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朔夜~月のない夜に  作者: めけめけ
第2章 闇に包まれて
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第18話 黒き人狼の群れ

 いったい何を信じればいいのか?

 この町を覆う漆黒の闇に潜む邪悪な存在から身を守るためにどうすればいいのか?

 何をなすべきなのか?


 ローヴィルの町の人々は戸惑い、恐れ、そして疑った。疑えば疑うほどに信仰の対象たる神の存在は大きく、それに比例して畏れる心も肥大化していった。頼り、すがり、おののき、目は開いていても心は閉じていた。口はつぐんでいても救いを求めていた。灯りを消し、声を潜めて群がった。


 あの娘ではなかった。魔女はまだどこかに潜んでいる。あの娘ではなかった。魔女はきっとほくそえんでいる。魔女を探せ。魔女をいぶりだせ。安息の日々を取り戻したければ、神のご加護を受けたければ……


 魔女を縛り上げ、裁きの業火で焼き尽くせ!


 焼き尽くせ!


 探し出せ!


 魔女を……


 闇は闇を呼び、その深淵にすべてを呑み込んでいく。闇はどこまでも貪欲にその勢力を広げていく。闇が深まるほどに人は怯え、人が恐れおののくほどに、闇はまた深まっていく。


 ガルルルルルルルルゥゥゥ

 

 銀に輝く狼は深き森の中にいた。左のわき腹の辺りに少しばかりの血だまりがあるが、それは非業の死を遂げた少女の返り血ではなく、人狼の傷口より染み出した血の跡である。しかし傷口はすでに塞がり、ダメージはないように見えた。時々立ち止まっては傷口のあたりをなめる。レオナルドが少女に向かって発砲した散弾ではなく、老練なハンターの狙撃によるものであった。人知を超える俊敏さで他を圧倒した人狼であったが、エーベルハルトもまた、人知を超えた狙撃手であった。


「傷を負ったのか? 銀狼よ」

 暗闇から不意に声がする。鋭敏な銀狼をして、気配を悟られずに忍び寄ることのできるそれは、やはり人知を超え、神の理の外にある存在であった。


 ガルルルルルルルルゥゥゥ

 銀狼はうなり声をあげ、人狼へと変身した。

「闇を追いし者、忌まわしき汚れた魂よ。もうこの町の闇を嗅ぎつけたか」

 漆黒の闇の中に赤く光る鋭い眼光が人狼を睨みつけた。

「そう、邪険にすることもあるまい。貴様も俺と同じ、神に背き、闇に生きるものなのだからな」

 暗闇の中からゆっくりと一人の男が現れた。長く伸ばした髪の毛を後ろで結わき、闇に溶け込むような暗い色をしたシャツにズボン。肌の色の白さが不気味なほどに目立つ。ひ弱そうに見えて、目は爛々と輝き、唇が異様に赤い。男は卑屈な笑みを浮かべながら、それでいて目はまったく笑っていなかった。すべてがアンバランスなのだ。


「我は神に逆らい、闇に生きるものだ。だが、貴様が逆らう神と貴様が生きる闇とはちがう。同じというのであれば、それは人から見た我らは怪物に他ならない。それは認めてやってもいいが、軽々しく同じだなどと言わぬが身のためだぞ」


「クゥクックックッ……相変わらず切れてるなぁ。お前さんは……だがよう。口の利き方に気をつけなきゃならねぇのははたしてどっちかなぁ? えぇ?」

 卑屈な男は、右手を方のあたりまで上げて、パチン! と指を鳴らした。すると男の背後から禍々しい気配が漂い始める。闇の中にうごめく影、そして赤く光る目がいくつも見える。それは獣の目、獣の息遣い、獣の慟哭。何等もの禍々しい獣が男の背後の闇から現れ、そして人狼へと変身する。


