第17話 深まる闇
レイナルド・シルベストルとオデット・シャリエールの遺体をどのように弔うのかについては、誰も積極的な意見を出さなかった。田舎町のローヴィルの人々にとって、思考停止すべき事由は山ほどある。まずこの男女の死因はともにこの世のものにあらざるものによるものであるから、町の人々の中には蘇りを恐れるものもいた。そのような話も古い伝承や文献などには確かにあるのだが、それを実際に見たものもいなければ聞いたものもいない。デニス司祭が存命であれば、誰一人彼の指示に異を唱えるものはいなかっただろうが、エドガー司祭は古い書物を読み漁るだけでその日読んだ内容によって発言は二転三転するのが常であった。
枢機卿からの匿名で来たエドモンド司祭にしても、この惨劇の被害者であり、ローヴィルの町のことに口を出す気はないという態度をとり、エドガー司祭とは形式的な挨拶だけしかしなかった。そもそもローヴィルの人々が彼ら二人――エーベルハルトとエドモンドをよそ者扱いし、避けていたこともローヴィルの人々の――少なくとも彼らをそのように扱うことを決めた人々は、彼らに意見を聞くわけには行かなかった。エーベルハルトだけが、事態を収拾すべく、町の人々にここで何が行われようとしていたのかを聞いているうちに、ついには大声で怒鳴り散らすことになってしまい、何一つうまく運びそうにない、混沌が町を覆っていた。
「魔女狩りなどと、まったくどういうつもりなのだ。この町の人々は!」
親しい友人を失ったばかりのクリスは、命の恩人ともいえる老練なハンターに聞かれたことを素直に答えるしかなかったのだが、エーベルハルトの反応はクリスに複雑な思いを抱かせた。もしもこの男が2日早くこの町に着いていれば、こんな悲劇は起きなかったのではないかという思いは、以後、日が経つにつれて募っていくことになる。
「そのような蛮行を平気で行うこの町の闇が、あの化け物を呼び寄せたのだ」
エーベルハルトは、惨劇の場所に野次馬のように集まってきた人々すべてに聞こえるような声でそう言い放った。
「いいか。やつはきっとまた来るだろう。ここに二人の犠牲者がいる。一人の少女は縛り付けられ逃げることもできず、この若者はわしの銃を勝手にさわり、あの化け物によって殺された。あの化け物に関する限り、死にたくなければ勝手はせぬことじゃ」
エーベルハルトは、銀色の巨大な狼が消え去った林の入り口まで注意深くあたりを見回した。エーベルハルトの撃った弾は急所をはずしたが、人狼に手傷を負わせたことがわかった。獣の去っていった方向に向かってわずかながら血のあとがある。これは二人の犠牲者の返り血ではないと、彼にはわかった。
「しかし、浅いな。これでは追いかけることは不可能だろう。おそらく出血はすぐにとまる。ヤツの治癒力は普通より高いと考えた方がいいか」
混乱した現場がどうにか落ち着きを見せたのはフォンティーヌ親子が現れてからである。ジャンはクリスに駆け寄ろうとしてオデットとレイナルドの遺体を見てその場にひざを着いた。彼の服やズボンには小麦粉がこびりついていた。エリックはジョルジュとエドガー司祭と何人かに事情を聞き、まずはレイナルドの家族にこのことを知らせてあるのかを確認したが、誰もそのことはわからなかった。エリックはジョルジュと何人かを使いにやり、また別のものにクリスの父、アベルを呼びに行かせた。
「旅の方、私はこの町のまとめ役を勤めておりますエリック・フォンティーヌと申します」
エリックは、エドモンドに最初に形式的な挨拶をし、それからエーベルハルトと話をした。
「このローヴィルにはここのところ不幸が続いております。何から話せばいいかわからないほどに……それはこの町だけではなく、伝え聞くところによれば、北も南も東も西もよくない話ばかり聞こえてきます。われわれは追い詰められ、そしてひとつの結論に至ったのです……いえ、そのことをわかってもらいたいなどと、お願いをしているわけではありません。ただ、これ以上の不幸が続かないようにと、それだけを願っておりましたのに」
エーベルハルトはまるで聞く耳を持たないといった感じで、壊れた銃の部品を拾い集め、化け物の痕跡を調べていた。
「ですから、私たちに協力できることは何でもします。あの怪物からどうか、町をお守りください。聞けば枢機卿がこのようなことが起きるのではないかと、あちらの司祭様とエーベルハルト連隊長殿をこの地に――」
「フォンティーヌ殿、その呼び方はやめてもらおう。わしはもう連隊の人間ではない」
「あ、ああ、これは失礼を。非礼はお詫びします。どうかこの町を――」
エーベルハルトは叱咤した。
「フォンティーヌ殿、それはそちらの問題であって我々はあなた方を守るように枢機卿に命じられてきたわけではないのだ。死にたくなければ、自分の身は自分で守ることだ。まず不要に外出をしないこと。昼も夜も関係ない。やつには関係ないのだ。そのことをできるだけ多くの人に伝えることがあなた方にできる唯一のことだ。それ以上のことは邪魔になる。あの若者のようになりたくなければ変な気は起こさんことだ。死者の魂を汚す様で申し訳ないことだが、あの若者が命を落としたのにはそれ相応の理由があるのだ。そのあたりをよく考えてほしいものだ」
エーベルハルトは、帽子を取り、エリックに一礼をし、その場を立ち去ろうとして引き返えし、傷心の少女に声をかけた。
「これは慰めにならないかもしれないが、あの子は……オデットといったか。あの少女は最後、苦しまずに息を引き取った。あの化け物がどんなつもりかは知らんが……そのことを君に聞こうと思ったのだが、どうやらそれどころではなさそうだ。君、名前は?」
「クリスティーヌ・クラウスです。みんなクリスと呼んでくれるわ」
その名を聞き、エーベルハルトは一瞬クリスにあることを尋ねようとしたが、諦めた。
「じゃあクリス。どうか気を落とさぬように。オデットを弔ってあげなさい」
「エーベルハルト様、わたしは、わたし……どうすることも」
エーベルハルトはクリスの肩を2度叩き、頭を撫でて、ついにその場を去った。その後ろをエドモンド司祭が追いかける。
エーベルハルトと入れ替わるようにクリスの父、アベルが訪れ、娘を抱きしめた。ジャンはついに、クリスに話しかける機会を逸してしまった。町の代表者たちは人狼の犠牲になった二人の遺体は、結局家族に引き渡し、丁重に葬ることに決めた。午後には町中に今朝広場で起きた出来事のうち、人狼が暴れて人が二人死んだとだけ伝えられ、詳細は伝えられなかった。合わせて女子供の外出はできるだけ避けるように、そして町の外周の住人はしばらく中央に非難することが決まった。ローヴィルの町は、更なる深い闇に、包まれていった。