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朔夜~月のない夜に  作者: めけめけ
第2章 闇に包まれて
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第21話 襲撃

 ジャンがエーベルハルトに合うためにフォンティーヌ邸を出たとき、日はすっかりかげり、夜の闇がすぐそこまで来ていた。父親が制止するのを振り切って家の外に出たものの、やはし少しばかりの不安にかられた。夜とはいえ、この時間であれば多少の人通りもあるものだが、町の様子は今までとがらりと変わってしまっていた。


「まるでゴーストタウンだな。人の気配がまるでない」

 夜間の外出禁止令が出たばかりである。一人暮らしのものは、知人や親戚の下に避難し、なるべく固まって夜を過ごすことになっていた。いつもより部屋の中に人が多いのだ。少しばかりにぎやかしくなってもいいものだが、どの家も明かりはついているもののまるで空き家のように静まり返っていた。時々窓の外を覗く人の視線を感じながら、ジャンはエーベルハルトが宿泊している家に急いだ。フォンティーヌ邸から目的地まではどんなに急いでも30分はかかる。ものの5分もしないうちにジャンは後悔しはじめていた。父親に反発した勢いで家を飛び出したものの、事態を甘く見ていたことを思い知らされた。町の異常さは確かに不気味であったが、それ以上にジャンの身体が、或いは魂が身の危険を知らせたのである。背中を刺すような冷たい視線、首筋をなめまわすような湿った風、言い知れぬ息苦しさ、物陰から何かが飛び出してきそうな気配。


「しまった、やはり夜が明けるまで待つべきだったか……でも」

 これほどまでに父親に対して反発したことはなかった。どこか融通のきかない父ではあったが、常に理路整然とし筋の通った発言と行動は、ローヴィルの誰しもが尊敬し、ジャンにとっては自慢の父親であった。しかし、人は守ろうとするものが違うときに、そしてそれによって生じた対立を解決するすべは、容易には得られないのだとジャンは思い知った。


「わかってはいるんだ。でも、僕にも譲れないことはある。たとえどんなことがあろうとも、クリスは僕が守る。そう決めたんだ」

 誰かを強く思う気持ちは勇気に変わる。クリスを守りぬくと決心を固めたことで、まとわり着く恐怖をいったんは拭い去ったジャンであった。しかし、町の中心――協会のあたりまで来たときに、ジャンの耳にこの世のものとは思えないような恐ろしい調べが風に乗って届いた。


 ウォーーーーーーン


「なんだ……?」


 ウォーーーーーーン


「遠吠え……狼の?」


 ウォーーーーーーン


「近づいてきているのか?」


 ウォーーーーーーン、ウォーーーーーーン、ウォーーーーーーン


「一頭じゃない、群れか?」

 狼の遠吠えを聞いたのはこれが初めてではないし、狼の群れも珍しくはない。しかし、この背中がゾクゾクとする感覚。胃がきりきりと痛くなるような緊張感。全身に鳥肌が立つ嫌悪感。普通の狼の群れではない。なにか恐ろしく禍々しいものをまとった殺気に身体が反応しているのである。


 死


 ジャンは『死』を意識した。静まり返った夜の町に、狼の群れの遠吠えが四方八方から聞こえてくる。ジャンは足を止め、身を潜めた。それは意識した行動ではなく、生命の防衛本能が機能した結果であることにジャンは気づいていない。静かにあたりを見回す。暗闇に意識を集中し、小さな変化も見逃さないように五感を働かす。


 ガチャーン


 どこか遠くでガラスが割れる音がする。


 キャーーーーーー!


 すぐその後に悲鳴。怒号。


「なんだ、何がおきている。何が……いや、本当に人狼が、町を襲っているのか?」

 ジャンは恐ろしくなり、とっさに近くの家に助けを求めた。


 ドンドンドンドン! ドンドンドンドン!

「すいません。ジャンです。ルイズさん。家に入れてください」

 ドンドンドンドン! ドンドンドンドン!

「ゴードンさん! ジャンです。お願いです。ドアを開けて……助けて、助けてください」

 ドンドンドンドン! ドンドンドンドン!


 どんなにジャンがドアを叩いても、大声で助けを求めても、誰もドアを開けてくれる家はなかった。ローヴィル中の人々が恐怖に支配されていた。ジャンはいよいよ『死』を覚悟した。ゴードンの家を後にして、途方にくれていたジャンの目の前に突然『それ』は現れた。


 ガルルルルルルルル……


 一匹の黒い獣がジャンに忍び寄る。獲物を確実に追い詰めたと確信した獣は、まるで無用心にジャンの前の姿を現せた。ジャンは逃げ出すべきか、身構えるべきかを迷い、結果的に獣を正視したまま、ゆっくりと後ろに下がり、ゴードンの家のドアの前まで戻る形となった。ゴードンの家のドアを背にして、もう一度ドアを叩く。

「ゴードンさん! お願いだ。ここを、ここを空けてくれ、僕は、僕は……死にたくない」

 しかしゴードンの家からは返事がない。ジャンは追い詰めらた。獣は一歩、また、一歩ジャンに近づく。月明かりに獣の姿がくっきりと浮かび上がる。黒く忌々しいその獣は、おぞましいほどに赤い舌を大きな口からだらりと垂らし、自分の獲物をどう料理するかを伺っているようだった。

「く、来るな! ゴードンさん! ゴードンさん!」

 やはり返事はない。ジャンは恐る恐る獣の目をみた。助けを求めて見放されたジャンをまるであざ笑うかのような不適な表情をしたかと思うと、次の瞬間、強烈な殺気を帯びた雄たけびを上げると、身をかがめて一気にジャンめがけて跳躍した。


「やめろーーー!」

 ジャンは身動きひとつとることは出来ない。


 ドッドーン!


 ――銃声


 グワァァァァア


 ――悲鳴


 ドッドーン!


 ――再び銃声


 キャイーン!グゥゥゥゥ……


 ――絶命


「大丈夫か? 運が良かったな。いや、悪かったと言うべきか」

 老練なハンターは、ゆっくりとジャンに近づいた。しかし銃はまだ構えたままだ。

「あ、あなたは……」

 ジャンは、その場に座り込んだ。

「命は大切にするものだ。しかしワシが助けた命じゃ。悪いが少しばかり役に立ってもらう。銃は扱えるか?」

「は、はい」

「よろしい。これをやる。いや、授けるのではなく、貸すだけじゃ」


 ジャンはついにエーベルハルトと会う目的を果たした。


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