「こいつら、血に飢えてんだよ。まさかあんた、あの町の住人を食い尽くしちゃいないだろうな」

 そういい終わらないうちに卑屈な男もまた、人狼へと変身した。黒き獣である。


「黒き獣よ。欲望の赴くままに生きるが良い。貴様の闇などに興味はない。我の獲物はすでにしとめた。あとは好きにするがいい。あの町はすでに闇に沈もうとしている。貴様らが手を下さずとも血は流されよう」


「クゥクックックッ……あんたの強さはよくわかっているさ。サシで勝負して勝てるなんざ、これっぽっちも思っちゃいねぇ。けどょお。弱いものには弱いものの知恵ってもんがある。一人でダメなら二人、二人でダメなら三人、それでもダメならそれ以上ってね。あんたがでかい顔をしていられる時代は終わったんだ。今日のところは見逃してやるから、とっとと他のところ……あんたの闇にでも行くんだな」


 人狼は銀の狼に戻り、黒き人狼の群れを右に見ながら、ゆっりとした足取りでその場を迂回した。人狼の群れは身を低く構えながら、銀狼の動く方向を無機質な視線で見送った。やがて、銀狼の姿が闇に溶け気配が完全に消えると、狂ったように咆哮を繰り返した。


「さぁ、謝肉祭の始まりだ! お前ら思う存分肉を食らえ!」

 卑屈な黒き獣の合図で数十頭の狼の群れが、いっせいにローヴィルの町に向かって駆け出した。その後に卑屈な黒き獣も続く。

「あの銀狼を負傷させるほどの者があの町にいるということなのか……まぁ、いい。俺はこの夜襲にまぎれて町に忍び込めればそれでいい。あとはじっくり吟味して俺の獲物を頂くだけだ」


 クゥクックックッ……クゥクックックッ……


 卑屈な笑い声は、狼たちの咆哮にかき消され、誰にも悟られることはなかった。


 ガルルルルルルルルゥゥゥ


 闇の中を彷徨う、一匹の獣のいう


 我は、闇の眷属なり。

 我、月の灯りとともにその姿を獣と変え、地を走り、闇を切り裂き、血を求めるなり。


 黒き狼の群れに背を向け、一匹の獣のいう


 我は、闇の眷属なり。

 我の血は、神の理に叛き、闇に生き、群れることを嫌うものなり。


 その獣、孤高にして気高く、凛として闇に佇む


 獣でもなく、人でもなく、神でもなく、悪魔でもない


 挫けず、屈せず、群れず、揺ぎ無い


 我は、闇の眷属なり。

 我が従うものは、我の血であって、獣でも、人でも、神でも、悪魔でもない。

 我に畏れるものなし

 我を畏れよ!



 銀狼は、ふと立ち止まり、ローヴィルの町を振り返る。



 だれぞ、我を呼ぶのか。

 我、それを知らず。我、それを解せず。我、それを省みず。我、それを語らず。我、それを是とせず、非ともせず。

 

 銀狼は、ローヴィルの町でのことを思い浮かべていた。オデットという少女の黒き望みに引き寄せられてあの町にたどり着いたのだったが、いくつか気になることがあった。ひとつは自分を傷つけたハンターのことである。あの老練なハンターと対峙した時、言い知れぬ高揚感が身体の奥底から湧き上がり、どこか懐かしい奇妙な感覚に襲われた。だがしかし、それが負傷を負わされた原因ではない。あの場にいたもう一人の少女――赤い頭巾を身にまとった少女はオデットの心の叫びに反応していた。よほど親密な関係であったのだろう。しかし、それだけでは心の闇の声をニンゲンが聞くことはたやすくない。


 銀狼は身体の向きを変えた。


 銀狼には複雑な思考を重ねることはできない。月の光が銀狼の精神に狂喜をもたらし、人間的な論理的思考を続けることはできない。瞬時瞬時の判断の積み重ねとして、結果的にいささか複雑な行動をとることは出来るが、長期的、計画的な行動は不可能であった。銀狼は動物的な感覚と人間に匹敵する複雑な瞬間的な思考の結果として、ローヴィルに引き返すことを決めた。




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