第24話 合流
「クゥクックックッ……殺せ! 殺せ! 殺しまくれ!」
暗闇の中で卑屈な笑みを浮かべた男の目は決して笑っていなかった。青白くこけた頬。口は大きく吊り上り、言葉をしゃべるたびに赤い舌が顔をのぞかせる。一言で言って不気味である。
「できる限り騒ぎを大きくしろ。夜はまだ長い。たっぷり時間はあるぞ!」
男には絶対の自信があった。獲物を確実に追い込み、そして確実にしとめる。万が一に獲物の逆襲を食らわないように徹底的にいたぶり、肉体的にも精神的にも抵抗できないようにする。それがこの男の狩りのやり方である。
ドォーーーン! ドォーーーン!
街の中で時々銃声が響く。しかし男はまったく動じない。
「クゥクックックッ……人間が無駄なことを。我らを銃で殺せると思うのであれば、何発でも撃ちこめばいい。そして自分たちがどれだけ無力かということを思い知るだろうよ」
男の目は初めて笑った。それは見る者をどこまでも不快にさせるような残虐性にあふれた笑みであった。そこに一匹の灰色の狼が駆け寄ってきた。その狼は肩口に手傷を負っていた。男の顔の表情が一変する。
「どうしたというのだ。その傷は」
男が傷ついた狼に向かって問いかけると、狼はみるみるうちに人間の姿へと変身した。その男――ひどく薄汚れた身なりの男は、肩口から大量の血を流し、苦悶の表情を浮かべながら言った。
「おかしら……やばいぜぇ……ハンターが……この町には、ハンターがいやがる……」
そこまで言い終えると、ひどく薄汚れた身なりの男は白目をむき、その場に倒れこみ、二度と動かなくなった。
「聞いていないぞ、そんな話! 俺は聞いていないぞ!」大声でそう叫んだあと、男は急に笑い出した。
「クゥクックックッ……そういえば、あの銀狼が傷を負っていたなぁ。すっかり忘れていたなぁ。まぁいい。今夜はいい夜だ。わくわくするぜぇ。クゥクックックッ……」
この男もまた記憶が断片的にしか残らないようである。そして男は相変わらず笑ってはいるが、目は血走り、怒りと憎悪に満ちていた。
「ワォオオオオオオオオオ」
とても人間の「それ」とは思えないような声――まさに狼の遠吠えを発し、男は闇にまみれ姿を消した。
「ワォオオオオオオオオオ」
それまで町中で暴れまわっていた人狼の群れは、突然その行動を止めて、同じような遠吠えを繰り返し始めた。その変化にエーベルハルトはいち早く気付いた。
「どうやら生き延びることができたようだな。若いの」
「ど、どういうことです。やつら、次々に引き上げていく……逃げた……いや、見逃してくれたのか」
「いや、今日の狩りはここまでだということだ。奴らは目的を果たした。それ以上長居は無用だということだ」
「目的? 目的ってつまり、十分に……食べたと?」
ジャンは言葉を選ぼうとして失敗した。ジャンにはそんな余裕はなかった。
「食べた……ちがうな。奴らはそんな理由で、腹を空かしたから人を襲う。腹がいっぱいになったから人を襲わない。そんな連中じゃない」
「じゃあ、いったいどうして……」
「若いの。急ぐぞ。一刻も早くアベルに会わねばならない」
エーベルハルトとジャンは、アベルの家に向かう途中で3体の狼男を射殺し、1体に致命傷を負わせた。翌朝二人はその1体の遺体を発見するのだが、無残にも首が同から食いちぎられ、遺体のいたるところに噛み傷やひっかき傷があった。おそらく仲間にかみ殺され、そして頭部は強力な一撃で踏みつぶされていた。エーベルハルトとジャンがアベルの家に着いたとき、ローヴィルの町は再び静寂に包まれていた。
「アベルさん、クリス。ジャンです。ジャン・フォンティーヌです。ご無事ですか!」
部屋の中で物音が聞こえる。そして、ジャンが一番聞きたかったクリスの声が聞こえた。
「ジャン。ジャンなの。本当に……助けに来てくれたのね。待って、今ドアを開けるわ」
「クリス。実は君のお父様に客人を案内してきたんだ」
部屋の中で家具を引きずる音がする。どうやら狼男の襲撃に備えてバリケードを築いていたようだ。
「あぁ、ジャン。ほんの少し待ってちょうだい。もうすぐよ」
ガチャ
ようやく扉が開く。中から金髪の美しい少女が現れる。ジャンはエーベルハルトから授かった銃をどうしたらいいのか戸惑いながらもクリスの声をかけた。
「この方に危ないところを助けていただいたんだ。銃は彼から――」
「エーベルハルト様、ああ、何とお礼を申し上げたらいいのか。ジャンを助けてくださったのですね」
「またお会いしましたな。この若者のおかげで、道に迷うことなくここまで来ることができました。多少うるさい犬に吠えかけられましたが、あまりにしつけがなっていなかったので、この若者の一緒に懲らしめてきたところです」
「まぁ、頼もしいこと。さぁ、中へどうぞ。お父様がお待ちしております」
エーベルハルトは礼儀正しくクリスに挨拶をして部屋の中に入った。ジャンもそれに続く。
「よく来たな。達者かね」
「ごらんのとおり。年甲斐もなく暴れまわるので、若いものに煙たがれるばかり。それでこんなとんでもないお役を賜り、はせ参じたというわけさ」
「そうか、そうか。どうやらある程度予測の範疇の事態ということのようじゃな。つまりは急を要するか」
「そういうことになる。力を貸してほしい。アベル」
「ふむ。奥で話そう。若いものは若いもの同士、年寄りは年寄り同士で話をしようか」
クリスは少しばかり不満であったが、ジャンとも話さなければならないことがたくさんあった。ともかく今は時間を無駄にできるような時ではないようだ。念のために扉に家具を寄せて万が一に備えると、それぞれの部屋で話をすることにした。