第10話 招かれざる客
クリスがジャンによって幽閉されている頃、長旅をしてこの町にやってきた男二人も、町のはずれにある小さな小屋に不本意な滞在を強いられていた。
「まったく。この町はどうなっておるのか」
エドモンドは苛立ちを隠せなかった。そもそも彼には苛立ちを隠そうなどという気遣いをする気など毛頭なかった。彼は損得でしか物事を判断せず、そのことが彼をこの地位までつけたのであり、また、彼を重用する人物もまた、彼の行動原理が恐ろしくシンプルであることを何よりも信用していたし、彼のような存在を快く思わない人間は決して彼には近づかなかった。
「町の様子がおかしいのはなにもここだけが特別というわけではあるまい。そもそもわれわれは招かれざる客なのだからなぁ」
エーベルハルトは町の様子がおかしいことよりも、些細なことにすぐに反応する同行人の存在そのものが疎ましくてならなかったが彼は露骨に態度に表すことは少ない。
「まぁ、よいではないか。明日の朝になれば事情もわかるだろうし、こちらも長旅で疲れている。こんなところでも森の中で野宿をすることに比べればどれだけ恵まれたことか」
エーベルハルトは52歳という年齢に見合うだけの威厳と貫禄を持ち、あごに蓄えたひげを触るのが癖であった。肌つやはよく、健康的に日に焼けた肌に白いものが目立つようになったひげは、どことなく不釣合いかもしれないが、エドモンドの30歳を過ぎた大人には思えないような子供じみた落ち着きのなさと、青白く決めの細かい女性のような肌にうっすらとひげのあとが残るアンバランスさに比べればまともなものに思えた。
「私は、枢機卿からじきじきに命を受けてこの地に参ったのですぞ。しかるべき待遇で向かいいれるのが、礼儀というものでしょう。あなたもそうは思いませんか? エーベルハルト殿」
エドモンドは自己の主張を正当化するためには目上の人間の威厳を借り、同じ境遇にある誰かの同意を求める傾向がある。それはエーベルハルトにはすぐにわかったことだし、そんなことにいちいち文句をつけていたら身が持たないと思い、この旅が始まった1時間後には覚悟を決めて、無視をすることに決めていた。
「勝手のわからない夜の街でも出歩いて夜盗にでも出会ったら大変です。私は自分の命を守ることはできますが、あなたを背負って誰よりも早く走って逃げるなど、できるような歳ではありませんからなぁ、エドモンド司祭。私はできるだけあなたの身に危険が及ばないように勤めますが、あなたがその危険に勝手に近づいたり手お出すというのであれば――」
「わかっておる。ただ、言ってみただけじゃ。この町の連中はどうにも辛気臭いし、何か隠し事でもしているような……我々を邪魔者扱いするような態度が気に食わんといっておるだけじゃ」
狼男を追ってローヴィルの町に来たことは内密にしなければならない。ひとつには町の人々に無用の不安を与えることがないように。もうひとつはこの命令が枢機卿からじきじきに出ていることを隠密にするため、それとこのような滑稽なことを人から笑われないためである。
「この町の有力者の協力を得なければ、我々の行動もなかなかままならないでしょう。情報を集めなければならないし、場合によっては人手がいる。今夜は取り込み中だというのなら、そういうこともあるのだろうから――」
そういいながらもエーベルハルトも町の人々の対応にはいささか腑に落ちないところもあった。自分だけであればともかく、司祭が来ているというのに教会関係者が誰一人様子を見に来ないというのは、何が裏があるように思えた。
「まぁ、知られたくないことを無理やり聞こうとしても何も得られんか」
「なんじゃ? 何のことじゃエーベルハルト殿」
「いや、もう食事も済ませたし、寝ることにしましょう」
「あ、そうか……そうじゃな。まったく、わしのことをないがしろにしおって……これというのも枢機卿が……」
ローヴィルの町のことも気になるが、エーベルハルトが一番気になっていたのは狼男討伐を命じた枢機卿の思惑であった。最初は単にエドモンド司祭を厄介払いする目的であろうと思っていたが、付き合ってみてわかったのだが、エドモンド司祭は悪い意味で無害である。特別な野心を持っているわけではなく、教会の不正をただそうなどという正義感も持っていない。自分の欲に忠実でしかも自分の手の届く範囲のものにしか興味を持たない。役に立つこともないが、使い捨ての駒としてこれほどピッタリな男はいない。
「かといって、枢機卿の恨みを買うようなことをした覚えは、わしにはないのじゃがのぉ」
では、本当の目的は自分をローヴィルに送り込むことだったのかといえば、そこに納得性のある理由が見あたらない。狼男狩りをする人間はほかにもいる。しかしそれは狼男狩りと銘打って行われる権力争いの一環である。つまりある集団の中で権力闘争や、あるいはもっと個人的な恨みを晴らそうとしている人間がいたとき、その相手を失脚させ、社会から葬り去るのに『狼男狩り』はしばしば使われたのである。教会は賄賂を受け取り、狼男や魔女をでっち上げて、依頼人の要求をかなえるのである。が、そのような場合、自分のようなハンターが同行することはめったにない。あるとしてもそれは似非ハンターであり、実際に狼男を狩る技能など持ち合わせていない。だが、エーベルハルトは違っていた。
「わしのような者に命を使わすということは、やはり……」
エーベルハルトは、席を立ち、自分の荷物を整理し始めた。用心の為、武器を取り出し、いつでも使えるようにチェックをする。エドモンドはいぶかしげにその様子を眺めていた。
「いざというときにちゃんと使えるのであろうな。ずいぶんと古いもののようにみえるが……」
そういいながらエドモンドはエーベルハルトが整備をし終わった銃を触ろうと手を伸ばしたとき、エーベルハルトの怒号が部屋中に響いた。
「触らないでもらおうか! エドモンド司祭! わしがそなたの神具をむやみやたらと触ろうとするのを、快く思わないように、わしもわしの銃に誰にも触れられたくないのじゃ!」
エドモンドはあわてて手を引っ込め、一歩後ろに下がり、さらに二歩後ろによろめいた。とっさに何かを言い返そうとして、その言葉を飲み込み、何かぶつぶつ言いながら自分の荷物をひとつ抱え、エーベルハルトから一番離れた部屋の隅で荷物を広げ始めた。
「そなたにはわからぬかもしれんが、そこいらにある銃とはわけが違うんじゃ。怪我をしたくなかったら、二度とわしの銃に触ろうとしないことじゃな」
その日二人はそれきり一言もしゃべることはなかった。静寂が辺りを包み、夜はふけていった。風はやみ、空気が淀んでいく。闇は深まり、すべての光を吸い込もうとしているようだった。