第46話 エドモンドの憂鬱
「エドモンド司祭、これからいったいどうすればよろしいのでしょうか?」
昼間の騒ぎの顛末は、結果的にエドモンドにとって悪くはなかった。人狼の襲撃による町の人たちの不安は、魔女狩りという形で、恐怖から熱狂へとかわり、町の人々は一人の娘を探すのにやっきになった。娘の父親は必至になって娘をかくまい、一触即発の状態が続いたが、そこにあろうことか人狼が現れたのである。ちょうどそこに駆けつけたエーベルハルトによって人狼は倒されたが、娘はとっくにそこから逃げ出していた。父親のアベルは見事に娘が安全な場所に逃げる時間を稼いだのである。
「アベルはとらえたものの、あの頑固者は決して娘の居場所を教えないでしょう」
ローヴィルの教会を任されているのは若い司祭、エドガーである。エドガーの父、デニス司祭は町の人々の人望も厚く信仰と人々の営みを影で支えていた。エドガー司祭はデニス司祭ほど優秀でもなければ愚鈍でもなく、凡庸であった。平時であれば、前任のエドガー司祭のやってきたように、万事滞りなく治めることができる人物であったが、このような非常時には過去の事例からしか答えを導き出すことができなかった。
「古い書物によれば、魔女には複数の協力者がいるとか。アベルは父親でもありますし、やはり魔に落ちた者として取り計らうべきなのでしょうか?」
独断専行も困るが、何もかも判断を過去の事例や経験者、専門家に頼るのでは、迷惑ではないが誰も頼りにはしてくれない。そして、そんな人間から頼られることなど、エドモンド司祭からすれば、もっとも迷惑なことであった。
「エドガー司祭、私はまだ、この町に来て日が浅いのです。アベルという人物も、魔女として疑われているその娘も見かけたという程度でそれを判断することはできません」
エドモンド司祭は、慎重に言葉を選びながら、そしてエドガー司祭に自分に頼られるのは迷惑千万だということがわかるような態度をとったが、エドガー司祭にその真意は伝わらなかった。
「ですから、アベル・クラウスのことを調べていただきたいと申し上げているのです。我々ではどうにも判断ができません」
エドモンド司祭は、頭を横に振った。『これ以上の面倒は御免こうむりたい』という言葉にこそ出さないが、顔や態度にははっきりとそれが出ていた。それにもかかわらず、エドガー司祭の盲信ぶりは、エドモンド司祭を苛立たせた。
「1日や2日面談したところでわかるはずがなかろう! それでわかるようならとっくに取り掛かっておる! 今は人狼の襲撃に備えて安全を確保することこそ必要であろうに!」
そう怒鳴りつけたものの、具体的に何をすればいいのかを言うことはできない。そういうことはエーベルハルトの領分であり、エドモンド司祭にしてみれば、町の人々の安全よりも、まず自分の身の安全をどう確保するかが問題であった。
「だからエドガー司祭。エーベルハルト殿にすべて任せるのが肝要だ。今夜やり過ごすことができれば、明日の朝からアベルのこともその娘のことも考えればいい」
「おー、こいつは珍しく、意見が一致したな!」
そこにタイミングよくエーベルハルトが教会に現れた。その後ろにはジャン・フォンティーヌもいる。
「こっ、これは、これはエーベルハルト殿。いま、貴殿の話をしていたところです。エドモンド司祭に寄れば……」
エーベルハルトは右手を挙げてエドガー司祭の話を制した。
「時間がない。まず、アベルの身を私に預けてほしい。彼は人狼を撃退するのに重大な情報を持っている。彼の協力なしでは、今夜どれほどの犠牲者が出るかわからんぞ」
エドガー司祭は何かを言いかけて、エドモンド司祭の顔をみやった。
「エっ、エドモンド司祭……」
エドモンド司祭は目を合わせようとしない。エーベルハルトが矢継ぎ早に続ける。
「エドモンド司祭も同じ考えだ。心配はいらない。人狼を仕留める為にはそれなりの準備が必要だ。アベルを連れ出すぞ」
「エーベルハルト殿、連れ出すのは構わないが、どこに行って何をするのかは、私に報告するように。そして――」
「もちろんエドモンド司祭にもご同行願う。その方がエドガー司祭も町の人も安心だろう」
エドモンド司祭は、驚いた表情でエーベルハルトをみやったが、今度はエーベルハルトが視線を逸らした。
「な、なんたることか……」
エドモンド司祭の打算は外れた。しかしもはや従うしか手立てがない。きっとこのあと恐ろしい目にあうだろう。エーベルハルトは腕が立つ。アベルと一緒に自分の身も守ってくれるだろう。しかしそれは同時に最も危険な最前線に立たされることを意味する。またしてもエドモンド司祭は不本意な選択を迫られた。
「では、参ろうか!」
こうしてエーベルハルト、ジャン、エドモンド司祭の3人はアベルの幽閉されている小屋に向かった。