなものを見て育ってきた。外国語を学び、ローヴィルではなかなか手に入らないような海外の科学や医学に関する書物を熱心に読んだ。そしてその知識は、ローヴィルで一人診療所を営む父のためにいつか役に立つだろうと考えていたのである。


「オデットはやさしい子。あんなにやさしい子が魔女であるわけがないわ」

 マルセイユからローヴィルに戻ったクリスに最初にできた友人がオデットであった。いつもそばかすを気にしていたオデット。赤毛がくりくりとカールを巻いて自分が裁縫した可愛い洋服がとっても似合っていた。クリスに会うたびに「何か困ったことはない? 心配事があったら何でも相談して。わたしにできることがあったら、何でもしてあげるから」とマルセイユから着いたばかりで、右も左もわからないクリスを気遣ってくれた。


「オデットはいつもわたしに優しくしてくれた。わたしを助けてくれた。だから今度はわたしがオデットを助ける番よ」

 金髪の少女は固い決意を持って町の有力者、エリック・フォンティーヌの住む屋敷の前へとたどり着いた。門の前ではエリックの息子、ジャンが待っていた。

「ジャン、迎えに出てくれたのね」

「クリス、いいかい。静かに、僕の後をついてきて」

 ジャンは門の扉を開けるとクリスを招き入れた。

「屋敷の中は人目につくから、使用人の部屋を人払いしてある。あそこなら誰にも気づかれないですむ」

「ごめんなさい、ジャン。あなたを巻き込んでしまって」

「謝るのはまだ早いさ。まだ何も始まっちゃいないんだから」

「そうね……ともかく、急ぎましょう。こうしている間にもオデットがどんなにつらい目にあっているかと思うとわたし……」

「わかっているよ。さぁ、こっちだよ」

 ジャンはクリスの大きな診療鞄を右手で持ち、左手でクリスの手を握り屋敷の入り口の前を通り過ぎ、左手にある小さな建物のほうへ小走りで進んでいた。不意にどこか遠くのほうで犬の遠吠えが聞こえた。一瞬二人は息を凝らして、周りを見渡す。クリスの長い夜が始まった。



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