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朔夜~月のない夜に  作者: めけめけ
第2章 闇に包まれて
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第27話 渡されなかった手紙

 エーベルハルトは、アベルの書斎を出るとすぐにジャンに声をかけた。

「おい、若いの。これから荷物を取りに行く。できるだけ早くここに戻りたい」

 エーベルハルトの声にジャンがすぐに反応した。

「はい。お供します」

 ジャンの後ろからクリスが心配そうに顔をのぞかせながら二人の様子をうかがっている。

「夜が明けまで、まだ少し間があります……心配だわ」

「大丈夫だよ。心配ない。それよりも僕は君の方が心配だ。戸締りをしっかりとね」

 エーベルハルトがジャンの肩に手をポンと置き、すぐに出発するように促す。

「できるだけ早く戻ってくる。今夜はもう襲撃はないと思うが、くれぐれも気を付けるように。それからアベルには頼みごとをしてある。もし手伝えることがあれば、協力してほしい。こんな時に申し訳ないのだが、より多くの人が助かるために必要なことだ」


 クリスは「はい」と大きく返事をし、二人を見送った。外の様子はまるで何事もなかったかのように静まりかえっている。いや、何事もないのではなく、何もかもが壊され、奪われてしまったのか。それは朝にならなければわからない。戸締りを確認すると、クリスはアベルの書斎へと足を運んだ。


「お父様、入ります」

「おお、クリス。ちょうどよかった。今声をかけよと思っていたところだ」

「エーベルハルト様が、お父様を手伝うようにおっしゃっていました。私に何かでいること。ありますか?」

「これからしばらくエーベルハルトに頼まれたことをやらねばならない。いくつかそろえてもらいたいものがあるから、それを用意してほしい。ただ、それより前に、少し話がしたい」

「はい。お父様」

 クリスは父に促され、先ほどまでエーベルハルトが腰かけていたイスに座った。


「まずこれからのことじゃ。このようなときに心苦しい限りじゃが、もしけがをしてここに町の人が訪ねてきたら、お前が応急処置をしてくれ。わたしにはどうしてもほかにやらなければならないことがある。それが終わるまでは、医者としての仕事はすべてお前に任せる。自分の手に負えないことは、ベルンモンド病院に行ってもらうしかない」

「はい。お父様。私にできることは何でもやります。できないことは、ベルモンドに行くように頼んでみます」

「つらい役を頼むことになる。私もできるだけ早く用をすませるから、それまでの間は頼む」

「はい。お父様。どうか心配なさらないでください」


「そしてこれはこれからのことにもつながる過去のことなのじゃが……」

「はい。お父様」

 クリスはアベルが言いにくそうにしていることがわかり、なるべく平静を装うとしたが、あまりうまくはできなかった。アベルもクリスに余計な気を使わせたくないと思いながらも、どうすることもできない自分を歯がゆく思っていた。

「どうもいかんな。思い切りがつかない。しかし、そうも言ってられんな。お前にこれを渡しておく」

 アベルは机の引き出しの奥の方から封をしたままの手紙を取り出した。それはアベルが書いたものであり、『愛する娘へ』と書いてあった。

「この手紙には、私がお前に話していない、私の過去のこと。母さんのこと、エーベルハルトのこと、そして私のことが書いてある。いわば、お前に宛てた私の懺悔の言葉が綴ってある」


 アベルにはまだ迷いがあるようだった。できればこの手紙はもっと違う形で娘に渡したいと考えていた。しかし、今はそれが許されない状況であることも承知していた。

「懺悔……ですの? どうしてそんな」

「クリス。お願いだからこの手紙は読まないでほしい。お前に渡すのは、あくまで万が一のためなのだ。ことが住んで、無事平和な日常が取り戻せたのなら、私はその手紙は読まないで私に返してほしい。いや、やはり読んでもらうべきなのか。いまだに私は決心がついておらん」


 クリスにとって、いつも聡明で、どこかヒョウヒョウとしている父であったが、これほど苦悩をし、戸惑っている父の姿を見るのは初めてであった。クリスは痛ましくなった。

「お父様。そのような不吉なことは言わないでください。あの方が――エーベルハルトさまが、なんとかしてくれるにちがいありません。だって、あの方はお父様の古い友人なのでしょう?」

「ああ、そうだとも。あの男は私の古い友人であり、信頼に足る男だ。何も心配はいらない。悪かったねクリス。忘れてくれればうれしい」

「はい。お父様」


「では、早速だが……」

 アベルは手紙を再び机の引き出しの奥にしまいこんだ。しかしそれはクリスに対して『何かあったらここにあるから、手紙を読みなさい』ということを意味していた。父も子もそのことを十分に理解していた。

「今から、メモを作るから、それを用意してくれ。そしてどうかすべてが終わるまでは、私が何をするのか。何をしようとしているのかを聞かないでほしい。見えてしまうものは仕方がないし、聞こえてしまうものも仕方がない。秘密にするつもりはないのだよ。クリス。ただ、説明をするのがつらいだけなのだ」


 アベルはクリスにメモを書き渡し、倉庫になっている地下室に降りて行った。アベルの顔は、町の医者としてのやさしさと慈愛と満ちた表情から、技術者としての厳しさと罪を背負い生きていくものの覚悟の顔へと代わっていた。





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