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朔夜~月のない夜に  作者: めけめけ
第2章 闇に包まれて
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第40話 脱出

『ぬぅ。狼憑きか』

 狼憑きが、人でありながら、人に見えないのとは違う意味で、この男も人に見えなかった。体躯の大きさは、さながら熊を想像させた。が、それが熊ではなく人であるとわかると決まって人は言う。化け物だと。ローヴィルの町の東、クリスティーヌ・クラウスの父、アベルの家から、町の中心の教会あたりまでは、いまだに混乱の中にあった。グスタフは、いったんはアベルの家に向かおうとしたが、そこにクリスが――あの金髪の少女がいないことを特殊な力によって知ることができた。


 特殊な力を持つ大男――グスタフ。いったんはローヴィルの町を離れようと町を出たが、少女の呼びかけに応じで再び町に戻った、人の姿をし、獣の姿をし、そのどちらでもない人狼の姿を有する異能の存在。それがグスタフである。


「我、黒き望みをかなえる者、悲しき想いを見つめる者、深き闇をさ迷う魂の叫びに、耳を傾ける者なり。一人の少女の黒き望みをかなえ、立ち去らんとする。だが、この町にはなお、我を呼ぼうと欲する者の気配あり。そのもの、強き心を持ちながら、ゆえに悲しみも深く、しらずしらず闇へと迷い込もうとしている」


 グスタフは、ゆっくりとした動作でジャンとクリスが襲われている小屋へと歩き出す。動作はゆっくりだが、その速度は常人のそれとは比べ物にならないほど早い。グスタフは適度な木の枝を右手で掴み折り、武器にした。


「だが、まだ月は満ちていない。少女の闇はまだ、心を満たしていないようだ。しばらく様子を見るのもいいが、あのような下賤の者の手にかかるのは、いささか不憫だ」


 狼憑きの内の一人が近づいてくる熊のような存在に気付き、仲間に警戒を促す。


 ウォウォーーー!


 ほかの狼憑きもグスタフの存在に気付き、身構える。グスタフはまるで無防備に小屋に向かって大股で歩み寄る。事態の変化にジャンとクリスも気が付いた。

「何? どうしたの? ジャン。様子が変よ」

「ああ。どうやら別の何かが近づいてきているらしい」

「別の何かって?」

「さぁ、あまり事態を楽観的にはとらえられないな。しかし、チャンスはチャンスだ」

「そうね。うまくすれば、隙を見て逃げ出せるかもしれないわね」


 グゥガァーー!


 二人の狼憑きがグスタフに向かって突進した。ほかの狼憑きも小屋を襲うのをやめてグスタフめがけて動き出す。小屋から離れ、展開しているようだ。


「フヌゥッ!」

 グスタフは右手に持った木の枝を思いっきり振り下ろした。まっすぐ飛び込んできた狼憑きは、およそ人とは思えないような機敏な動きで、グスタフの右側へ飛び跳ね、グスタフの渾身の一撃をかわしたかのように思えた。だが、一度振り下ろした木の枝を、あり得ないほどの速さで切り替えし、狼憑きを薙ぎ払った。


「グワァ!」

 しかし、同時に突っ込んできたもう一人の狼憑きは、低い姿勢から一気に飛び上がり、2メートルを超すグスタフの頭よりも高く飛び上がり、グスタフの顔面めがけて襲いかかった。一瞬無防備に見えたグスタフの顔面に狼憑きの右手が届こうかという瞬間、狼憑きはグスタフの左側へと吹き飛んでいた。


「ギャーー!」

 グスタフは右側に払った木の枝をさらに切り替えし、とびかかってきた狼憑きの脇腹めがけて叩きつけたのであった。のた打ち回る二人の狼憑き、しばらく動けそうになかった。その様子をみたほかの狼憑きたちは、グスタフを遠くから取り囲みはしたものの、攻めあぐんでいる様子だ。ジャンとクリスから戦闘の様子は見えなかったが、二人の狼憑きの悲鳴から、何か恐ろしく力を持った者が現れたのだと悟った。そしてそれは、必ずしも味方ではない可能性を含んでいる。


「今なら、ここから逃げ出せるかもしれないわ」

「そうだな。何か、とんでもない奴が現れたようだが、この小屋の陰に隠れながら、まっすぐ森の方へ走り出せば、奴らの死角になる。行くなら今だ」

「行きましょう。ジャン」

「よし、クリス、君が先に走れ、追っ手が来たら、僕がこいつで何とかしてみる」

「無理しないでね。ジャン」

「大丈夫。君だけに怖い思いはさせないさ」


 クリスはジャンの頬に口づけをし、息を大きく吸って、それから思い切り小屋を飛び出した。そのあとを追って、ジャンも小屋から飛び出す。ジャンは後方を警戒しながら、クリスの後を追った。


 ウォウォーーー!


 それに気づいた狼憑きが、悔しそうに叫ぶ、しかし目の前の敵を無視することはできなかった。追いかけてくる狼憑きがいないことを確認すると、ジャンはクリスとの距離を一気に縮めた。

「どうやら追ってこないようだ。このまましばらくまっすぐいって、それから少しずつ、町の方へ針路を変えよう」

「そうね。それがいいわね」

 クリスは、遠ざかる小屋を振り返り、そしてその先に大きな人影を見つけた。一瞬立ち止まりかけたクリスを、ジャンが腕を引き、早く逃げるように促した。


 あの大きな人影は、町で私に声を掛けてくれた人?


 しかし、クリスはジャンに従ってそこから離れることを是とした。自分の好奇心で、ジャンを危険なことに巻き込むわけにはいかなかったのである。こうして二人は、その場の難を逃れた。 




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